レナの魔術師~魔法を使うのには詠唱が必須なのに生まれた時から喋れない?~

シファニクス

Prologue

Prologue 生誕。

 古竜こりゅう悪魔あくまが大陸を去り、人間が大陸で繁栄はんえいを始めてから千年。人類は知恵ちえ技術ぎじゅつ魔法まほう駆使くしして大陸を制覇せいはし、広大な生活圏せいかつけんを築いた。

 そんな人間を駆逐くちくしようとした悪魔の子孫たち、魔人まじんと魔人たちの王、魔王まおうが現れたこともあったが、人に生まれた勇者ゆうしゃによって討伐とうばつされた。


 それからさらに千年ほど、人間は他種族とも交流を深めながらさらに生活圏を拡大させ、その手は大陸のほぼ全域ぜんいきにまでおよんだ。

 そしてそんな人間たちの国の一つ、オスティロ帝国の辺境、スラナ村。そこに住む夫婦の間に、一人の娘が生まれた。


 その名をレナ。瞳は翡翠ひすい色。可愛らしい顔つきで母親を見つめていた。

 妻レイナと夫リディアの間に生まれたその娘は二人の希望きぼう、そして――


「え……先生、今、なんて?」


 出産直後。出産に立ち会った医師から少なくとも祝いの言葉ではないその言葉を聞いたレイナは、不安そうな顔でそう言って、隣に寄り添うリディアは顔から笑みを消していた。


「娘様は、ネイトです。ネイチャーは《魔力増幅マナタンク》。その代償だいしょうとして、言葉が話せないことが判明はんめいしました。ご心中お察しいたします」

「「……」」


 ネイト。それは神の悪戯いたずらの被害者。天性の才能、特殊能力と言っても差し支えない身体の性質、ネイチャーの持ち主のことを指す。レナは、神に選ばれたのだ。


 医師は申し訳なさそうな、気不味きまずそうな表情で目線を下げてそう言ったが、レイナとリディアは目線を合わせて小さく笑った。二人の笑い声を聞いて、医師は驚きながら顔を上げた。

 そこに映ったのは、三人分の笑顔。


「そうですか。なら、私たちは言葉がなくても意思疎通いしそつうが取れるよう、頑張らないといけませんね」

「よし、それならいつか俺の魔道具で会話が出来るようにしよう!」

「いいわね。じゃあ、しっかり元気に育てないと」


 医師は二人の前向きな姿勢を見て、驚きを隠せないようだった。だが、そんな二人に囲まれて、キャッキャと嬉しそうな笑みを浮かべるレナの笑顔、それを見た医師は柔らかい笑みを浮かべて言うのだ。


「あなたたちに祝福があらんことを、祈っておりますよ」

「ありがとうございます」

「お世話になりました」


 その後レナを連れたレイナとリディアは家に戻り、子育ての支度を慌ただしく始めたのだった。



 そして、六年が経った。


 二人の子どもにはとある魔石の名である、レナ、と言う名前が付けられ、二人に可愛がられた。

 レナはすくすくと育ち、言葉が話せないながらもレイナたちと幸せな日々を過ごしていた。どこかレイナの面影を帯びるようになり、レイナに似た流れるような綺麗きれいな茶髪を背中にかけて垂らしていた。レイナと違うのは、その髪の先端があわい桃色、と言うことだろうか。

 

 ある日の昼下がり、レイナが先端が曲線を描き、その曲線の内側に赤色の水晶玉のようなものがるされた杖を持ってレナの前に立った。一人本を読んでいたレナは顔を上げてレイナを見る。

 レイナの抱える杖に興味を持ち、それに指をさして小首をかしげる。


「これはね、魔法の杖よ。これがあれば、魔法を使えるのよ。……ねえレナ、あなたも魔法を使ってみたいと思わない?」


 魔法。

 それはこの世界に循環じゅんかんする魔力に属性ぞくせい付与ふよし、活用する技術だ。はるか昔はもっと別の方法で魔法を扱っていたようだが、それはとても人間が扱えるものではない上に、文献ぶんけんすら残されていないため研究の余地もない。

 時たま地上に姿を現すという古竜の子孫、竜人りゅうじんならば扱えるとされるが、ここ数百年竜人が姿を見せたという記録もない。


 それでも人間は自らの知恵をしぼって自分たちに扱える魔法を編み出し、今まで継承けいしょうしてきた。

 一昔前はそれなりに人々をさわがせた魔法使いであるレイナが、今度は娘に魔法を継承しようというのだ。


「お母さんが村の魔術学校で魔法を教えているのは知ってるわよね? 今度、そこに入学しましょう。どう? 今はまだ無理だけど、リディアが喋れるようになる魔道具を作ってくれるわ。そうしたら、魔法を使えるようになる」


 レナは言葉が話せない。それでもレイナとリディアの必死の努力とレナの頑張りによって、誰かに話しかけられる分にはある程度理解できるようになった。それでも他の子どもと比べれば理解が遅いのだろう。レナはしばらく間を開けてから、ゆっくりと首を縦に振った。


