怪しい雲行き

「嫌です♪」


 俺の一世一代の公言を、彼女、アイリスは笑顔で否定する。

 

「……ぇ」

「嫌です♪」

「どうして……」


 まさか自分がどうしてと言わなければいけないとは思っていなかった。いや、この場面では「どうして……、私に何か至らないところがあったでしょうか?」そう返って来ると思っていたが……。


「婚約は――」

「嫌です♪」


 なぜ彼女はこんな笑顔で否定するんだ? プレゼントを贈った時だって微笑むぐらいだったのに……もしかしてプレゼントを気に入っていなかったのか?

 いや、でもそれならこの輝かしい笑顔で俺の提案を否定する理由はなんだ?


 俺の提案を受け入れれば俺から離れられる事を理解できない彼女ではない。今の状況でも彼女なら上手く立ち回る事ができる、それなのになぜ……

 

「殿下」


 背筋が急に寒くなり、思わず背筋を伸ばしてしまう。聞こえて来たのは透き通った声。何気ない、いつもと同じ呼びかけなのに、なぜか逃げたくなるような恐怖を感じる。


「殿下、なぜそんなことを言い出したのか、説明していただけますよね?」

「そ、それは……!」


 彼女の有無を言わせぬ迫力に思わず答えそうになり、ハッとする。

 周りには多くの貴族がいる。ここで事実を話してしまえば、アイリスが原因ということになってしまう。


「…………言わない」

「どうして言ってくれないのですか? 言ってくれないと、直すにも直せないではないですか」

「……アイリスに悪いところなどない」

「ではなぜ?」

「……………………」


 何度か続いた攻防の末、俺は勝った。彼女はため息をつき、不満な視線を向ける。その姿はまるで子供が拗ねているようで、そんな彼女の様子を初めて見るので思わずドキッとしてしまう。

 しかし、ここで折れてしまえばさっきまでの攻防は無駄になってしまう。なので、こちらの感情を見透かされないようにポーカーフェイスに努める。


「……はぁ。わかりました。私の負けです。これ以上深く追求するのはやめましょう」

「そうかそう「で・す・が!」……なんだ? 何を言われても俺は何も話さないぞ」


 アイリスが諦めてくれたことにホッとした束の間、彼女が詰め寄って来るので慌てて釘を刺す。

 

「理由をおっしゃらないのであれば、婚約破棄だけは受け入れません。私に非があるわけではないようですし、例え殿下が私の事を嫌いになったのだとしても、私は同意しませんから」

「いや、それは……」

「例え! 殿下が! 私の事を! 嫌いでも! 大嫌いだとしても! 私は貴方の側に――」


 一言一言、強調するように言うアイリス。その内容は俺がアイリスを嫌いになったとしても一緒に居たいだった。


「ああ、もうっ! 俺が1番好きなのはアイリスだ!」


 俺は隠そうとしていた自分の気持ちを叫んでしまっていた。

 

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