共に死ぬ覚悟がある
彼女の言葉に嘘はなかった。
それは俺の加護が証明してくれている。
でも、嘘はなくてもわかるんだ。
その言葉に秘められた思いが、何を覚悟しているのか。
五年以上も一緒にいれば、互いのことが理解できる。
きっとサラも、俺が気づいたことをわかったはずだ。
「サラ、俺は勇者じゃなくなった。今さらこいつを殺しても、王国には戻れない」
「わかっています。アレン様は勇者ではありません。王国を見捨てた裏切り者として、陛下はアレン様を処刑するつもりです」
そこまで理解した上で……。
おそらく全ては語られていない。
重要なことが抜けている。
「サラ」
「ですが私にとって! アレン様は誰より立派な勇者でした」
彼女は震える声で叫ぶ。
胸に秘めた思いを発露する。
「誰より優しく、誰よりも強く、誰より気高い。そんな勇者が……あなたです」
「……」
「今でも、それは変わりません。私にとってアレン様は勇者のままです。だから……他の誰かに殺されるくらいなら、私の手で終わらせたい。裏切り者ではなく、勇者として終わらせたい」
そういう取引をしたのか。
彼女が俺を殺す代わりに、俺を裏切り者として公表するのではなく、勇者として散ったと国民に伝える。
王国にとっても悪い話じゃない。
英断を残せば、人々の勇者に対する信頼は増すだろう。
ただ……。
「俺を殺した後、お前はどうするんだ?」
「……私もここで死にます。アレン様のいる場所こそ、私がいるべき場所ですから」
彼女は笑う。
涙を流しながら、悲しみを抱いて。
魔王を殺し、勇者を殺し、自らも殺す。
全てを一人で終わらせる覚悟をもって、彼女はここにやってきた。
俺を勇者として死なせるために。
俺を……悪者にしないために。
呆れるほど、全部俺のためじゃないか。
「ぅう……なんじゃ騒がしい……ってちょっ! な、なんじゃこの状況! どうなっておるんじゃ!」
「今さら起きたのか。お前もう少し危機感を持て」
「説教より先に説明することがあるじゃろう!」
目覚めたリリスに向けて、サラは鋭く睨みながら大剣に力を籠める。
まだ彼女を殺すつもりだ。
「サラ? なんでそんなもの持っておるのじゃ?」
「お前は少し静かにしていてくれ! 悪いがこれは、俺とこいつの問題だ!」
いったん大剣を弾く。
サラは後方に飛び、距離を取る。
「アレン……?」
「心配するな。サラは俺のメイドだからな」
俺はサラと向き合う。
彼女はまだ大剣を握り、こちらに敵意を向ける。
その眼は諦めていない。
彼女の覚悟は本物だ。
このまま俺とリリスを殺して、自分も終わるつもりでいる。
俺なら、彼女を倒すことは難しくない。
殺さずに捕らえることも、適度にあしらって逃げることもできる。
だけどそれじゃだめだ。
俺を信じてくれた彼女を、二度も裏切りたくはない。
だから――
「アレン様に、これ以上手を汚してほしくはありません。だからどうか……」
「サラ」
「死んでください!」
「ありがとう」
大剣が振り下ろされるより早く、彼女の手を握る。
そのまま引っ張り、抱き寄せる。
全身で精いっぱいに、彼女を包み込む。
「アレン……様……」
「俺のことを想ってくれてありがとう。何も言わずにいなくなってすまなかった」
「私は……今さらそんなこと……」
「大丈夫、俺は何も変わっていない。お前が知っている俺のままだ」
俺はもう王国の勇者じゃない。
二度と国には戻れない。
国を裏切ったことも事実だ。
それでも、俺という人間が変わってしまったわけじゃない。
肩書を失ったくらいで、俺は他人にはならないよ。
「話を聞いてほしい。俺がどうして、ここにいるのか……聞いてくれるか?」
「……はい」
足りない情報があるんだ。
彼女はきっと、一番大事な部分を聞かされていない。
先に裏切ったのは俺じゃない、王国だ。
俺に逃げ場はなかった。
あの時点で、王国に戻るという選択肢は失われていた。
そして彼女の、共存という願いに賛同したことも。
サラは静かに、落ち着いて聞いてくれた。
話をしている間もずっと、彼女の手を握っている。
俺がじゃなくて、彼女が俺の手を離そうとしないんだ。
「では、アレン様から王国と敵対したわけではないのですね」
「ああ。不満は山ほどあったけど裏切る気はなかった。後押ししたのは王国だ」
「そう……でしたか」
そっと力が抜け、しゃがみこむ彼女を支える。
この時にはすでに、彼女から敵意は消えていた。
「ただまぁ、王国と敵対する形になったのは事実だし、魔王である彼女と手を組んだのも本当だ。だから俺たちと一緒にいれば、お前も王国と敵対することになる。今ならまだ……」
「嫌です」
全て語る前に、彼女は否定した。
俺の手を強く握りながら。
「私はアレン様のメイドです。どんな理由があろうと、私はあなたについて行きます」
「……いいんだな?」
「はい。ですからどうか、私をお傍に置いてください。必ずお役にたってみせます」
「役にはずっと立ってるよ」
俺は彼女の手を握り返す。
今までずっと、彼女には支えられてきた。
辛く苦しい戦いから戻ると、いつも彼女が待っていてくれた。
温かい言葉、温かい食事を用意して。
苦手な笑顔を練習して、不器用だけど精一杯笑ってみせて。
そんな彼女が待っていてくれたから、今を生きられた。
「一緒にいてほしいのはこっちのほうだ」
二度と会えないと思っていたから、諦めかけていた。
けど、こうしてまた会えた。
彼女は今、ここにいる。
ならば今度こそ、この手は離さない。
「これからも、俺のメイドでいてくれるか?」
「もちろんです。アレン様こそ、また何も言わずにいなくならないでください。もしもあなたが悪に染まるなら、その時は……一緒に死ぬ覚悟はできていますから」
「ははっ……怖いメイドだな」
彼女も俺の手を離さない。
二度と離れたくないと示すように。
死ぬのは嫌だし、彼女に死んでほしくない。
これからはせいぜい気を付けることにしよう。
俺の命はどうやら、俺一人のものじゃなかったみたいだから。
大切なことを知った。
とても綺麗で暖かな話……で終わるはずだった。
「ワシは一体何を見せられておるんじゃ……?」
余計な一言さえなければ。
まったく、台無しだよ。
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これにて『最恐のメイド』編は完結です!
速く読みたいと言う方は、ぜひ『小説家になろう』版をご利用ください。
URLは以下になります。
https://ncode.syosetu.com/n2294hx/
よろしくお願いいたします!
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