招待状が届いた

「特訓を始めるぞ」

「きょ、今日もやるのか?」

「当たり前だろ? 一日でもサボると強くなれないぞ」


 レインとフリーレアが去った後、俺たちはいつものように特訓を始める。

 つもりだったが、案の定リリスが駄々をこねた。


「じゃ、じゃが昨日はほら、あやつらと戦ったじゃろ?」

「そうだな」

「激戦じゃったろ?」

「そうだったな」

「じゃから今日くらいはゆっくり休んでも……」

「ダメだ」

 

 俺の意見は変わらない。

 何を言われても、特訓を始める意志を見せる。

 俺の隣にはサラもいて、彼女も協力する姿勢を示している。

 この場で嫌がっているのはリリスだけだ。


「い……嫌じゃあああああああああ! 今日くらいは休みたい! のんびりしたいのじゃ!」

「お前も懲りない奴だな。そんな駄々が俺に通じると思ってるのか?」

「むぅうううう~ ワシだってちゃんと成長しておる! あのイカれた勇者にも勝ったんじゃぞ!」

「サラと二人がかりでやっとな」

「うっ……」


 俺は大きくため息をこぼす。

 サラは毅然とした態度を崩さない。

 たぶん、彼女は理解している。

 昨日の勝利が、本当の勝利とは呼べないことを。


「じゃ、じゃが勝ったのじゃ事実じゃろ」

「サラの力を借りてようやくだろ? お前ひとりで勝てたか?」

「むっ、……やってみんとわか――」

「無理だな。絶対に負ける」


 リリスが言い終わるより早く、彼女の言葉を否定した。

 子供相手に少々厳しいことを言うが仕方がない。

 勇者相手に、その甘さは命取りだ。


「気づいてないようだから言っておくが、フローレアは本気じゃなかったぞ」

「な、そうなのか!」

「やっぱり気づいてなかったな……サラは気づいてただろ?」


 俺は彼女に視線を向ける。

 すると、サラは小さく頷いて肯定した。


「さすがだな」

「ど、どういうことじゃ。なんでそんなことわかるんじゃ!」

「私たちは王都出身です。フローレア様とも以前から面識があります」

「勇者として活動してると、嫌でも他の勇者の噂は聞く。時には共闘することもある。だから知ってるんだよ。彼女が本気なら、二人とも生きていない」


 断言する俺の言葉に圧倒され、リリスはごくりと息を飲む。

 脅すつもりはなかったが仕方がないか。

 紛れもない事実だ。

 おそらく無意識だが、彼女はあの戦いで手を抜いていた。

 『最善』の勇者フローレア、彼女は全ての善を愛し、あらゆる悪を憎む。

 人間が悪魔に味方する……それは紛れもなく、彼女にとって悪だ。

 本来の彼女の性格なら、もっと怒り乱れているはずだった。

 俺はかつて、彼女がそうなった姿を見ている。

 

「あの時彼女は冷静だった。悲しむことはあっても、怒りには至っていなかった。だから勝機があると思ったんだよ」


 その意図を、サラは悟ってくれていただろう。

 でなければ俺は最低だ。

 勝てもしない相手を二人に任せたのだから。


「あれで手加減しておった……じゃと……十分化け物じゃったぞ」

「それだけ強いってことだ。前に来たシクスズも、あいつは性格は最低だが実力は本物だった。勇者ランキング十位以内、称号を持つ勇者は他と実力に差がある。少なくともお前は、あいつらより強くならなきゃいけないんだ」

