日緋色の叛逆者
高藤湯谷
一章 神々交戦編
プロローグ①
薄暗い空の下、鈍色の光を反射する水飛沫が舞う。
人々の悲鳴が木霊し、またどこかで赤色が散った。
そこは凄惨な現場で悲惨な戦場だった。
赤と灰色が混じり、元は人々で賑わったはずの住宅街は血塗られた惨状と化している。
そんな中で一人、右手で剣を振るい左手でリボルバーの弾を放つ少女がいた。
その少女の周りだけは赤色が存在せず、ただただ弾け飛んだ水の跡だけが残されている。
「手数が足りない……早々に増援を呼ぶべきだったかしら」
ちらりと雲に覆われた空を見上げる。
だがそこには虚しい静寂が広がるばかりで、分厚い雲以外には何も見当たらなかった。
仕方なく目線を前に戻せば、また新手の敵が迫っていたので、それを難なく斬り伏せる。
ここら一帯の敵は掃討した。まだ生き残っている人々がいるので、そちらに向かうべきだろう。
「……いや」
この現場を作り上げた元凶を叩きに行くというのも、また一つの手かもしれない。
少女は目を閉じ数秒思案する。
そして帰ってきた返答に笑みを浮かべ、少女は足を前に向けた。
「負けるわけがないでしょう」
アスファルトの地面を抉るほどの力で少女は飛び出す。
地面スレスレを飛行するような形で、自動車ほどのスピードで移動する。
元凶へ一直線に向かう道の途中、幾度となく全身が水のような、否、水でできている生物と遭遇した。
それこそが現在街を襲っている正体なのだが、少女にとってその程度では足止めにもならない。
軽く剣を振り銃を撃つだけで、次々に原型を崩し水溜りを作っていく。
本来であれば、どこを攻撃しようと液体であるためにすり抜けてしまうという厄介な性質を持っているはずなのだが、魔法の効果が付与された武器であれば、十分にダメージを与えられる。
そして、少女の持つ武器は敵を一撃で破壊するに足る力を持っていた。
「こんにちは。て言ってもあんたみたいな半端もんじゃ理解もできないんでしょうけど。殺しに来たわよ」
そう時間もかけずに辿り着いたのは、この惨劇の元凶であり本来崇められる存在であるはずの、水の神、とでも言うべき敵の前だ。
それは人間というにはあまりに異質だが、他に似た形の生物がいないために人型と言うしかないような怪物。
二足歩行で二本の腕があり、首の上には頭部がある。
だがだからと言って人間と認めるわけにはいかない特徴は、顔面の真ん中で怪しく光る単眼に、地面についてしまいそうな腕の長さ。そして何より、鮮血と乾き果てた血の色を足したような、赤黒い肌だろう。
体長も実に五メートルほどあるので、到底これを人間だと判断する人はいない。
そんな異形の怪物は、いきなり目の前に現れた少女を瞼もないのに睨みつける。
言葉を発する口もないのは、少女の言う通り人としても神としても中途半端だからか。
「大人しく死んで頂戴ね」
もう一度地面を抉り取る踏み込みをし、射出されるような勢いで跳ねた少女は、勢いそのままに右手の剣で水の神の首を切り裂く。
そのまま空中で体の向きを変えると、左手の銃を数発、後頭部目掛けて発射した。
水の神の様子を窺いつつ、少女はゆっくりと着地する。
数メートルの跳躍からの着地だと言うのに、少女は涼しい顔をしていた。
「さっさと死んで欲しいんだけどね」
もう一度数メートルの跳躍をする。
その少女の足元を、水の神の指先が音速で駆け抜けていった。
人間にとっては最大の弱点となり得る場所を二箇所も攻撃したのに、なんの痛痒も与えられないのは、少女が弱いのか相手が神だからか。
どちらかと言えば後者だろう。
神という存在は、生半可な攻撃で殺せるようにはできていない。
「本当厄介。これだから神ってのは」
浮いた所を水の神が狙う。それに合わせて少女も剣を構え、その拳を受け止める。
だが衝撃までは殺しきれず、体を一回転させつつどうにか着地する。
一連の流れをまるで作業のようにやってのけているが、これは少女だからできることであって、普通の人間にはまず不可能な芸当だ。
そんなことができてしまうから、少女はこんな神と戦う羽目になっているのだが。
