最後の一曲
アイリスの言う通り、卒業式はアレから2日後に行われた。アイリスのドレスは俺が送ったもう一つのドレスを着てくれている。
アイリスに贈る最後のドレスを選んでいた日、珍しく母上が口を出してきた。「予備も含めて2着選んではどうか」と。その時は深く考えずに、アイリスの好みもあるから押し付けないようにするためだろうと思っていたが、あの時から既に母上達には知られていたのかもしれない。
それにしても、ようやくアイリスとのすれ違いが無くなったというのに、どうして俺の周りにはこんなに人がいるんだ。これではアイリスに近づけないではないか!
俺の周りを囲んでいるのは側近達や信頼できる友人達。だが、辺りを警戒しているのかと思えば、警戒先はどう考えても俺だ。
俺がアイリスに近づこうとするとサッと前に立ち塞がる。離れれば元の位置に戻る。その動きの機敏さは、まさに近衛騎士のようだった。
……なんなんだ一体。
「……おい、これではアイリスに近づけないではないか。今日はエスコート以外で話せていないのだぞ」
「いえいえ、殿下。あまり関わりすぎるとオーフェリア嬢にも迷惑がかかるでしょうし、ここでゆっくりとしておいてください。あっ、何か必要なものはありますか?」
不遜な態度と微妙な親切心が無性に腹が立つ。まさかコイツら俺が今日問題を起こすと思っているのか? そこまで信頼されて……いや、もう問題を起こした後だからな。コイツらなりに俺を守ろうとしてくれているのだろう。
そうとわかれば押し通す事はできない。今日一日ここで大人しくするとしよう。そう思っていると、アイリスが目にはいる。彼女は俺が見ているのに気がついてか、誰にも気づかれないように小さく手を振ってくれる。その姿がとても可愛い。
ついついアイリスを目で追っていると、ふと気になる事がある。コイツらは今日が無理でも他の日に実行するとは思っていないのか?
そんな疑問を口にすれば、揃いも揃って「婚姻さえ結んで仕舞えば、後は尻に敷かれるだけですから。殿下が何かできるとは思っていません」と言い切った。
確かに否定はできないが、面と向かって将来の主人に言うか? それに、こんな認識を持たれている俺は、コイツらとこれからもやっていけるのだろうか。
そんな心配をしていると、アイリスが俺の元へと近づいて来る。そんな彼女を止める、もしくは俺を離そうとするかと思っていたが、誰にも憚れる事はなかった。
「ふふっ、不満そうでしたので来ちゃいました」
「確かに不満ではあったが……いや、それよりも大事な事があるな」
もうすぐ、卒業パーティーでの最後の曲が流れる。その前に――
「最後の一曲、私と踊ってくれますか?」
俺は手を差し伸べ、彼女はその手を取った。
「はい。もちろんです」
手を繋ぎ、2人で会場の中心へと向かっていく。この手を俺から離す事は2度としない。そう心に誓った。
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