捨て石じゃありません
予感が的中してしまった。
額から嫌な汗が流れる。
勇者ランキング第二位のレインと、第九位のフローレア。
このコンビの強さは俺もよく知っている。
「その子供が魔王リリスだね。本当にまだ子供なんだ」
「見た目に騙されてはいけませんよ。あれでも邪悪な心を持つ存在……悪です。限りなき善を持って、悪は滅さなければなりません」
「もちろんわかっているよ、フローレア」
「な、なんじゃこいつら……」
リリスも警戒している。
無意識に、魔剣に手がかかっている。
子供のままでは抜けないのに。
魔王としての本能が警告しているのだろう。
この二人は危険だと。
サラも珍しく険しい表情をしていた。
「アレン様」
「……まだだ。下手に動くなよ」
「はい」
俺は大きく深呼吸をする。
冷静に状況を分析しろ。
この二人が送られてくることは予想できた。
それが今だったってだけのことだ。
「国王からの命令で、俺を殺しに来たのか」
「……そうだよ。悲しいことだけど、君は僕たち人間を裏切ってしまった。その報いを受けてもらう」
「ああ、悲しい。正義を司る勇者が悪に屈するなんて」
フローレアは涙を流す。
演技ではなく、彼女は本気で嘆いている。
そういう人間だ。
「アレン様は屈してなどいません」
「サラ」
「あらあら、メイドさんまで堕ちてしまっているのですね。悲しい、嘆かわしい」
「……アレン様への侮辱は私が許しません」
いつになくサラが怒っている。
元々この二人の相性はよくなかった。
理由は俺にはわからないが、王都にいた頃から会うたびに火花を散らしていた。
「サラ」
「わかっています」
よし、彼女は冷静だ。
無暗に動いたりはしないだろう。
リリスも警戒を解いていない。
正直、この二人を同時に相手にするのは厳しい。
「サラ、お前にこれを託す」
「これは……」
彼女の右手に、俺の右手を重ねる。
これで受け渡しは完了した。
サラも意図を察する。
「リリスと二人で、フローレアの相手をしてほしい。二人なら勝算はある」
「かしこまりました。リリス様」
「や、やるのか?」
「頼む。ここが……踏ん張りどころだ」
おそらく勇者を辞めて初めて、最大の分岐点になるだろう。
この二人を退けることができれば、王国にプレッシャーをかけることができる。
しばらくは無暗に戦力を送り、消耗するような真似はしないだろう。
「いくぞ!」
俺は原初の聖剣を抜く。
そのまま躊躇なく突進し、レインに斬りかかる。
レインも自らの身体から輝く聖剣を生み出し、俺の攻撃を受け止めた。
「お前の相手は俺だ」
「僕もそのつもりだったよ」
激しいつばぜり合いを繰り広げる。
膂力に大きな差はない。
体格もそこまで変わらない。
ただし、聖剣の力はこちらが上だ。
「うおおお!」
「っ!」
押し勝ち、レインを後方に吹き飛ばす。
当然この程度では怯みもしない。
休みなく詰め、さらに攻撃を加える。
「本気だね。勇者アレン」
「当たり前だろ! お前が相手なら手加減はできないからな!」
「――光栄だよ」
レインの聖剣がまばゆい光を放つ。
眩しさに目を瞑る。
その一瞬をついて、彼の斬撃が俺の身体に届く。
「ぐっ」
ギリギリ反応して回避したが、左肩から胸にかけて薄皮を斬られた。
俺は距離をとる。
「さすがだね。心臓まで斬るつもりだったのに」
「……」
傷は瞬時に回復する。
上位の勇者たちそれぞれに回復手段を持っている。
この程度の傷はダメージにならない。
俺の場合、心臓を潰されても回復できる。
ただし……。
「内部から一気に、身体の大部分を破壊すれば君も死ぬ。そうだよね?」
「……ああ、そうだな」
不死身というわけじゃない。
殺せば死ぬ。
殺すことができる存在が限られているだけで……。
そう、彼はその限られた一人だった。
勇者ランキング第二位、俺がいなければ『最強』の称号は彼のものだっただろう。
言わばこれは新旧対決だ。
