第二王子参戦
倒れそうになるのを後ろから支えられる。
「安心するのはわかりますが、いきなりアイリスお嬢様に抱きつこうとするのはどうかと思うのですが?」
いつもの俺を揶揄うような声。そんな事を言う人物など1人しか知らない。
「……マリー、うるさい」
「マリー、ずるいですよ。殿下を私にください!」
「……お嬢様は我慢を辞めたんですね」
「当たり前です。そのせいで勘違いされて大変だったんですから。これからは自分に正直に生きます」
「…………はぁ。わかりました。殿下、頑張ってくださいね」
マリーが何を思って『頑張って』と言っているのかわからない。そんな事を考えていると、マリーは俺を物のようにヒョイと持ち上げ、アイリスに渡そうとする。俺の身長はマリーには少し及ばない。本当に少しだぞ! 少しだけマリーの方が大きい。それでもこうして軽々しく持ち上げられるのは傷つく。
抵抗しようとはするが、気にされる事はなくアイリスに渡されそうになる直前、扉がバタンと大きく音を立てて開かれた。
「ちょっと待て!」
助けが来た! そう期待した俺は何も悪くないと思う。しかし現実は残酷だ。なにせ乱入してきた人物はこの騒動の原因の1人でもあるルーカスである。
「取り繕うとも兄が問題を起こした事実は変わるまい! だから俺がアイリスの婚約者となる!」
「なりませんよ。寝言は寝てから……いえ、顔も見せずに黙っていなくなってください」
ルーカスの言葉にすかさずアイリスが答える。が、その言葉はとても辛辣であり、アイリスが言ったとはとても思えない。思わず、アイリスを見上げてしまう。(ちなみにルーカスを見ているのは俺だけで、周りは、特にアイリスは目もくれず、ずっと俺を抱きしめている)
アイリスは驚いて見上げている俺に気づき、微笑みで見つめ返してきた。クッ、可愛い。
「俺を放っておくなどいい度胸だな」
青筋を立て、ピクピクと頬をひくつかせているルーカス。相当苛立っているのがわかるが、そもそもどうしてここに居るんだ?
「さあアイン様、今日は我が家に寄ってくださいね。今までできなかった話をいっぱいしましょう」
いつのまにか、殿下から俺の名前へと変わっている。アイリスに名前を呼ばれるのも小さい頃以来か……。
少し昔の事を考えている間に、俺の手を握って歩き出そうとするアイリス。そこにルーカスが立ち塞がる。
「アイリス! なぜそんなチビに構う! もう構う必要もないだろう。なにせコイツはもう王族ではなくなったのだからな」
ニヤニヤして俺を見下すルーカス。きっと今の茶番の事を言っているのだろう。
茶番……、茶番だよな。俺の一大決心だったのに……はぁ……。自分で考えただけでも落ち込んでしまう。なにせ、アイリスのことだ。おそらくこの事は――
「殿下は問題なく王族のままですよ? だって今日の事は陛下も王妃様もご存じのことですから」
やはり。というよりも知らない方がおかしいだろう。これほどまでの準備をいくら公爵家の娘だからといってもアイリスだけじゃ不可能なはすだ。
今こうしてアイリスの手の温かさを感じることができているのは、アイリスが俺のために働きかけてくれたのと、それを承諾してくれた父上たちのおかげだろう。そう思うと手のひらだけでなく、心まで温かくなっている気がする。
「なっ!? そんなっ……どうしてそこまでソイツに構うんだ! 俺の方がお前に相応しいと言うのがまだわからないのか! 全てがお前より劣っているソイツよりも俺の方が――」
「俺の方がなんですか? 殿下よりも成績がしたのあなたがどうして私に相応しいんですか?」
「俺には武力がある! 非力なソイツよりも俺の方が――」
確かにルーカスは俺と比べ背が高い。それだけじゃない。肉付きなどが比べるのも烏滸がましいほど違っている。
ルーカスは父上に似て、俺は華奢な母上に似ている。だからこそ、父上のようになろうと体づくりも頑張ってきた。母上に泣きつかれようとも振り切って頑張った。それでも母上の遺伝子は強かった。
結局、アイリスにも身長が届かない所で成長が止まってしまった。
それは置いといて、ルーカスが俺よりも優れている事を得意げに話すたびに、アイリスの目が段々と細まっていくのが恐ろしい。
「それで? 国務はどうするんですか? 全部武力で解決するんですか?」
「それはお互い得意分野を伸ばし、不得意を補ってだな」
「……不得意を補う、ですか。あなたは全部私に押し付けようとしているだけでしょう?」
「ちがっ……」
「何が違うと言うのですか? これまで家庭教師から逃げ続けたあなたに王が務まるとでも? あなたと一緒に居ても全てを私に押し付ける未来しか見えないのです。だから私があなたを選ぶ事はありえません。理解していただけましたか?」
「ぐっ、だがっ! それはソイツも一緒だろう!」
「殿下があなたと一緒? 全然違いますよ。殿下は私に追いつこうと日々努力をしています。私に押しつけるのではなく、私に並ぼうとしてくれているのです。そんな殿下の頑張りをあなたと一緒にしないでください」
結局、学園での成績ではアイリスを越す事は叶わず、万年2位だった。それでもこの頑張りをアイリスに知ってもらっているというのは、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
「……後悔する事になるぞ」
「なりませんよ。絶対に」
アイリスはそう言って、今度こそ俺の手を引きながら会場から出る。取り残されたルーカスの叫びが背後から聞こえたが、俺たちは振り返る事はなかった。
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