ジュネッスリリーフ〜俺の俺による俺のための救援〜
杉山賢昌
プロローグ
青春には心残りがつきものだ。「あの時こうしていれば」「この時ああしていれば」と、誰もが人間関係や部活、成績など思い通りにならなかったことを抱え、少なからず後悔している。人生楽しんだ者勝ちとはよく言ったものだと金を手にしてから気づいた。だからこそ、過去は金を積んでもやり直せないという事実が、ひどく煩わしい。
二年前、俺は地元の中小企業を辞めた。あてもなくただ勢いで。しばらくは貯金を切り崩して「エリートニート」を満喫していた。ところが運良く投資の才能があったらしく、晴れて
そんな俺に、今年は年末年始くらい顔を出せと、母からしつこく連絡があった。渋々ながら帰省を決意したのは、新幹線一本で帰れるという便利さのおかげだ。
荷造りをしていると、親友の
『やっと出たか! 出るのおせーぞ!
返事をしようとする間もなく、望は捲し立てた。
『迎えに行くから支度しとけよ』
決定事項かよ、と言いかけたが口を噤む。どうせ行く羽目になるだろうし、何より当日に予定もない。迎えの時間を聞くと、望は勢いよく言った。
『夜の十一時な。寝るなよ、じゃあな』
そして通話は一方的に切られた。
望とは高校時代からの仲だ。初対面のとき、彼が当時ハマっていたアニメの中二病キャラを真似て、俺に妙な挨拶をしてきた。その時点で「こいつとは仲良くなることはないだろう」と思ったが、気付けば現在も付き合いのある唯一の高校時代の友人になっていた。
支度を終え時計を見ると、時刻は十四時半を過ぎていた。新幹線の発車時刻まで二時間を切っている。いや、まだ二時間もある。余裕があると思うと、逆にソファーに横になってしまうものだ。しかし、暇になると部屋の細かいところが気になり、棚に置かれた片目が真っ白な達磨に目が止まった。
この達磨は、俺が仕事を辞めたとき、柄にもなく験担ぎで買ったものだ。二年間、埃をかぶったまま放置されていた達磨を手に取り、軽く埃をはたく。御利益があったのかはわからないが、現在俺はノブジョブ生活を満喫している。
そんな回想に浸りながら家を出ると、駅に向かう電車の中で窓に映る自分の顔をぼんやり眺めた。
※※※
地元の駅に到着し、売店でジュースを買って改札を抜けた。外に出ると路面電車が道路を走り、沿道にはビルと呼ぶにはお粗末な建物が並んでいる。二年前と比べ多少は様変わりしていたが、基本的には変わらない、どこか懐かしい風景だった。
ジュースを飲みながら空を見上げて雲を見つめていると、不意に声をかけられた。
「もしかして
振り向くと、記憶よりも老けた高校の教師が立っていた。
「やっぱり!」
「お、山口先生、お久しぶりです」
「おう、久しぶりだなぁ。昔よりも更にカッコよくなったんじゃないか?」
「ははは、よく言われます」
「元気にしてたか?」
先生は笑いながら言った。
「まぁぼちぼち元気にやってます」
「そりゃよかった。今、何してるんだ?」
「街並み眺めながらジュース飲んでます」
返答を聞いた山口先生は、少し呆れたように笑った。
「……まあいいや。おっと、呼び止めといて悪いけど、そろそろ時間だから行くわ」
「今からどこか行くんです?」
「嫁の実家にな。年末にいろいろやることが山積みだったから、先に帰省させたんだ。それが終わったから、今から向かうところ。そんなわけで瀬谷、良いお年を」
「お疲れ様です。先生、良いお年を」
山口先生は笑顔で手を振り、俺はそのまま別れを告げた。しばらく歩いてからバスターミナルへ向かい、実家方面行きのバスに乗る。発車までまだ少し時間があるようだった。
その間、先程の会話を思い出し、顔が熱くなる。あのとき先生が「今、何してるんだ?」と聞いていたのは、まさに今の生活や状況についてだったのに、俺は「街並み眺めながらジュース飲んでます」とアホな返事をしてしまった。こんな初歩的なコミュニケーションミスをするのは呆れられて当然だと思いながら、顔を覆うようにしてバスに乗り込んだ。
