第2話
2
翌朝、一匹のカメレオンがツリーハウスを訪れた。
セタは眠りこけているが、アビゴールは起きていて背もたれのある椅子に腰掛け、優雅に雑誌なぞを読んでいた。
「おや、おはよう、小さなお客さん」
「おはようございます」
カメレオンは気圧されて挨拶。
「あいにく我が召喚主はまだ寝ている。用件なら私が伝えるが?」
「ありがとうございます、でもセタは何時もこうなんです。何時もボクが起こしに来るんです」
カメレオンはじっとアビゴールを見た。
「おお、そうだったのか。私はアビゴール、よろしく」
アビゴールは如才なく言って、手を差し出す。
「ボクはレオ、よろしくアビゴールさん」
レオは自分の小さな手を差し出して(アビゴールがそれを握っただけだったが)から、
「おきろーっ!」
セタの顔にダイブした。
セタはわずかに顔をしかめたが、起きず。
レオもそんな事は百も承知である。
どこから出したのかメガホンをセタの耳に当て、
「きのこ狩りだー!」
それを聞いた途端、セタは時速百キロでぶっ飛び、ツリーハウスから十メートル下の地面へ激突したのだった。
*
「君たち毎朝そんな起き方を?」
アビゴールはさすがに呆れている。
「今日はまだ良い方さ、アビゴールさん。昨日なんかは天井を突き破ってもう少しで大気圏突入しそうだったもん、危うく摩擦熱で焼けてバーベキューさ」
レオが言った。
「……」
セタはボーッとしている。
目付きが悪いため、睨み付けているようだが、レオは毎日見てるので動じない。
「我が召喚主よ、願い事は決まったかね?」
アビゴールが訊くが、
「ぐー」
セタは、二度寝に入ったらしい。いい度胸である。
「願い事?」
レオが首を傾げる。
「私は昨日、セタに呼び出された」
「セタに?」
「そう」
「どこから?」
さっ。
アビゴールは黙って地面を指差した。
「へー、アビゴールさんって地面の中に住んでるヒト?」
「アビゴールは悪魔だよ」
いつの間に起きたのか、セタがストレートに言った。
「えっ……悪魔って、あの悪魔?」
うん。
うん。
セタもアビゴールもうなずいた。にこやかな笑顔である。
「本当に本当に本当に本当にあの悪魔?」
うん。
うん。
繰り返し。
「ひえーっ!」
レオの悲鳴は10キロ先へも届いたという。
「ぎゃあーっ。悪魔悪魔悪魔悪魔だ、悪魔だーっ!怖いよー、怖いよー!」
レオはセタの頭に登って喚いた。
アビゴールは一瞬目を丸くしたが、すぐに何事もなかったかのように雑誌に目を落とした。
「悪魔だからと言ってすぐに君を取って食う訳じゃない」
「ホント?」
すがるような瞳でレオ。
「悪魔の約束を信じられる?」
セタが意地の悪い笑みを漏らす。
「あー、やっぱり!」
レオはまた騒ぎ出す。
「火に油を注いだだけだと思うが?」
「いいの、面白いから」
セタは口の端を歪めて笑った。
「悪魔の私が言うのもなんだが、お前、性悪だな」
アビゴールが鼻を鳴らした。
レオはまだ騒いでいる。
「で、願いは決まったか?」
「……まだ」
「たすけてーっ!」
レオの喚き声がこだました。
*
アビゴールは散歩を始めた。
読書に飽きたのだった。
ツリーハウスから降りてジャングルの中を歩き出す。
セタとレオも着いてきた。
基本的にする事がないのだ。
ばぐん。
突然レオがその辺を飛んでた虫を舌で捕らえる。
……食料を探す以外は。
「なんの目的もなく散歩するなんて何千年振りかな」
アビゴールは晴れやかな顔だが、
「アビゴールさんって何歳なの?」
レオが恐る恐る訊いた。
パニックからは回復したようだ。
「忘れた」
「そもそも年を数える習慣がなかったしなあ」
「……悪魔は基本的に不老不死だよ」
「へー」
レオは目を輝かせる。
「……止めとき、不老不死なんて不幸になるだけだよ」
