風のドラゴン

 ウェントゥスはあまりの事の展開に、思考が追いつかず、ブルブル震えていた。


 事の起こりは、大好きな人間のメロディとクレアが森にピクニックに行くというのだ。同行するウェントゥスもとても嬉しかった。


 メロディは森に咲く植物を丹念に観察していた。ウェントゥスもメロディにくっついて行く。昼食になると、メロディがウェントゥスの大好きなりんごを出してくれた。ウェントゥスはとてもご機嫌だった。だがクレアは少し心配そうな顔をしていた。


 心地よく昼寝をしていると、突然クレアの叫び声がした。ウェントゥスが目を開けると、そこには四人の怖い人間たちがいた。三人の人間は覚えている。ウェントゥスを捕まえようとした怖い奴らだ。


 クレアはすぐさま水攻撃魔法で四人の人間たちを攻撃した。だが初めて見る人間が火魔法を使ったため、クレアの魔法は打ち消されてしまった。クレアは大きな水防御魔法を張ると、ウェントゥスを抱っこして、メロディの手を引っ張って走り出した。


 ウェントゥスたちが森を抜けると、そこには大きな深い谷があった。ウェントゥスは飛ぶ事ができるが、人間のクレアとメロディは飛ぶ事ができない。どうしようかと思っていると、メロディが植物ツタ魔法を谷の反対側から伸ばして、自分の身体に巻きつけた。


 メロディは谷の向こう側に渡る事ができた。ウェントゥスはホッとした。次はクレアの番だ。クレアがゆっくりとツタに巻き取られながら谷の上を渡って行く。あと少しでメロディとクレアの手が触れ合いそうになった時、大変な事が起こった。


 メロディのツタが根元から折れてしまったのだ。根を生やした地面がもろくなっていたのだ。すんでの所でメロディがクレアの手を掴んだ。メロディは腹ばいになり何とかクレアを支えている状態だ。


 ウェントゥスはクレアの服のえりくびに噛みついて、何とか引き上げる手伝いをしたが、小さなドラゴンであるウェントゥスの力ではとうてい持ち上げる事が出来なかった。


 ウェントゥスは泣き出したくなった。大好きなメロディとクレアが今にも谷底に落ちてしまいそうなのだ。ドラゴンハンターに捕まりそうになった時にクレアとメロディは、何の見返りもなくウェントゥスを助けてくれた。


 そしてウェントゥスを家に住まわせて大切にしてくれている。メロディはウェントゥスといつも遊んでくれる。美味しい果物も沢山食べさせてくれる。クレアは守護者のフランマみたいに少し口うるさいけれど、とっても優しいのだ。


 ウェントゥスは天に向かって大声で咆哮した。自分があまりにもちっぽけで役立たずな存在である事を痛感したのだ。


 すると、胸の奥が燃えるように熱くなる感覚を感じた。ずっと昔からウェントゥスの中にある何か。守護者のフランマが言っていた、ウェントゥスの中にある魔法なのだと。ウェントゥスはまだ小さなドラゴンだから、自分の中にある魔法をうまく使いこなせないのだと。


 ウェントゥスは自分の中の魔法があふれ出る感覚を感じた。クレアとメロディを助ける魔法。ウェントゥスの身体がムクムクと大きくなるのを感じた。ウェントゥスは今にも落っこちそうなクレアの足元まで飛んで行き、下からすくい上げるようにクレアを背中に乗せた。


 ウェントゥスは谷の上に飛び上がり、ゆっくりとメロディのいる地上に降り立った。メロディが大きな目をさらに大きくさせながら言った。


「ウェン?」

「ピー!」


 メロディはウェントゥスの首に抱きついて叫んだ。


「ウェン、ありがとう!クレアちゃんを助けてくれて!」

「ピー」


 ウェントゥスの背中に乗っているクレアは、震える声でウェントゥスに言った。


「ウェン、ありがとう」

「ピィ」


 谷の向こう側が騒がしくなった。ウェントゥスを捕まえようとした四人の人間がやって来たのだ。戻ってこいだの、ふざけるなだの、口々にどなり声をあげている。


 ウェントゥスはあの人間たちに腹が立って仕方なかった。あいつらはメロディとクレアを危険な目にあわせたのだ。仕返ししなければ気がすまない。ウェントゥスはピィと鳴いた。するとメロディは笑顔になって言った。


「ウェンの背中に乗れっていうのね?わかった」


 メロディは不思議とウェントゥスの言葉を理解してくれる。背中の上のクレアはメロディの手を引っ張って、ウェントゥスの背中に乗せた。ウェントゥスは二人が無事に背中に乗った事を確認すると、ピィと鳴いた。メロディがクレアに通訳する。


「クレアちゃん、ウェンがしっかりつかまって、だって」

「えっ?うん。キャアッ」


 ウェントゥスは、クレアが自身の首につかまったのを感じてから、上空に飛び上がった。


 

 

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