30、平野コウは虚しい

朝の準備として、洗面所にて1DAY使い捨てタイプのコンタクトレンズを開封し、鏡とにらみ合いをしていた。


「…………ここが正念場だな。よし!行くぞ!」


ちょっと指がプルプルと震えながらも、なんとか両目にコンタクトレンズが装着された感覚がある。

コンタクトレンズの装着に慣れてきたのか、そろそろ失敗せずに目にコンタクトを入れられるようになった。

うん、視界良好。

最高に辺りがくっきり見えるものだ。

自分の前髪が1本1本キレイに見極めるほどに視力のバフをかける。

次に前髪も上げようかと手を額に持っていこうとすると、妹の面倒そうな声が隣から聞こえてきた。


「ちょっとおにいさぁ……。私歯磨きしたいんだけど、洗面所を占領しないでよ。暴君よ、暴君!暴君なんて、妹悲しい……。…………はっ!?もしかしてあんた前世は董卓!?」

「絶対違うと思うんだけど……。暴君は俺じゃなくて妹だろうに……。これは単にコンタクトレンズを目に付けていただけだよ」


使い捨てコンタクトの容器を見せると、妹が「ぷっ……」とおかしそうに頬を膨らませ、口に手を添えた。

「ぷっくくくくく」と10秒くらい、笑いを堪えていた。

なにを我慢しているのかは知らないが、単純に不愉快な気持ちである。


「ながすぎ前髪お化けがコンタクトレンズにしたってなんにも変わらないから!あー、おもしろ、おもしろ。最近、おにいが笑いのツボすぎ。緑の絵の具にまったく同じ緑を足しても緑は緑なんだよ?」

「うるせぇな、知ってるよ!ったく……、ほら洗面所使えよ」

「サンキューおにい!」

「はぁ……。酒池肉林叶えてぇ……」

「やっぱり董卓の生まれ変わりなんじゃない?」


相変わらずひどい暴言で罵られながら、歯磨きに取りかかる妹。

歯みがき粉を付けて、ゴシゴシとした歯磨き音から遠ざかるようにして自室に戻る。

まったく……。

洗面所がダメなら自分の部屋のクローゼットに貼られてある鏡の前に立ち、ぐいっと前髪を上げる。

その前髪をヘアゴムで止めるだけ。

これだけで前髪お化けから一転、前髪が消えた前髪お化けへと変貌を遂げるのであった。

自分の素顔なのに、相変わらず愛着も無ければ、見慣れない顔である。

なんか自分の姿を鏡で映した瞬間に、着ぐるみでも着ているかもしれないという錯覚すら覚えそうだ。


「おっと……、もうちょっとで約束の時間だな……」


澪曰く、『親友チョイス』な私服に身を包み、上着を羽織る。

あっという間に平山剛から、平野コウへ変身を終えた。

シワになっている服をピンと伸ばし、準備完了である。

廊下を歩きながら、玄関に向かう。


「あら?今から出かけるの剛?」

「うん。行ってくるよ」

「気をつけてねー」


母さんの言葉に返事を出しながら玄関で靴を履く。

親友君から学校とプライベートの靴はわけるの普通だからと言われている通り、プライベート用の靴に足を入れる。

「行ってきまーす」と母親と聞いているのかよくわからない妹に投げ掛けて外に出た。


「それにしても水瀬さん、どうしたんだろ?」


学校での様子で変なことはあっただろうか?

うーん。

ボランティア以降、舌打ちが気持ち減った程度?

ロクなことはない。


「……………………」


しかし、本当にこの姿になると水瀬さんが妙に優しいんだよね……。

ほ、本当に好意を向けられているのかな?とか、ちょっとひよったことを考えて恥ずかしくなる。


「いやいや、俺が水瀬さん好きとかそういうのはないでしょ!ないない!あの舌打ちクイーンだよ!?」


確かに、水瀬さんに対する興味は大きいだろう。

ただ、それが恋愛感情になるのかはまだわからない。

というか、どんな相手と恋愛感情になるのか……。


「俺がパッと浮かぶ女といえば……」


水瀬さん、妹、澪、ミヤミヤ……。

まわりにロクな女がいない気がしてきた。


「……………………」


恋愛に発展しそうな子はいないよなぁ……。

親友君みたいなモテモテと違う自分が虚しくなった。










たまにはまっとうな異世界転生を書いています。



異世界転生した最強カードゲーマーは、魔法も剣術も筋力も敵なしになって無双していた件



こちらを公開させていただきました。

よろしくお願いいたします。

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