第9話 不定形

「あれ? 直撃くらうなんてらしくないな」


 弥生が不思議そうにこちらを見ている。

 クソ痛ぇ……トラックにでも撥ねられたのか? てか、こんなぶっ飛んでよく生きてるな。強化してなければ死んでたわ。俺は引き攣った顔のまま立ち上がりながら、近づいてくる弥生に目をやる。手には木刀みたいな長物が握られていた。


「ちょっと待て! いつの間にそんな武器持ち込んだんだよ! ズリィって!」


「ズルじゃありませーん。これも実力でーす」


「軽くって話だったろ!? あと普通にクソ痛ぇんだけど!」


「ちゃんと強化してないからだろ。舐めプしすぎたお前が悪い」


 グンッ、と一歩踏み込んでくる弥生にる合わせて、俺はじりじりと後退る。その間にも絶望的な実力差を痛感して、思わず愚痴が漏れた。


「こんなん、強制負けイベントじゃん……」


 声はすっかり弱気だが、頭の中では必死に考えていた。武器を持った弥生をどう対処すべきか。一発だけでもやり返せないものか――。


「あと何分!?」


「二分切ったくらい」


 膤の冷静な報告に、まだ二分もあるのかと落胆する。正直、時間感覚が完全に麻痺してる。

 弥生の攻撃は絶え間なく続く。しかも、いつの間にか武器が木刀から大きなハンマーに変わっていた。振りかぶられた一撃をかろうじて回避するたび、冷や汗が背中を伝う。勝つのは無理だとしても、一発くらい入れてせめて引き分けに持ち込みたい。


「さっきの一撃でビビってんのか?」


「こう見えて喰らった一撃、反省してんのよ。おかげで『一寸の虫にも五分の魂』って言葉、思い出したわ」


 弥生がピタリと動きを止めた。苦し紛れの煽りが、案外効いたのか?


「うわっ!」


 地面が突然盛り上がり、俺を囲むように土の壁がドーム状になった。砂埃が立ち込め、咳き込みながら辺りを見回す。


「おい、弥生! こんなん作って後片付け考えてんのか! これ絶対、整地めっちゃ怠いだろ!」


 声を張り上げたが、返事はない。俺の声が外に漏れてないのか? 真っ暗なドームの中、腕を広げ大きさを確かめる。少し歩くと壁にぶつかった。半径三メートルくらいだろうか。


「あと二分もないから酸欠にはならねーだろうけど……、とりあえず殴って出れるか確かめてみるか」


 強化済みの拳で思い切り殴る。ドンッ! と鈍い音が響いたが、壁はほんの少し凹んだだけだ。それどころか、頭上から土がパラパラと降ってきて頭皮がジャリジャリする。


「マージで最悪。さっさと家帰ってシャワー浴びてぇ」


 呟きつつ再び殴ろうと壁に触れると、凹んだ部分が元通りになっているのに気づく。これじゃ殴っても意味がない。


「やべぇ……あと一分くらいだろ? どうすっかな」


 考えろ考えろ。壁を壊そうにも修復されるし……これが弥生の異能なんだろう。ん? 待てよ。何で俺、今まで異能使ってなかったんだ?


「バカじゃん俺!」


 壁に手を当て、膨張をイメージする。真っ暗で見えないが膨張しただろうか。そう考えながら殴ると、ドームが崩れて光が差し込んだ。その瞬間、俺は弥生めがけて一気に踏み込んで拳を繰り出した。


「娑婆の空気は美味ぇなぁ!」


 弥生が驚き振り向くと同時に、俺の素人フックが命中する。


「……ってぇな。お前、飽きて大人しくしてたんじゃないのかよ」


 俺の性格をよく知る弥生が、勝手に油断してくれたおかげだ。感謝! 感謝です!


