短編集-敗北の徒

虚言挫折

インテグラル

俺は男性を射殺した。その男の体は地面にうつぶせに倒れていて、頭からは血を流して動かない。襟のついたシャツは薄い青色だったが、流れる血で色を変えている。日照りが俺の背後から右手の銃口から昇る煙をその光で搔き消さんばかりに白銀に鈍く光る。俺は目を閉じることができないまま、その体を凝視していた。こめかみから汗が伝って首筋を流れてシャツに染みる。コンクリートのすぐ隣が砂浜で、黄色く汚い砂を巻き上げる風が重苦しくざっと吹く。俺は声を出そうとしたが、猛暑で喉が渇いて音が出ない。決して平坦とは言えない駐車場がこのコンクリートでできている。何も起こらなかったかのように赤い車が一台、駐車場から出て行った。すぐ近くの道路を走る車から俺たちの様子は丸見えだったが、どんな車も俺たちの近くに停まることはなかった。もう拳銃の中に弾丸は残っていないが、撃鉄が熱いままだ。たちまち血が赤く焦げついてゆく。俺の足元で固まって、ブーツの爪先を侵す。そういえばこの男性は裸足だ。その倒れた体にもう一度銃口を向ける。引き金を引いても乾いた金属音が響くだけだったが、俺の瞳に光と水分が戻ってくるのを感じた。何回も引き金を引いた。男はこちらをうつ伏せのまま睨んだ。俺と目が合った。男が青い瞳だったことを初めてその時知った。しかし、それまでだった。男と俺はただ睨み合って灼熱を体に受けていた。ある一点を経て、大きな波が到達する音が聞こえ、それを待っていたかのように銃声が響き渡った。俺は背後から心臓を撃たれた。体が前に飛び、俺がさっき撃った男の上に倒れる。十字になった人型に足音が近づく。俺の体の下で男性が動き始めた。「どけよ、ほら」俺は油の詰まった麻袋のように払いのけられた。力が入らない。意識が保たれる時間は長くはもたないようだった。鼻に満たされた血と体液と汗と脳漿の臭いが思考をかき回す。無限の氷点下に俺が沈んでゆく。「どうする、とどめを刺すか」「いや、放っていけばいいよ。長くはないだろう」男性は自分の頭に包帯を巻いている。きびきびした動きだった。俺はなぜ俺が彼を撃ったのかも忘れてしまった。逆光が真っ白い線でこの場の全員の表情を滅茶苦茶に塗りつぶす。彼らはすぐに歩き始め、俺は辛く乾いた潮風に晒された。口の中に砂が流れ込んで、徐々に喉の奥まで潰してしまう。鈍くなる考えの中をまさぐっていると、俺の目の前に弾丸が一つ落ちているのが見えてしまった。俺は手に握りしめたままの銃を握ろうとしたが、それまでだった。目は開いたまま、苦い虹色の中にいよいよ取り残される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る