第10話 記念館

「ったくよぉ、二人とも薄情だ」


 鵜鸞学園の敷地は元々師団跡地だ。せっかくだから大学の敷地内にある戦前の建物の見学に誘ったのに、膤は用事で弥生は見飽きたと言いやがる。膤は用事だから仕方ないけど弥生は付き合えよな。


『でもなんで今更施設巡りなんてしようと思ったんだ?』


 ディダルが語りかけてきた。


「俺が小学生のころ大学生が主催したドッジボール大会で訪れたっきりで、近所の大学なのに全く知らないから興味あるんだよ」


 近所の大学といっても元の世界の大学と名前や学部、設備も違うんだけどな。それなのに前に膤と敷地内を歩いたとき不思議なことに俺の記憶と共通するものが結構あった。


『たまには一人で散策もいいんじゃないか?』


「まぁ取り繕う必要がないって意味じゃ気楽っちゃ気楽だけどな」


『それにしても土曜の昼なのにそれなりに人いるな』


「そりゃ一応大学だしサークルとかに来てる人いるでしょ」


 大学時代は休みの日まで電車に乗って大学に行くのが嫌でサークル入らなかったな。やっておけばよかったかなと思わなくもないが後悔ってほどでもない絶妙なラインだ。


「記念館着いたぞ」


『時代を考えるとかなり洋風な建築だな』


「あの時代の施設ってこんな感じの多いし流行りだったんじゃね?」


 中は展示室になっており、さまざまな資料が展示されているようだ。西暦で年表がまとめられていて大変わかりやすい。


「あっちの世界だと俺が生まれた年までこの建物が現役だったって親友に聞いたわ」


『親友が通ってたのか?』


「頭良いから有名大学行けばよかったのに、酔うから電車乗りたくないとか一人暮らしめんどくさそうで嫌とか自転車で通える距離だからここでいいって頭悪いこと言ってたな」


『類は友を呼ぶだな』


「確かに俺は頭良いが……」


『物臭なところが似てると言ってるんだ』


 既に新入生が四月に散策し終えてたせいか、それとも単に休日のせいか俺以外に記念館に訪れてる人はいなさそうだ。おかげでディダルと会話をしながら内観や展示物をみることができる。


「二階もあるからそっちも見るか」


 階段を登る自分の足音が響く。ここまで人気がないと夜だったら雰囲気がありそうだ。


「ディダル、人いないし好きに観覧してもいいぞ」


『それもそうだな』


 実体化したディダルが資料を見ている。自分が出てこいと言った手前口が裂けても言えないが実にシュールな絵面だ。


「俺はまだここの資料見てるから他のとこ見てきていいよ。人がいそうなら逃げるか隠れとけよ」


 そう伝えるとディダルが「わかった」と言い、別の部屋に移動していった。


 しばらくして部屋を出ようとしたとき、女の悲鳴が聞こえそちらへ急いで向かう。


「どうしました⁉︎」


「なんか変なのがいるの!」


 駆けつけると外国人がディダルを指さしてそう言った。さっきまで人いなかったじゃん。なんでいるんだよ。終わった、完全に油断した。


「栄燈すまん」


 すまんじゃねーよ。喋りかけてくんな。動物のフリしとけ。


「喋った⁉︎」


「……変わった鳴き声でしたね」


 動物を捕まえるような構えでディダルにアイコンタクトを送りにじり寄る。意図を理解したディダルが部屋の角へと移動していく。


「捕まえました! 俺は外に逃してくるんで引き続き記念館楽しんでてください」


 ディダルを抱えて急いで記念館の外へ出た。周りの注目を浴びないようダッシュではなく早足で記念館から距離をとる。ディダルを腕に抱えたまま人気がない場所まで移動し、近くのベンチに座った。


