Chapter1

Chapter1 Episode1 魔法。

「それじゃあ、今日の授業を始めます。教本の五十三ページを開いてください」


 レナが学校に通い始めて一週間ほどが経った。最初こそ物珍ものめずらしそうにレナの周りに集まっていた生徒たちも、最近では数を減らしていた。レナとしては、文字を書いて対応するのにも限りがあるので安心しているようだが。

 そんな中でもおとなりのミリアだけは毎日レナに話しかけており、レナもミリアとの会話を楽しんでいるようだった。レナは途中からの入学であったため多少授業が遅れているところがあったが、ミリアの助けもあって何とか追いつけている。

 それに、レナはもともと家では読書ばかりしていた。レイナから借りた魔導書まどうしょなんかも読んでいたので基礎魔法や初級魔法の知識は正しく持っている。


「うわ、レナさんすごいわね。入って来たばかりなのに、ちゃんと覚えてるんだ」

 

 レナのノートをミリアがとなりからのぞむ。レナのノートには基礎魔法と初級魔法の名前とそれぞれの属性ぞくせい用途ようとが並べられていた。


「ねえ、やっぱりクライヤ先生に教えてもらっていたの?」


 ミリアの問いに、レナは首を横に振った。


「そうなんだ? じゃあ、お家で魔導書とか、読んでたの?」


 今度はうなずいた。


「やっぱり。私ももっと勉強しようかな。早く魔法、使ってみたいし。ねえ、レナさんはどんな魔法を使えるようになりたい?」


 今はクライヤの授業中だが、ミリアは気にせず話を続ける。この一週間の間ミリアはずっとこの調子で、レイナも多少は気にしないようにし始めていた。それに、ミリアはレナと共に過ごす時間の多い生徒だ。レイナとしても嬉しいのだろう。


 ミリアに聞かれて、レナは少し考えた後、いつもの紙に文字を書いた。


「空を飛んでみたい? じゃあ、風の中級魔法を使いたい、ってこと? ……難しいけど、たぶんレナさんなら出来るよね!」


 それを読み上げたミリアは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になってレナにそう言った。それを聞いてレナも笑顔になるのだ。


 翌日、レナはレイナより早く学校に向かっていた。これまでは毎日レナと一緒に来ていたが、今朝からミリアと一緒に登校する約束をしたのだ。レナは少し遠回りしてミリアの家を目指した。

 レナがミリアの家に着くと、ミリアは玄関げんかんの前でそわそわした様子で誰かを待っていた。そして不意ふいにミリアの視線がレナを方を向いた。レナを見つけたミリアは嬉しそうに笑ってレナにった。


「レナさん、おはよう」


 そう言ってきたミリアに、レナはあらかじめ用意していたであろう紙を取り出して見せてやる。


 おはよう――

「うん! じゃあ、学校に行こっか!」

 

 レナは元気に頷いた。


「最近森が綺麗きれいだよねぇ。紅葉こうよう、って言うんだって」


 二人で歩く通学路はいつも通りの道だったが、二人にとっては新鮮しんせんなものなのだろう。ミリアは楽しそうにレナに話を振り続け、レナも楽しそうに笑っていた。風は少し肌寒く、田んぼのいね黄金色こがねいろ。自然の豊かさを目で楽しみつつ、二人はいつもよりゆっくりと学校へ向かった。

 程なくして学校に付けば他の生徒たちも続々と校門をくぐり、教室に向かって行く。レナとミリアもその流れに乗っかって教室に入り、隣同士の席に座った。

 

「今日は魔法の実習だって。レナさんは参加するの?」


 席に着いたミリアが早速レナにそう話しかけた。これまでも色々と話をしていたが、ミリアとしてはまだまだ話足りなかったらしい。

 そしてミリアの問いにレナは否定でこたえた。


「まあ、レナさん最近入学したばかりだしね。見学するの?」

 

 今度は肯定。


「じゃあ、私頑張るから、ちゃんと見ててね!」


 今度も肯定。そして会話に一旦いったん区切くぎりがついたところにちょうどレイナがやって来た。号令を済まし、レイナは早速言った。


「さて、それじゃあ実習をするわ。校庭に移動しましょう」


 みんなで校庭に移動し、レイナの指示に従って整列する。四つの列に分けられて、それぞれ木製の的の前に並ぶ。レナは一人、少し離れた木陰こかげに入っていた。


「それじゃあ実習を始めるわね。まずは、自分が使えると思う魔法を使ってみて頂戴ちょうだい。うまく使えたら合格よ。うまく出来なくてもアドバイスをしてあげるから、何度でも挑戦して頂戴。さあ、杖を手に取って先頭の人から、はじめ!」