「なんでさ、いい事ずくめだろ? 死ななけりゃ色んな事ができるよ」
「レオみたいな動物が不老不死だとすると、繁殖により増えた個体を見守る事になる」
「いいじゃん」
「増えた個体は次々にあんたより先に死んでいく」
「うげっ」
「そしていずれは種が絶滅する。そしたら仲間のいない世界で独りで生きて行く事になる」
「か、悲し過ぎるぅ。でも、楽しい事もあるんだろう?」
レオは涙ぐみながらも言ったが、
「そうね、何時も新しいメスと居られるくらいかな。あんたはお勉強とか知的活動はしないだろうからね」
「……いいなぁ、セタ変わってよ」
レオはだらんと鼻の下を伸ばした。
「レオ、君が召喚主だったら良かったのにな」
アビゴールはぽつねんとこぼす。
他愛ないおしゃべりに興じているように見えて、実は不穏当な内容である。
「ところで、ここって静かだな」
アビゴールが言った。
「変だな、皆どこに行っちゃったんだろ?」
三人は気づかなかったが、周辺にいた動物(猛獣含む)たちはセタたちが通りがかった瞬間、速攻で逃げ出していたのだった。
*
ジャングルの動物たちは集まって会議を開いていた。
議題はオバケ退治。
「セタが連れていたアレは何だ?」
「見た目から言うと悪魔だよな」
「悪魔だって?!」
「セタみたいなオバケキノコだけでも十分イカれてるのに、この上悪魔だと!」
「正しい生態系を取り戻さねばならん!」
議論は白熱。
どこの世界にも、白熱すると普段の鬱積を吐き出すヤツが少なからずいるものだ。
それが正論となり、同調する者がいたりすると厄介である。
穏便または慎重論は、少数意見として押し退けられた。
「セタと悪魔を倒せ!」
動物たちは盛り上がったものの、
「でも、悪魔ってどうやったら倒せるの?」
アルマジロが言った途端、しんと静まってしまう。
いわゆる水を差した状態だ。
「セタを倒せば消えてなくなるだろ」
ジャガーが強硬姿勢を打ち出した。
「それまでに何匹犠牲者がでるよ?」
「勢いだけでは倒せないよ」
「じゃあ、お前良い考えでもあんのか? 何もしなけりゃ全滅しちまうかもしれないんだぞ」
「奴隷にされるかも」
ボアが意地の悪い笑みを浮かべる。
「悪魔には神様だ」
ホエザルが言った。
「そうだ!」
「それがいい!」
「森の女神様に相談しよう!」
その場は一旦収まった。
すぐに森の神を訪ねるためにチーム編成がなされた。
女神様のご機嫌を損ねないよう、
見た目の可愛いリスザル、
色鮮やかなコンゴウインコ、
大人しいカワイルカ、
ユーモラスなカピバラ、
などの動物が選ばれた。
見た目重視である。
事態は一刻をも争うので、チームは出発した。
森の女神様は河の上流の神殿にいる。
それを目指して一直線に走ってると、
「おーい」
後方から伝令役のオニオオハシが飛んできた。
「ジャガーの一団が居なくなったぞ」
「何だって?」
「きっとセタを倒しに行ったに違いない」
「神殿へ急ごう」
*
その頃。
「あっ、ジャガーだ」
レオが言う間もなくジャガーたちは特攻。
「うぎゃー!」
レオが悲鳴を上げる。
ジャガーたちの歯牙が迫る。
が、
「おっと」
ゴチン。
後、数センチってところでジャガーたちは何かにぶつかった。
見えない壁があるようだった。
ジャガーたちは、一昔前のマンガよろしく、ズルズルと地面へ落ちる。
アビゴールがバリアを張ったのだ。
「ふー」
レオは息を漏らすが、セタは眉一つ動かさなかった。
*
で、チームは神殿に着いた。
「森の女神様!」
インコが呼び掛けると、
「はいはーい!」
すぐに神殿から声が返ってきて、
ぽわん。
浅黒い肌の現地人の服を着た女が現れる。
かくかくしかじか。
動物たちは森の女神に事情を話し、訴えた。
森の平和を守って!
