手紙

 マリーから便箋を渡された。どうせいつもの悪巧みの一環だろうと思ってあしらっていたが、どうやら違うらしい。


「ルーカスからの手紙?」

「はい」

「……お前の悪戯じゃなくてか?」

「殿下が私のことをどう思っているのか、今からでも問いただしたいのですが、それは間違いなくルーカス殿下からのお手紙です」


 怪しい。そもそもあのルーカスが手紙なんてものを、それも俺に書くわけがない。それに加えて渡してきたのがこのマリーだ。これがまた違った侍女ならばもう少し信じられただろうが……

 そんなことも言ってられないので、渡された便箋に目を落とす。


『兄上へ』


「マリー。これは本当にルーカスからの手紙か?」

「はい」

「……ウソだろ……」


 あのルーカスになにがあったら俺を兄上と呼ぶんだ? それほどまでに北の暮らしは厳しいものなのか……。


『私は兄上の期待を裏切った事をとても後悔しております』


 期待? いや、ルーカスに期待はなにも……


『兄上は私ならアイリスを幸せにできると、そう思ったからこそ身を引こうとしたのですよね。それなのに私が不甲斐無いばかりに……』

『ですがご安心ください。私はこの地でアイリスにふさわしい男になりました』


 あー、とりあえず、言葉が丁寧になっただけで本質はなにも変わっていない事がわかった。そもそも俺は相手がルーカスだから身を引こうと思ったわけでは決してない。どこでそんな自信と妄想が出てくるんだ?


「……へぇ」


 背中からとても冷たい声が聞こえる。もちろん、俺の後ろで手紙を一緒に見ていたアイリスから。


「面白い冗談を言えるようになりましたね」

「そ、そうだな。オモシロイジョウダンダナー」

「ふふふ、アイン様もそう思いますよね」


 正直、怖い。振り返るのが怖い。思わず肯定してしまったが、これを冗談と捉えていいのか?


「(王妃様も同じ言い回しをしておられました)」


 マリーが俺にだけ聞こえるように囁く。なぜ今伝える!? そもそも母上も怒っている手紙と渡せば「……これは母上も怒るな」「そうですね。私も少々怒りが……」でアイリスを宥めて終わるはずだったのに、お前という奴は……!


 マリーを睨みつける。マリーは俺が睨んでいる事に気づき、笑いやがった。


 わかっていながらアイツは言わなかったのだ。俺を困らせるために。そこまでして俺に嫌がらせをしたいか。


「そもそも、このような勘違いを生んだのはどうしてでしょうか?」


 アイリスが俺の方を見る。アイリスだけでなくマリーも。だが――


「そもそもの原因はアイリスにも一因が……いえ、全ては俺の早とちりと身勝手な行動のせいです」


 貫禄……というのだろうか。アイリスから母上と同じ威圧を感じた。逆らってはいけない。そう強く感じさせられた。


「ふふっ、では、責任……取ってもらわないといけませんね」

「……責任」

「そうですね、乱れた心を落ち着かせるためにも「甘いものだな!」……アイン様?」


 俺は全力でアイリスから目を背けた。アイリスがなにを言おうとしているかなんて手に取るようにわかる。絶対に最後まで言わせてはいけない。

 

「……乱れた心を落ち着かせるためにも、マリー「甘い――」……可愛いものを愛でないといけませんね」


 俺が何かを言う前に、アイリスはマリーの名前を呼ぶ。それだけだ。それだけなのに、こいつら俺の口を塞いだ。お前の主人は誰だと思っているんだ!


「それでは参りましょうか」

「……何処へ?」

「それはもちろん、私と同じように可愛いものを愛でたがっている人の所へ、です」


 これならいっその事、ルーカスのからの嫌がらせだと言われた方がまだマシだ。本気で手紙の内容通りだと思っている事に腹が立つ。

 そう思いながらも、俺は母上の元へとドナドナされていくのだった。

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