「不死性は本当やめてほしいんだけどな……これどうにかならない?」
どこかで聞いているであろう仲間に問いかけてみるが、返ってくるのは静寂だけ。
つまりできないということだろう。
はぁ、とため息を一つ零した少女は、周りに誰も人がいないことを確認すると、その背中から六本のワイヤーを展開する。
ワイヤーと言っても光を反射して見える程度の細い物ではなく、どちらかと言えばロープと表現されそうなほど太く丈夫な物だ。その先端にはクナイのような鋭利な刃がついていて、三本の指を持つアームのように開閉していた。
とても常人にできることではないように見えるが、事実少女は普通の人間ではなかった。
「これ以上は出さない。やると怒られるし」
背中に左右二本の三段構成で現れているワイヤーのうち最下段の二本を地面に突き刺し、少女は擬似的に空を浮遊する。ただ伸ばして運用するだけではないのがこのワイヤーの強みだ。
伸縮自在な上に、ワイヤーのどこにでも力を伝えることができる。これによって、空中での変則軌道や少女の体を浮かせるということを可能にしているのだ。
立体的に水の神から距離を取った少女は、いつの間にか構えていた対物ライフルを水の神に向けて計五発連射する。
それは綺麗に人体の弱点を貫いていたが、やはりダメージには繋がっていない。
「チッ……その程度で私に届くとでも?」
水の神の周囲に赤黒く光る刃がいくつも現れ、それが大気を切り裂くような速度で飛来する。
どれか一つでも当たれば即死の攻撃を、少女は四本のワイヤーで対応してみせた。
しかもライフルによる反撃までつけて、だ。
確かに技量の点では少女が圧倒的に勝っている。それは誰の目から見ても明らかだ。
しかしその攻撃は水の神には効かないし、相手の攻撃は当たれば即死、よくて瀕死の致命傷という、お世辞にも優勢とは言い難い状況だった。
それでも尚、少女は不敵に笑う。
「やってみなさいよ。全部捌いてあげるわ」
そこからは激しい攻防戦が続いた。
少女はワイヤーの先端からレーザーのようなものを発射し、さらにライフルによる連射もつけて攻撃した。
それに対して、水の神は最初から攻撃など無視して、思うがままに腕を振るう。
それだけで赤黒い液体が蠢き、高速振動することによって切れ味を増した刃が少女へ襲いかかる。
少女はそれを、地面に突き刺したワイヤーを巻き取ることで強引に回避する。
引き伸ばされたような時間の中で、少女は自分の上空を掠める凶器となった腕を見ながら、さらに攻撃を重ねた。
「弱点は熱。蒸発した部位は、簡単には修復できない!」
街中で今も暴れているであろう水の魔物と同様に、水の神も全身が水でできている。
水の魔物の親玉なのだから、冷静に考えればわかることだ。
そしてレーザーを浴びた箇所は、わかりにくいがへこんでいた。
あの程度では傷とは呼べないようで、周りから液体が集まってきてすぐに修復されていたが、より大きな損傷を与えることができれば簡単には修復されないか、されたとしても弱体化を狙えるはずだ。
少女がワイヤーを大きく広げると、四本のワイヤーの色が変わる。
金属質な色だった物が、水の神が纏う赤とはまた別種の赤色を帯びる。
これには水の神も身の危険を感じたのか、無意識に一歩後退り、その事実に怒りを覚えているようだった。
「それだけわかれば十分よ」
地面に刺したワイヤーを伸ばし、水の神に肉薄する。
水の神は自分が危険を感じたことがよほど気に障ったらしく、正面から少女を迎え撃つつもりのようである。
これは僥倖と少女は赤熱したワイヤーを伸ばし、水の神の肉体を切り裂く。
元々貫通はしていた攻撃のため、ワイヤーは簡単に水の神を通り抜け、その腕を切り落とした。
「……ッ!!!」
「叫びたいなら口を作りなさいな」
怒り狂い残った腕を乱雑に振るうが、そんな攻撃が今更当たるわけもない。
少女はどこか憐れむような眼差しを向けると、冷静にワイヤーを操り、四本のワイヤーが高速で動き回ると、水の神の肉体をバラバラに切り刻んだ。
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