「油断なんかしちゃってぇ、弥生、お前は傲慢だ」


「お前だって似たようなもんじゃねーか」


「俺は尊大なだけだし。まさにビッグプレシャス!」


 弥生が苦笑しながらも動きを鈍らせた。その隙を逃さず再び懐に入ろうとしたところで――


「そこまで!」


 膤の声とタイマーの音が同時に響いた。


「俺の勝ちだな」


 弥生が勝ち誇った顔を向けてきた。


「さっき俺の方が優勢だったろ」


「冗談は顔だけにしとけ。その言葉そのまま返すわ」


「確かに俺の顔は冗談みたいに綺麗だけど……」


 最後に一発入れてから俺が優勢だったし、負けはないだろ。


「……まぁいい。そんなに言うなら膤さんに聞いてみろ」


「そうねぇ。二人とも一発ずつ入れてはいるけど、トータルで見ると積極性が弥生の方が上だったから弥生の勝ちね」


「はぁぁぁぁぁ?」


「ほーらな」


 なんだその格闘技の判定みたいな評価。一発は一発で引き分けにならねーのかよ。


「漆輝は手を抜きすぎたわね」


「本当にな。いつもならしょーもないダメージくらわないし、ドームだって秒で出てこれたはずなのにな」


「せっかくだから新しい戦闘スタイルを模索してたんだよ」


 真剣にやってたつもりなのに手抜き扱いされるのはつらい。しかも、弥生は手を抜いてこれだもんな……。


「それで負けてたら世話ねーわ」


「うるせー」


 苦し紛れの言い訳を正論で返される。


「というわけで弥生は漆輝に謝らなくていいってことね」


 膤の言葉で試合の趣旨を思い出す。


「あーあ、漆輝くんに誠心誠意謝りたかったなぁ」


 弥生がニヤニヤ顔で言う。


「仕方ねーな。そんなに謝りたいなら靴舐めさせてやるよ」


 ほれ、と足を上げて靴を突き出す。


「汚ねーな、足下せ」


「俺はお前の異能のせいで砂だらけで汚いんだけど、ふざけんな」


「囲まれる前に脱出なりしてないのが悪い」


「可能なら発動前に潰すとかね」


 二人とも気軽に言ってくれる。能力者同士の戦いのセオリーなんだろうか。


「てかお前が地面引っぺがしたせいで今から片付けクソ怠いな」


「そう言うと思って、もう弥生が異能で整地してくれたわ」


 いつのまにかスタジアムが綺麗になっていた。


「流石弥生、俺はお前はやれば出来る奴だと思ってたよ」


 地面でドームを作ったり整地したり、弥生の異能は土を操る能力なのだろうか。


「俺はいつでも出来る男なんだよなぁ。……じゃあ、帰りますか」


 服を着替え、三人で帰路に着く。



 弥生と別れ、月が照らす寒空の下、膤に愚痴をこぼす。


「膤ちゃん、酷いよ」


「思ったより戦えてたわね」


 膤が意外そうな顔で言う。


「なーにが『思ったより戦えてたわね』だよ。弥生が油断してなかったら一発すら入れられなかったぞ」


 弥生が俺の性格を知っていたからこそ起きた奇跡の隙だ。


「運も実力のうちって言うでしょ?」


「そんな再現性ないものに縋るほどの実力差に俺は涙が出るよ」


「ラッキーパンチでも一発は一発よ」


 なんとも惨めな励ましに虚しくなる。


「普通に膤ちゃんが対戦相手になってくれた方が絶対よかったでしょ」


「私の異能は今の貴方の練習相手には向いてないのよ」


 向いてないとはどういうことだ? 加減して異能を使うことが難しいのだろうか。


「弥生は分かりやすく土を操ってドームを作ったでしょ?」


「もしかして突然持ってた武器とかも土からできてたの?」


「そうね。そういうわかりやすい異能の方が練習になるでしょ?」


「確かに」


 目視できる能力を対戦相手にしたということか。膤の異能はそういう系統ではないのだろう。


「それにしても土の異能って渋いな」


「そうでもないわよ。むしろ大当たりよ」


「えーなんで?」


「異能には大まかに属性と不定形の二タイプがあってね。属性異能は四大元素や陰陽五行とか、歴史深いものが多いから先人たちのノウハウが豊富なのよ」


「錬金術と占術でしか使わなさそうな用語、久しぶりに聞いたわ」


「むしろ私たちみたいな不定形な異能は当たり外れの差が凄いのよ」


 そんなに当たり外れがあるのか。


「不定形ってことは属性っていう型がないってことか」


「そもそも私たちは運が良いのよ?」


 何が運が良いのか分からず、思わず「はぁ……?」と間抜けな声が出る。


「異能を発現して死ぬ人もいるのに、私たちは生きている。これって運が良いと思わない?」


「つまり?」


「発現した瞬間に爆死したり、毒死したりする人がいるのよ」


「ん? なんで死んでんの?」


「そういう異能だったからとしか」


 なんだそれ。意味が分からない。自爆能力ということか?


「えーっと、もしかして自分が爆弾になる異能だったから発現した瞬間に爆死したってこと?」


「おそらくそう。だから子供に異能が発現しないでほしいと思ってる親も少なくないのよ。ある意味、遺伝病と揶揄する声もなくはないわ」


 そりゃそうだ。能力次第で大事な子供が死ぬなんてたまったもんじゃないだろうし、やるせないはずだ。


「へー、俺の家族はどんな異能持ってるんだろ。やっぱ俺みたいに大きさ変えたりできるのかな」


「貴方は突然変異よ。ご両親の家系を遡っても能力者はいなかったわ。稀にいるのよそういうタイプ」


「つまり俺みたいなタイプは親族から系統を推測できないから難しいわけね」


「皮肉よね。子孫をより強い能力者にするために政略結婚をしてきた一族もいるのに、ポッと出の貴方に最強の座を掻っ攫われるなんて」


「俺らの関係も似たようなもんじゃないの?」


「本当にそう思う?」


 膤が質問で返し微笑む。


「異能って手のひらに埃を出現させるしょうもない能力の人だっているから、よくわからないわよね」


「そんなクソ能力じゃ普通の人と変わらないじゃん……」


「異能がハズレでも魔力で強化はできるから能力者扱いよ。むしろどこでも火種を用意できるって考えれば、キャンプで人気者になってるかもしれないわね」


「物は考えようだなぁ」


 クソ能力でも死なないだけマシと考えるしかない。身体強化を活かした肉体労働ならむしろ需要があるかもしれない。悲観するばかりでもないのだろう。


「そうそう。来週のお祭り、一緒に行くわよ。予定空けといて」


「あー……もうそんな時期か。いいね、俺あの飴結構好きなんだよね。拾いまくるわ。膤ちゃんもたくさん拾ってよ」


「色気より食い気なのは貴方らしいわ。花より団子ね」


「食い気といえば膤ちゃん、今日うちで恵方巻き食ってくんだったよね」


「そうね。毎年ご馳走になってるからね」


 へー毎年来てるんだ……。それで婚約をよく隠せてるなぁ。まぁ公言しなけりゃ付き合ってるだけに見えるか。


「今年ってどっちだっけ?」


「北北西よ」


「毎年毎年誰が方角決めてるんだろうね」


「それこそ陰陽五行からよ」


「はぇ〜」


 占い以外にも、思ってた以上に日本の日常に根付いている思想なんだなぁ。

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