「まーじで焦ったわ」


「上手いこと逃げ切れたな」


「別に知り合い以外にディダルの存在がバレて問題があるかって言われたらないんだけどさ。どういう接点があるかわからないから焦るわ」


「へぇー、その子ディダルって名前なんだ」


 振り向くと後ろには赤毛の沈魚落雁な女が立っていた。先程の女子だ。


「……記念館はもういいんです?」


「UMAが気になって、追いかけてきちゃった」


 なんなんだよこいつ……。追いかけてきちゃったじゃねーよ。


「それでその子はなんなの?」


「あーえーっと……俺の異能の一部です」


 女は感嘆し物珍しそうにディダルを観察している。


「あっ! 自己紹介がまだだったね。私は前田オータム。ここの高等部の一年で青仁分校に通ってます」


「吉田漆輝です。タメ同士よろしく」


 外見的に留学生だと思ってたが、苗字から察するに日本人なんだろうか。


「前田さんはなんで記念館にいたの?」


「今日あそこへ行けってオススメされたからかな。吉田くんはなんで?」


 この時期にオススメされたんだ? 勧める人も変わった人だな。


「近所の大学なのにあそこ行ったことなかったから好奇心かな」


「へー近所なんだ」


「近所って言っても徒歩十五分くらいかかるがな」


 バレて開き直ったのか、会話に入ってきたディダルがいらぬ補足をした。


「うわぁ! UMAと本当に会話しちゃってるよ私!」


「せめて名前で呼んでくれ」


「ごめんよー、ディダル」


 名前を呼ばれて照れている。調子のいい奴だ。


「俺が言えたことじゃないけど試験近いのにブラついてるってことは前田さんは青仁の学年末試験は余裕な感じ?」


「やや上狙えるかもって感じかな」


「やるじゃん。その自信やっぱ日頃から自主練してる感じだな」


「うーん。してないわけじゃないけど必要なときに必要なだけやってる。吉田くんは?」


 しまった墓穴掘った。俺初歩的なことしかしてないからまともに答えれねーわ。


「俺は基礎を大事にしてるから基礎練だな。人間慣れると基礎を疎かにしてしまうからね」


「うわー、超真面目じゃん。でも確かに一理あるよね」


「だろー? 毎週日曜日に時間があればやってる俺の勤勉さ偉いだろー」


 いい感じで解釈してくれたようだ。まぁ、間違ったこと言ってないしな。


「じゃあ来週一緒に基礎練やろうよ」


「え⁉︎」


 や、やりたくねぇ。ぜってぇ面倒じゃん。どうにか断れないものか。


「時間が合えば手伝ってもらいたいけど難しいだろうなぁ」


「何言ってるの吉田くん。時間はね、なければ作るものだよ」


「お互い学校忙しい時期だし、よく考えたら俺の練習に付き合わせるのも悪いよ」


「私に気を遣ってくれてるの? でも大丈夫」


 遠回しに断ってるのわっかんねーかなぁ……。


「練習場所はそうねぇ……大きい池がある公園わかる? そこに来週の日曜日に集合しましょ」


「そこなら家から遠くないし漆輝の良い練習相手になるしいい提案じゃないか」


「ディダルもそう思うよねー」


 ディダルがまた余計なことをいう。ちょっと黙っていてほしい。


「そこまで言うなら青仁流のトレーニング方法をご教授いただこうかな」


「青仁流だなんて大袈裟だなぁ。あっても自己流だよ」


「校舎毎に伝統のトレーニング方法とかあるかと思ったのにないんだ」


「独自の文化はあるけど指導は同じカリキュラム通りやった方が効率的でしょ。そりゃ校舎毎に適性レベルで指導されるんだけどね」


「なんか普通の教育とそんな変わらないんだな。おもんないね」


「生徒の入れ替えもあるんだしそんなもんでしょ」


「あー、言われてみれば確かに」


「そろそろ私は帰るね。あ、そうそう集合時間はお昼の二時ね」


 楽しみにしてると言い残し、彼女は帰っていった。



「賑やかな子だったな」


「初対面の相手にあんなに喋れるのすげーよ」


「私のアシストのおかげで気まずくならないですんだな」


「お前が余計なこと言うせいややこしくなったんじゃねーか」


 あぁ、なんで俺はあそこでディダルを外に出してしまったんだ。


「結果的に練習相手が増えたんだからよかったじゃないか」


「あっ! しまった。あいつにお前のこと口止めしとくの忘れてた」


「さっき自分で言ってたけど隠す必要あるか?」


「よく考えたら俺の異能知ってる人に同じ言い訳ができないだろ」


 ディダルが納得したような顔をして笑っている。


「次会ったときにお願いでもするんだな」


「他人事みたいに言うなよ」


「まぁ当事者ではあるけど他人事だからな」


「クソうぜー」


 ベンチから立ち上がり歩き出すと校舎の間を吹き抜ける冷たい強風で耳が痛む。時刻は午後二時十三分。校舎の窓には耳を赤くし悩める顔をしている自分が反射していた。

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