こんな夜更けにどうしたの?

 テーブルの上に豪勢な料理が並ぶ。

 香る料理のいい匂いと、色とりどりなラインナップ。

 パーティーかと突っ込みたくなるほど豪華な夕食に……。


「おおー! これ全部サラが作ったのか!」

「はい」

「サラは料理の天才じゃな!」

「ありがとうございます」


 リリスも無邪気に大興奮していた。

 さっそく子供の心を掴んだか。

 さすがサラだ。


「悪いな、サラ。長旅で疲れてるのに」

「お気になさらないでください。アレン様のお世話は、メイドである私の役目ですから」

「サラ……」

「ぬしよ!」


 いい雰囲気のところにリリスが顔を近づけてくる。

 瞳を輝かせて何か言いたげだ。

 大体予想できるが、一応聞いておこう。


「なんだ?」

「これでメイドは用意できたぞ! じゃから明日からの訓練を」

「却下だ」

「なんでじゃ!」


 予想通り過ぎて呆れもしない。

 おれは首を横に振りながら、納得していないリリスに説教をする。


「いいわけないだろ。サラは元々俺のメイドだったんだ。お前が連れてきたわけじゃない」

「でもメイドじゃろ! ぬし専属じゃ!」

「最初からな。あと間違ってもお前のメイドじゃないからな。勝手に命令とかするなよ」

「わ、ワシのほうが上司じゃぞ!」

「だったら相応の待遇をしてくれ。できないなら出て行くぞ」

「ず、ずるいのじゃぁ……」


 リリスは泣きそうな顔をする。

 ちょっとばかり大人げなかっただろうか。

 そっとサラのほうを確認する。

 彼女は普段通り、無表情でじっと俺たちのやり取りを見ていた。


「……」


 夕食が終わり、俺たちはそれぞれの部屋に戻る。

 部屋はたくさん余っているから、サラの部屋も用意できた。

 廊下で三人が揃い、顔を合わせて話す。


「申し訳ありませんが、私は先にお休みさせていただきます」

「ああ、疲れてるだろ? ゆっくり休んでくれ」

「はい」


 先にサラが自室へと入っていく。

 それを見送り、隣でリリスが眠そうに目をこする。


「ワシも寝るのじゃ……疲れた」

「ああ。また後でな」

「うむ。おやすみなのじゃ」


 とぼとぼと歩き、リリスも部屋に入っていった。

 残された俺は、サラの部屋のほうをじっと見つめながらため息をこぼす。


「はぁ……俺も準備するか」


 今夜は特に、ゆっくりしていられないからな。


  ◇◇◇


 深夜。

 静かな魔王城がより静かになる時間帯。

 皆が眠り、魔界では珍しく平穏な時間でもあった。

 こんな辺境の古びた魔王城に訪問者なんているはずもない。

 故に、城主も油断している。

 いいや、彼女の場合は単に甘いんだ。

 誰も自分に害をなすなんて思っていない。

 

「スゥー」


 だから気持ちよさそうに眠っている。

 安心しきっている。

 そこにそっと、近づく影が一つ。

 手には仰々しい大剣が握られていた。

 彼女は柄に力を籠める。


「どうしたんだ? こんな夜遅くに」

「――!?」


 声をかけると彼女は慌てて振り向いた。

 目と目が合う。

 

「アレン様……」

「こんばんは、サラ。リリスに何か用事か?」

「……」


 間が悪そうな雰囲気が漂う。

 お互いに気まずい。

 だがそれも、仕方がないことだろう。

 俺はため息交じりに笑いながら呟く。


「そんな物騒なもの、お前には似合わないな」

「――っ!」


 彼女は大剣を両手で握りしめ、大きく振りかぶる。

 そして襲い掛かる。

 俺にではない。

 スヤスヤと眠っているリリスに。

 躊躇なく大剣を振り下ろした。


「く……ぅ……」

「ダメだぞ、サラ。眠っている子供への悪戯にしては……やり過ぎだ」


 大剣は完全に振り下ろされることなく、俺の左手によって受け止められた。

 サラは力を振り絞ったぶん、まだ手が震えている。

 悔しそうな、辛そうな表情を見せられると、俺も心が痛くなる。


「サラ……」

「どいてください、アレン様。その子供は魔王です。倒すべき敵です」

「そうだな。けど、もういいんだ。俺は勇者じゃない。俺にとってこいつは……ただの手のかかる上司だよ」

「っ……」


 彼女は未だに大剣に力を込めている。

 このまま押し込もうとしている。

 硬い意志で、まっすぐに。


「わかっていたよ。お前がこうするつもりだってことは……」

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