勇者に相応しくないよ
「なぜだ? なぜ今さらそんなことを言う?」
「チャンスだからね。君が王国を去った今だからこそだよ。ずっと思っていたんだよ。チマチマ功績をあげて女の子を貰うって効率が悪いじゃないか。世界を手に入れたら、全ての女の子は僕のものだ」
「……」
「ああ、もちろん君の分もあるよ。アレン君顔はいいし強いんだから、ちゃんとアピールすればモテるはずなのに、勿体ないよ」
この男は……どこまでも本心を。
呆れてしまう。
こんな男も、勇者なのか。
「ね? 悪い話じゃないでしょ? 君にとっても……」
「……そうだな」
確かに利はある。
好き勝手生きるなら都合がいい。
十分に実現可能だと思ってしまえる。
「ふっ……笑っちゃうよな」
「そうだよね。僕たちなら手に入れられるんだ。世界も、全部」
「そっちにじゃない。こんな美味しそう話にすら、俺は手を伸ばそうと思えないんだよ」
理屈では手を組むのもありだと思う。
どうせ勇者として生きることはできないんだ。
裏切られた仕返しに……とか。
考えはするのに、行動に移そうとはこれっぽっちも思えない。
だから笑ってしまった。
結局俺は、肩書なんて関係なく……。
「勇者なんだな」
「……へぇ、その気はないって?」
「ああ、俺は悪を許せない」
「ふっ、ふふ、魔王と手を組んだくせによく言えたね」
まったくだよ。
それに関しても、自分が馬鹿らしくて笑ってしまう。
ただ、訂正しておこうか。
彼女は悪魔で魔王だけど、悪じゃない。
少なくとも語ったその夢に、悪いことなんて一つもなかった。
「残念だよ。手を組む気がないのなら、死んでもらうしかないかな」
「それは無理だな。俺はこいつと契約したばかりなんだ」
「そうかい? だったら彼女に殺してもらえばいいさ。部下の首をはねるのも、上司の役目だからね」
「なんだそれ」
イカレているな、この男も。
ゆっくりとリリスが近寄ってくる。
「何簡単に洗脳されてるんだ。お前は魔王だろ?」
「彼女を責めても無駄だよ。女性である以上、僕の力には逆らえない。君も女性に生まれていたらよかったのにね。そうすれば、僕が可愛がってあげたのに」
「生憎だけど、お前みたいな軽薄男はごめんだな。そうだろう――」
ようやく近づいてきてくれた。
この距離なら手が届く。
彼女が剣を振るうより先に、それに触れる。
指先が触れた時、赤黒い稲妻が走った。
そのペンダントは、大魔王から与えられた魔導具。
一時的に彼女を、真の魔王へと昇華させる。
「リリス」
「絶対に嫌じゃ!」
大人になったリリスが叫んだ。
リリスは聖剣を投げ捨てる。
「変身? 効果が解けている……」
シクスズは訝しむ。
じっとリリスを見つめて、何かに気が付く。
「そういうことか。魔力の大幅な上昇で正気を取り戻したんだね」
「さすが、よく見てるな」
「当然、女性のことを隈なく見ているよ。予想した通りいい体になっているじゃないか」
「見るな変態!」
ガルルルと狼みたいに唸って威嚇するリリス。
ペンタントの特性を聞いておいてよかった。
危機が迫れば自動的に効果が発動する仕組みを利用させてもらったぞ。
「不覚じゃ! あんなのに操られるなんて!」
「もう操られるなよ」
「当然じゃ!」
「ふっ、盛り上がっているところ悪いけど、なんの解決にもなっていないよ」
シクスズの手には投げ捨てられた聖剣の片方が戻っていた。
いつに間に拾ったのか。
引き寄せただけか。
二つの聖剣が一つになり、本来の形に戻る。
「一時的に効果を解いただけで、耐性がついたわけでもない。同じ方法で解除できるかな?」
「……」
リリスが身構える。
そう、もう同じ手は使えない。
彼女もわかっている。
「もう一度僕の者にしてあげるよ。今の君は特にほしい」
「お断りじゃ!」
「そうかい? だったら力で教えてあげるよ、女は僕には敵わない」
静寂、数秒。
沈黙を崩したのは、シクスズだ。
「……どういうことだ? なぜ平気なんだ?」
「まだ気づかないのか?」
「何を……!?」
「やっと気づいたか」
彼の視線は俺の右手に。
聖剣が、異なる形に変化している。
否、持ち替えた。
原初の聖剣から新たに――
「暴風の聖剣オーディン。大気を支配する聖剣だ」
「大気、風……まさか、気づいていたのか? 僕の聖剣が……」
「特殊な粒子を飛ばして、その匂いをかがせることで相手を支配する……だろ?」
「……」
無言は肯定と同義だ。
シクスズの焦り顔がそれを物語っている。
最初、洗脳が完了した直後に気付いていた。
俺の周囲に見えない細かな粒子が舞っていることに。
「だったら簡単だ。粒子が届かないように風で巻き上げればいい。こんな風に!」
オーディンを振るい、上に向ける。
風と共に粒子は巻きあげられ、そのまま天井を伝って四方に散っていく。
届かなければ匂いは嗅がせられない。
四方に突風が吹き荒れ、シクスズは飛ばされないように踏ん張っている。
「くっ……」
「いかに強力な能力も、原理がわかれば対処は容易い」
「そうかい? だったら今度はシンプルに、君を倒してからゆっくり楽しむことにするよ!」
「残念だけど」
突風が止む。
一瞬で静かになり、リリスとシクスズは虚を突かれる。
気づく間もなく、俺はシクスズの懐へ。
「なっ!」
「お前じゃ力不足だよ。女たらしのお前じゃ」
聖剣を振るう。
受け止めようとしたラバーズの刃は砕け散る。
聖剣の強度は心に比例する。
策が失敗して動揺した今なら、容易く砕くことができる。
がら空きになった胸に、俺はそっと触れる。
「お前は勇者に相応しくない。勇者なんて辞めて、大好きな女にでも慰めてもらうんだな」
「そ、そうさせてもらうよ」
嫌いな笑みを浮かべた彼を、俺は思いっきり吹き飛ばした。
オーディンの突風は強力だ。
シクスズは遥か彼方へ飛んでいく。
「よ、容赦ないのう……」
「あれくらいでちょうどいい。聖剣がなくなっても勇者は強い。あれくらいじゃ……まぁ死にはしないだろ。たぶんな」
「た、たぶんか……じゃがそれだと何も変わらないじゃろ」
「いいや、もう聖剣はない。今までみたいに女を操ることはできない。せいぜい不自由な暮らしに苦労するんだな」
今まで散々楽しい思いをしてきたんだ。
これからは苦労してもらおう。
「気を付けろよ。今後は特に狙われるぞ」
「わ、わかっておる。でも大丈夫じゃ! ぬしが一緒なら負ける気がせん!」
「はっ、能天気なやつだな」
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これにて『最弱の魔王』編は完結です!
速く読みたいと言う方は、ぜひ『小説家になろう』版をご利用ください。
URLは以下になります。
https://ncode.syosetu.com/n2294hx/
よろしくお願いいたします!
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