ってな具合に。
だが、動物たちの期待には沿わず、森の女神は思案顔をしていた。
あまり積極的ではないように見える。
「みんな、ちょっと待っててね」
ラブリーに言って、森の女神はどこからか携帯を取り出した。
「もしもし、カトちゃん?」
森の女神はフレンドリーに話し出す。
電話の向こう側で、話相手がけたたましくしゃべってるようだったが、よくは聞こえない。
「うん、久しぶり。そう、こっちはいつもと同じ。へー、そうなんだ。大変ねー」
なんか世間話に突入したぞ。
動物たちは白っぽい眼差しになってゆくが、森の女神は一向に気にせず話を続ける。
「でさー、今日はさー、用事ってほどのことじゃないんだけどォ」
森の動物たちの嘆願も、女神様にとっては大した用事じゃないようです。
「今、下界に降臨許可出してるヤツいるー?」
電話の向こうで、何事か喚き散らす声がした。
森の女神は携帯を耳から離し、自由な方の手で耳をふさいだ。
ひとしきり電話の向こうの声が喚いた後、
「いいじゃん、あんたの頼みはいつも聞いてあげてんでしょ?」
森の女神はドスを利かせた声で、電話の向こうの相手に言った。
「ちょっとくらいは融通利かせないさいよ?」
森の女神は結構、やり手のようだった。
「うん、そう。アマゾンに降臨してきたヤツだけでいいわ。…ふうん、そいつ72柱の中に入ってる? …あそう、入ってるの」
ぶつぶつと何事かつぶやいてから、
プッ
森の女神は通話を終了した。
「みなさん、お待たせしましたわねん」
「女神様、悪魔を退治してくれますよね?」
「それなんだけどぉ、神様の世界もいろいろあってね」
森の女神は、どっからかテロップを取り出した。
「私は、地上の自然界の中のジャングルの精霊なのね。でも今回の悪魔さんは、天体クラス…つまり夜空のお星様たちと同じ規模の存在なの」
ご丁寧に地球とそれ以外の星達が描かれている。
地球には、自然界の一例としてジャングルがクローズアップされていた。
え、それって…。
動物たちは首を傾げた。
「うん、私では太刀打ちできないってワケ」
「じゃあどうしたらいいんですか!?」
リスザルがムンクの叫びよろしく、叫びをあげるが、
「結論を求めるのはまだ早いわよ」
森の女神は、ち、ち、ち、と指を振って見せた。
「こちらも同じクラスの神様を呼ぶまでよ、天の神様をね」
「はあ」
動物たちは理解の範疇を超えてるのか、釈然としてない。
「もう一度、待っててね」
森の女神は石造りの神殿の柱を探った。
パカッ
柱の一部が開いて中に赤いボタンが現れる。
ポチッ
と森の女神はボタンを押した。
「はい、これで24時間以内に天の神様が来て下さるわ。それまで、みんなここで待ってなさいな」
「はい、女神様は?」
「もちろん、私もあなたたちと一緒に待つわよ」
森の女神は、にっこりうなずく。
「でも暇つぶしが必要ね」
言って、神殿の中に戻りトランプらしきカードを取り出してくる。
「あなたたち、カードゲームは?」
「分かりません」
「やったことありません」
「なら、女神様がルールを教えてあ・げ・る」
森の女神は、動物たちをカモにかっぱぐつもりのようだった。
とんでもない女神様である。
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