「う、うむ……」


 彼女はごくりと息を飲む。

 今の彼女では、戦って五秒も持たないだろうな。

 仮にペンダントの力を行使して大人になっても、善戦こそすれ勝利は難しい。

 そしてもう一つ―― 


「俺たちの敵は勇者だけじゃない。ずっと動きがなかったが、そろそろ動き出すぞ」

「そ、そうじゃのう……」


 魔王の称号を冠する悪魔の中で、抜きんでた強者がいる。

 彼らはただの魔王ではない。

 特別な力、名を手に入れた魔王たち。


 ――『大罪の魔王』。


 そう呼ばれる七人の魔王がいる。

 【傲慢】、【嫉妬】、【憤怒】、【怠惰】、【強欲】、【色欲】、【暴食】。

 悪しき感情を象徴する二つ名を有し、魔法ではない特異な異能をその身に宿す者たち。

 全員がSランク指定され、上位の勇者でなければ戦いにすらならないと言われていた。

 

「俺も以前、大罪の魔王とは戦っている」

「ど、どうじゃった?」

「もちろん勝ったさ。そうじゃなきゃここにいない」

「そ、そうじゃな」

「……だけど、今でも覚えているよ。あいつらとの戦いは、文字通り死闘だ」


 明らかに他の魔王とは実力が違った。

 宿した異能の厄介さもそうだが、魔法、身体能力もずば抜けている。

 もし仮に、彼らが手を組んで王国に攻めこめば、人類なんてあっという間に蹂躙されるだろう。

 互いにけん制し合い、不可侵や敵対を貫いていることが救いだ。


「大魔王……かつてお前の父が目指した理想を貫くなら、彼らとの衝突は免れない」

「わかっておるのじゃ。あ奴らは……特にあの三人は、ワシがこの手で倒さなければならんのじゃ」


 珍しく、弱音を吐かなかった。

 リリスは怒りの感情を露にして、握った拳を震わせる。

 

「三人?」

「……ルシファー、ベルゼビュート、ベルフェゴール……あやつらは元々、お父様の部下じゃった」

「――!」


 俺は驚きわずかに反応する。

 三人の魔王が、大魔王の配下だった事実もそうだが……。

 彼女が名を挙げた三人の魔王は、王国でも特に危険視していた魔王だからだ。


「あやつらはお父様が死んで、この城を去った。配下の悪魔もたくさん連れて……裏切り者じゃ」

「リリス……」

「じゃから絶対、ワシが思い知らせてやるんじゃ! お前らなんかじゃお父様のようになれないって! ワシが大魔王になって証明するんじゃ」

「……そうか」


 だったら尚更特訓しないといけないな……とか、今の彼女に言うのは野暮だろう。

 彼女の決意を感じる。

 そこへひらりと、一枚の手紙が落下してくる。


「ん? なんだこれ?」


 手紙は地面に落ちた。

 野外だから天井はなく、上は空が広がっている。

 見上げると頭上には、黒い鳥がぐるぐると飛んでいた。

 肩に乗る程度の小さな鳥だ。

 魔物ではなく、敵意もないので気づかなかった。


「伝書ガラスじゃな。悪魔同士が連絡を取る時に使う鳥じゃ」

「じゃあこの手紙はお前宛か?」

「そうじゃろうな」


 俺は手紙を拾い上げる。

 これがリリス宛。

 じっと見つめてから、リリスのほうを見る。


「なんじゃ?」

「……お前、連絡する相手とかいたんだな。ボッチだと思ってた」

「誰がボッチじゃ! ワシにだって友じ……はおらんが部下はおるのじゃ!」

「帰ってこない二人だろ。じゃあこの手紙はそいつらの……」


 特別魔法がかけられているわけでもない。

 安全を確認して、俺は手紙の封を切る。


「おい、ワシ宛じゃぞ!」

「……ふっ」


 なるほど、これはちょうどいい知らせかもしれないな。

 そう思って笑みがこぼれた。


「なんじゃ? 誰からじゃった?」

「魔王ルシファー」

「なっ……ルシファーじゃと!」


 驚くのも無理はない。

 話題に出した途端、狙いすましたかのように届いた一通の手紙。

 その内容は、ある場への招待だった。

 

「喜べリリス、そうそうに奴らと対面する機会が舞い込んできたぞ」


 七日後。

 大罪の魔王が全員集う会議が行われる。

 その場に、俺たちが招待された。

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