すれ違い
「ああ、もうっ! 俺が1番好きなのはアイリスだ!」
何度も俺がアイリスを嫌いだと言われて黙ってはいられない。どうしてそうなるんだ? 俺を好きでないのはアイリスだろうに……なぜそんな勘違いをするんだ。
「ならばどうしてですか?」
「……それは………」
「それは?」
「……アイリスに想い人がいるだろう? 俺以外の……」
最後は小声になってしまう。言いたくなかった。彼女が悪く言われる事を言うのも、彼女を引き止めれなかった自分の不甲斐なさも、口にするのが悔しかった。
「私に? 誰のことですか?」
「……ルーカスだよ。もう誤魔化さなくていい。今日婚約破棄をしようとしたのはアイリスがルーカスを想っていることがわかったから。アイリスには幸せになってもらいたいから身を引こうと……」
「なるほど、それで殿下は……ですが、それは勘違いです。私はあの方を思ってなどいませんよ。(むしろ、毛嫌いしているぐらいですし……。はぁ……ということは見られたのはあの時ですか。まったく、どうしてくれましょうか)」
「アイリス?」
今まで聞いたことのない低い声が聞こえたような気がするが、なにせ声が小さすぎて聞こえない。だが、聞き直したいとも思わなかった。なぜなら――
「なんでしょうか、殿下?」
彼女の目が笑っていない。笑顔なのにそれがわかるからこそ、聞き返すことはできなかった。
「ふぅ……、話を戻しましょうか」
「ひ、ひゃいっ!」
一息をつき、アイリスはいつも通りに話す。が、先程の迫力に押されてしまい、思わず声が裏返ってしまう。恥ずかしい。
「ふふっ、何をそんなに緊張していらっしゃるのですか?」
「緊張など、していない」
「殿下がそうおっしゃるのであれば、そういうことにしましょう」
目が泳いでいるのが自分でもわかるのだ。アイリスにバレていないはずがない。それでも何も言わないということは、今回は見逃してくれるということだろう。
それよりも……
「ルーカスとは、本当に何もないのか?」
「……殿下、私今まで言ってきませんでしたが、可愛いモノが大好きなんです」
「? うんっ? そ、そうなのか……?」
知らなかったアイリスの一面を知れて嬉しい。……違う! 確かに嬉しいのは嬉しいが、今この場面では関係ないことだろう!
「わかっていなさそうですね。私は可愛いモノには目がないのです。無意識に頬を緩ませてしまうぐらいに」
なるほど、無意識に……か。ならば、あの時も……それなら、アイリスの可愛い基準はルーカスという事に……ッ!!
「……今、とても不快な勘違いをされているような気がしたのですが?」
「い、いやっ、決してそんなことはない」
ダメだ、今のアイリスからは騎士団長と同じくらいの迫力を感じる。これ以上その事について考えるのはやめた方がよさそうだ……。
だが、俺と婚約破棄をしないことと、アイリスの可愛い物が好きだということがなんの関わりがあるんだ?
「私、ずっと我慢していたんです」
「えっ?」
「ずっと、殿下に本心を言いたかったのです。殿下はとても可愛いと!」
「は? えっ、ちょっと待って」
待て待て、俺を可愛いと言いたかった? ダメだ混乱してきた。アイリスが何を言っているのか理解できない。
「ようやく、ようやく殿下と婚姻を結び、我慢する必要がなくなると思っていましたのに……」
確かに学園を卒業すれば俺とアイリスは婚姻を結ぶ手筈になっている。だからこそ、婚約を破棄するのは今日が最後の機会だった。
「殿下をギュッと抱きしめたり、可愛いお洋服を着せたり、その姿のまま城下の視察に行ったりできると思っていたのに……」
「待て待て! アイリスの気持ちは嬉しい。嬉しい? いや、それよりも俺は可愛い服を着たりなど――」
「殿下が王妃様に可愛い服を着せられていた事は知っていますよ?」
「それは昔の……」
「今でも時々着せられていますよね?」
「…………」
「それも、女性も「止めろー!」」
母上は何故か俺に女ものの服を着せたがる。それも令嬢が着るようなドレスを。
母上が女の子も欲しいと言い続けた結果、なぜか白羽の矢が立ったのが俺だった。幼少の頃は女性ものの服を着ていると母上が喜んでくれるのが嬉しくて自分から着ていた。
それは認める。確かに自分から着ていた。しかし! 今は決して自分から着るということはしていない! 母上がドレスを着た俺の姿を見ないと元気が出ないとか言い出さなければ着ることは絶対になかった。それも、一度きりと言ったのにも関わらず、何度も要求してくる母上が悪いんだ!
「はぁ、はぁ、アイリスの気持ちは良く伝わった」
正直に言うとあまり良くわかってはいないが、この婚約破棄に反対だという気持ちは伝わった。
「……だが、すまない。もう後戻りはできないんだ」
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