「よかった」


 レイナはそう言うと、杖を壁に立てかけてレナの脇に両手を入れて持ち上げる。


「学校、頑張りましょうね」

 

 レイナが優しく言うと、レナはレナの背中に両手を回して抱擁ほうようを返す。この六年で築かれた、二人の独自の会話方法だ。抱きしめ合って、互いの想いを伝える。人は言葉以上に、接することで会話することが出来る。そう信じた結果生まれたようだ。


「それじゃあレナ、早速来月から行くわよ」


 レナを地面に降ろしたレイナは意気揚々いきようようとそう言った。


 それから二週間が経った。制服せいふく教本きょうほん、その他に必要な物をそろえてレナはスラナ村唯一ゆいいつの魔術学校に通うことになった。


 その学校は村の中心にあって、村に住む人ならだれでも知っているような場所だ。村唯一の魔術学校であると同時に村唯一の学校であるため文学や体術、算術なんかも教えているが、あくまで趣旨しゅしとしては魔法の伝授だ。

 レイナはもともとそれなりに高名な魔法使いであるため、この学校で教師を任されていた。今は一人で三十数人の生徒たちに魔法を教えており、村中から感謝されているらしい。そして今回、生徒たちの一人に自分の娘を加えようと言うのだ。


 スラナ村の魔術学校は優秀なものだけが通う都会の魔術学校と違い、皆が最低限の魔法を使えるようになることを目的に活動している。


 人が扱える最低レベルの魔法、基礎きそ魔法。

 多少殺傷さっしょう能力を持つ、初級しょきゅう魔法。

 魔物に対抗したり儀式ぎしきに取り入れる、中級ちゅうきゅう魔法。

 扱えればそれだけで即戦力となる、上級じょうきゅう魔法。

 そして、争いごとで主力になるほどの威力をほこる、戦略級せんりゃくきゅう魔法。


 それぞれ派生する魔法があるため種類はこれらに限らないが、人が扱える魔法は大まかにはこの五つに分けられる。スラナ村の魔術学校では全生徒が基礎魔法を覚えるのが目標であり、才能のある者には初級魔法を教えることもある。

 中級魔法以上は扱い方を間違えれば大事になりかねないので試験が必要で、スラナ村では数年に一人、扱えるようになるものが出るかどうかと言った所のようだ。


 そして入学の日、レナはこじんまりとした教室の黒板の前に立っていた。今までほとんど家を出たことがなかったレナは、三十人近くいる子どもたちに見つめられてカチコチに緊張きんちょうしていたが、レイナに促されて自己紹介を始めた。


「レナ、自己紹介をしてね」


 レナは一つうなずき、黒板に『レナ・クライヤです。よろしくお願いします』と角の丸まった可愛らしい字で書いた。レナの年で文字をしっかり書ける子どもは珍しく、たちまち教室中に拍手はくしゅひびわたった。

 その拍手に応えるように、レナは腰を曲げてお辞儀じぎする。


 それを満足そうに見た後で、レイナは補足ほそくする。


「この子はレナ、私の娘です。生まれつき言葉が話せなくて、みんなとお喋りすることが出来ないけど、お手紙でお話ししてくれると嬉しいわ。みんな、仲良くしてあげてね」

「「「はい!」」」

「っ!?」


 レイナの声に教室中の子どもたちが一斉に返事し、大きな声にびっくりしたレナが大きく肩を震わせた。


「それじゃあレナ、一番後ろの席に座ってね」


 レイナに言われて、レナは強張こわばった表情で頷いて歩き出す。他の子どもたちに見られながら机と机の隙間すきまを通って後ろへ向かう。その途中でつまずいて転びそうになって、みんなにくすくすと笑われながらも最後尾の空いている席に辿たどいた。荷物を机の横にかけて、席に着く。

 一つ胸をろしたレナは、横から視線を感じてそちらを見る。


 そこには、綺麗な青髪と宝石のような輝きを持つ青い瞳の少女がいた。外見的にはレナより二つ、三つ上だろうか。この学校には若くて六歳、上は十五歳ほどの子どももいる。年上なのは間違えなさそうだ。

 少女とレナの視線が合った。少女はレナに微笑ほほえみかけて口を開く。


「よろしく、レナさん。私ミリア」


 突然話しかけられたレナは、何をしていいか分からない様子だったが曖昧あいまいに頷いた。そして机の横にかけた荷物をあさりだす。何事だとミリアと名乗った少女がのぞむ中、レナは紙のたばとペンを取り出した。

 それを机の上に置いて、文字を書く。書き終えて、ミリアに見せた。


「よろしくお願いします? うん!」


 ミリアは書かれた文字を読み上げて嬉しそうに笑って見せた。


「ミリアさん! まだお話は終わってませんよ!」

「あ、クライヤ先生、ごめんなさい!」


 レイナに呼ばれたミリアがすぐに体を前に向けてそう言い、レナも小さく肩を震わせてからつられて前を向いた。それを見届けたレイナが改めて話を再開する。それを見てからミリアは再び小さくレナの方に身を乗り出す


「怒られちゃったね」


 ミリアはそう言って小さく笑った。

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