 生徒たちはレイナの指示に従って、地面に置かれていた片手でにぎれる程度の大きさの杖を持ち、続々と魔法の詠唱えいしょうを始めた。


「《風付球術ふうふきゅうじゅつ》ッ!」

「《火付球術かふきゅうじゅつ》ッ!」

「《水付球術すいふきゅうじゅつ》ッ!」

「《電付球術でんふきゅうじゅつ》ッ!」


 それぞれの列の生徒たちが見事に四属性の基礎魔法をそれぞれ唱えた。

 風の基礎魔法を唱えた生徒の目の前の看板は少し揺れ、水の基礎魔法を唱えた生徒の杖からは的には届かなかったが水が飛び出した。


「うん、二人は合格ね。メイラとニーレはもっと集中しないと駄目だめね。次は杖をしっかり握って、杖の先だけを見つめてみて頂戴」

「「はい!」」


 合格と言われた二人はハイタッチして、うまく魔法を使えなかった二人はレイナのアドバイスを聞いてから列の一番後ろに並び直した。そして次の生徒たち。その次の生徒たち、と進んでいくうちにミリアの番になった。

 ミリアは一つ前の生徒から杖を受け取り、レイナの合図を待った。


「うん、ミケルとヘレスも合格ね……次の人、はじめ!」


 レイナがそう言った次の瞬間、ミリアがその杖を高く掲げた。


「《火付かふ――


 そして、勢いよく振り下ろす。


――弾術だんじゅつ》ゥッ!!」


 ミリアの握った杖の先端から、人の顔ほどの大きさがある炎の球が飛び出した。ミリアはその反動で軽く後ろに飛ばされて尻餅しりもちをつき、放たれた炎の球は的をつらぬいて校庭に盛られていた砂の山へと突撃。砂を盛大にぶちまけて消えた。


 それを見ていた生徒たちは皆唖然あぜんとして、開いた口が塞がらない様子。レナはレナで遠くから見ていたわけだが、驚きに目を見開いていた。


火付弾術かふだんじゅつ》。炎属性の初級魔法だ。放たれる炎の球は魔獣を容易にはらい、対人においても非常に強力な魔法だ。人に向けて放ったら悪戯いたずらどころでは済まないし、使用方法を間違えればそれだけで犯罪者はんざいしゃだ。

 しかしこの学校に通っていればいつか扱うことになるかもしれない魔法で、また、ミリアにとっては難しくもない魔法だった。


 そんなミリアは満足そうな顔をして立ち上がり、いま硬直こうちょくが解けない生徒たちの間をってレナの下へと向かった。そして木陰の下に座り込んでいたレナの前でかがんで言う。


「どう? 凄いでしょ」


 言われたレナは、少しの間固まっていたが、小さく瞳を閉じてから、にっこり笑って頷いた。


「ふぅん、ミリア、やるわね。合格よ」


 その一連の流れを見た後で、レイナはミリアに合格を出した。それはつまり、初級魔法を扱ってよい、と言うことだ。レイナはどうやら、ミリアならば初級魔法を正しく扱い、また、有効活用するだろうと評価を下したようだった。

 それを聞いたミリアはさらに笑みを深め、レナの手を取って立ち上がらせる。


「やった! レナさん、私、合格だって!」


 嬉しそうに言うミリアの横で、レナも自分事のように笑って喜んだ。それから実習は順調に進み、全員が一応合格を貰ったところで皆がそれぞれ使ってみたい魔法を自由に使っていいことになった。

 しかしミリアは実習には参加せず、レナの隣に座っていた。


「レナさん、お話しいいですか?」


 ミリアがいつになくまじめな雰囲気でそう言ってきたのでレナは驚いたが、しっかりと頷いた。それを確認したミリアは安心したような笑みを浮かべた後でゆっくりと言葉をつむいだ。


「レナさんと出会って、まだ一週間何ですけど、私、来月にはこの村を出て行くことになちゃった」


 ミリアのそんな言葉を聞いて、レナはしばらく固まってしまった。

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