※※※
望の車は予定通り目的地に到着し、寒さに震えながら参拝の列に並んだ。この地域で一番大きな神社だからか、前後左右に人混みが押し寄せていて、普段の風景とは違う活気に圧倒される。
「栄燈、知ってた?」
並ぶのに疲れたのか、望が急に話しかけてきた。
「ここ、正確には神社じゃないらしいぞ」
「ほーん、じゃあなんなん?」
「いや、知らん。神社じゃないなら消去法で寺じゃね?」
「知らんのかーい」
「そういえば、金投げ入れるときの手順があった気がするけど、どうすればいいんだっけ?」
「そもそも神社でのやり方も知らん俺が、寺でのやり方知ってると思うか? 前の人の動き真似しとけばなんとかなるっしょ」
「たしかに。それに、初詣って変に畏まるよりも、一緒に来た奴とこの新年の雰囲気を共有することに意味があるんだよ」
「なになに? 何か良いこと言ってる風なこと言ってんじゃん」
望とこんな会話をしているうちに、順番が回ってきた。前の人の動きを真似て賽銭を投げ入れ、手を合わせる。叶うことのない願望を心の中で祈った。
手順を終え、列を抜けると、周囲の人々が絶え間なく参拝している様子が見えた。さっさと車に戻ろうと、横目でちらりとその光景を見ながら足を速める。
「てかさ、クソ寒い中、たかが五円とはいえ恵んでやるんだから、全身全霊で幸せに導いてほしいわ。そして、されど五円と俺に感謝して、施設の維持費にでも使ってくれ」
本来、初詣は一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願したりするものだが、そんなことはどうでもいい。そもそも、俺が生まれた瞬間から平安無事くらい最低限つけとけって話だ。
「超絶上から目線すぎて草。どうせ春や秋なら花粉、夏なら暑さを理由に文句言ってる姿が想像できるわ」
「違いねぇ」
そんな不満をこぼしながら車に急ぎ、外の寒さから逃げ込むと、車内の暖房で少しは暖かくなるのを待つ。しばらくしてから、やっと車内が温まり、ほっと一息ついた。
「栄燈、いつまでこっちいるの?」
望が運転しながら、ふと問いかけてきた。
「うーん、特に決めてないけど」
「じゃあ、正月明けにどこか遊びに行こうぜ」
「いつ、どこにだよ?」
「まぁ、そりゃ……正月明けてから考えよう」
「でたでた。なんだかんだ流れるやつ」
意外にも、旅行の計画だけで盛り上がる俺たち。旅行は案外、計画している段階が一番楽しかったりするから不思議だ。
その後、実家に着き、車から降りるとき、望が忘れ物がないか確認してくれた。
「車ありがとな。あ、そうだ、望。ことよろー」
「おせー、今更すぎる。忘れ物ねーか? あと、旅行先の候補、正月明けまでにお前も何個か決めとけよ」
「わかった、わかった。お疲れー」
望はそう言って、車を発車させて帰っていった。
実家に戻ると、冷めきった体を温めるために風呂に入った。髪を乾かし、脱衣所を出ると、珍しく両親が元旦の特番を観ているのが目に入る。ほんの少し番組が気になったが、風呂上がりで眠気が襲ってきた。仕方ない、特番は惜しいけれど、寝ることにした。
「眠いからもう寝るわ。おやすみー」
両親からは空返事が返ってきた。重い足取りで自室に入り、ベッドに身を沈め、布団をかぶった。俺は寝る時、暖房をつけない。冬の乾燥を避けるため、体の水分が奪われないようにするためだ。
冷たい布団の中で体温が奪われないように身を縮め、布団の中を暖める。充分に暖まったら、手足を広げて体の力を抜いていく。深呼吸をしながら、頭の中を空っぽにして、眠気に身を委ねる。
そのとき、突然聞き覚えのない声が微かに耳に入った。
『利害は一致した』
その瞬間、急激に意識が遠のいていく。謎の声に反応しようとしても、すぐに眠気が勝り、意識はさらに深く沈み込んでいった。だめだ、こりゃ。抵抗虚しく、俺は睡魔を受け入れた。
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