「アレン、君の時代はもう終わった。これからは僕が……最強の勇者だ」
「……生憎、勇者の称号は捨てても、最強の座まで譲る気はないぞ」
◇◇◇
アレンとレインの戦いが始まった直後、この三人もにらみ合う。
勇者ランキング九位、『最善』の勇者フローレア。
対するは未熟な魔王と勇者のメイドである。
「あらあら、私たちを個別に相手をするおつもりですか? アレンさんもひどいことを考えますね」
「どういう意味でしょう?」
「あら? お分かりになりませんか? お二人は捨て石にされたのですよ」
「なんじゃ!」
フローレアは笑みを崩さない。
穏やかに笑い続ける。
リリスは睨み、サラは無表情のままじっと見つめる。
「この状況を見れば明白でしょう。勇者である私を相手に、一般人の女性と子供の悪魔を当てる……勝てるはずがありません」
「随分なおごりですね」
「おごりではありませんよ、サラさん。これは明確な事実です。お二人では私には勝てません。ああ、なんと悲しいことでしょう! サラさんまで悪魔に騙されてしまったのですね。私は今日、友人を殺さなくてはなりません」
フローレアは涙を流す。
悲しみから流れる涙だ、彼女の異常性を表す。
彼女は神を信じている。
神に祝福されし人類こそが正義であり、そうでない存在は悪だと決めつける。
いかなる理由があろうとも、悪は滅ぼすべきである。
究極の理念を貫くためなら、どんな方法もいとわない。
自らが定めた善を実行し続ける。
故に彼女は、『最善』の勇者と呼ばれるに至った。
そんな彼女の聖剣は――
「な、なんじゃあれ!」
「正義の聖剣……テミス」
「あ、あれが聖剣じゃと? どう見ても……」
巨大な十字架である。
フローレアによって召喚されたのは、彼女の背丈の三倍は超える巨大な十字架。
剣の形状はしていない。
しかし、あれも聖剣の一振りである。
驚くべきは形状だけにあらず。
その大きな十字架を、彼女は軽々と片手で掴み持ち上げる。
「主よ。どうか罪を犯した同胞に安らかな死を」
瞬間、フローレアは駆け出した。
細い体に似合わぬ怪力は、腕だけではない。
脚の力も尋常ならざるものであり、ただの人間には捉えられない速度を見せる。
が、常人を超える力の持ち主なら存在する。
ただの人間でありながら、魔王と肉弾戦で互角に渡り合うメイドが――
「一つ、訂正しておきます」
「――!」
サラが十字架を受け止めている。
彼女が持つ大剣は、本来何の力もないただの剣である。
聖剣を止めらえるほどの力はない。
だが、今は違う。
なぜなら彼女には、勇者アレンから託された力がある。
「この力……まさか聖剣?」
「私はただの人間ではありません。最強の勇者アレン様のメイドです」
守護の聖剣アテナ。
サーベルの形状をしたこの聖剣は、勇者アレンがその身に宿す一振り。
通常、聖剣は持ち主だけが扱うことができる。
勇者の資格を持たぬものでは、聖剣を扱うことはできない。
聖剣アテナの効果は、他の物質と融合し、融合した対象に聖剣の力を付与すること。
融合する対象の持ち主に限り、勇者ではなくても扱える唯一の聖剣である。
今、聖剣アテナはサラの大剣と融合している。
彼女を知る多くの者たちが口をそろえる。
もしも勇者の資格を持っていれば、彼女は最強の存在になっていただろう、と。
その結論が、ここに現れる。
サラは十字架を力で弾き飛ばす。
フローレアは空中で一回転して、距離を取って着地した。
「サラ、ぬし……」
「力を貸してください、リリス様。私一人では厳しい……あなたの力が必要です」
「――! もちろんじゃ!」
リリスはペンダントの効果を発動。
大人の姿となり、魔剣を抜く。
「勇者フローレア!」
「あなたは私たちが倒します」
「……健気ですね。とても悲しいことです」
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