ジュネッスリリーフ〜俺の俺による俺のための再興〜
杉山賢昌
プロローグ
青春には心残りがつきものだ。あの時ああしていればこの時こうしていれば、誰しも人間関係や部活、成績など思い通りにならず、多かれ少なかれ後悔していることがあるだろう。人生楽しんだ者勝ちとはよく言ったものだと金を持ってから気付いた。だからこそ心残りが煩わしく感じる。過去は金を積んでもやり直せないのだから。
二年前に仕事を辞めた。地元の中小企業をあてもなくただ勢いで。しばらくは貯金を使いエリートニートをしていたが人生何とかなるもので俺には投資の才能があった。晴れて
帰省の支度をしていると、親友の
『やーっと出たか、出るのおせーぞ!
初詣の誘いのようだ。返答をする間も無く望は続けた。
『てことで迎えに行くから支度しとけよ』
決定事項かよと言いかけたが口を噤んだ。口にしたところでどうせ行くことになるし、何より当日他に予定がない。仕方なく迎えの時間を尋ねた。
望は、
『夜の十一時に迎えに行くから寝るなよ。じゃあな』
そう捲し立て通話を一方的に切った。
望とは高校からの仲で、彼が当時ハマっていたアニメの中二病キャラの真似をして初対面の俺に挨拶してきた奇人だった。そんなファーストコンタクトもあり、コイツとは仲良くなることはないだろうと思っていたが、気付けば唯一現在まで関係が続いてる高校時代の友人だ。
支度をしている間に時刻は十四時半を過ぎていた。新幹線の時間までにお土産を買ってホームまで辿り着かねばならない。発車時刻までもう二時間を切っていた。……いや待てよ、まだ二時間もある。
家を出るまでの間ソファーで横になりくつろいでいると、時間に余裕ができたせいか部屋の細かい所が気になってくるもので、棚に置いてある埃をかぶっていた達磨が目についた。片目が真っ白な達磨だ。
俺は信心深い人間ではないが、満員電車の中で腹痛に襲われた際に「神様仏様……このままではうんこマンになってしまいます……マジで助けてください……なんまいだーなんまいだーアーメンオーメン……」と心の中で唱え、冷や汗を流しながら駅まで我慢したときは流石に祈りを捧げた。しかしよく考えてみれば、神や仏が助けたのではなく俺の括約筋が大活躍しただけである。大昔からフィロソファーは神の存在を議論してきたけれど、あの日あの時あの場所で俺の肛門によって神の存在証明に決着がついたに違いない。
そんな俺が仕事を辞めたときに柄にもなく験担ぎで買った物だ。
あれから二年、御利益があったのかはわからないが、現在ノブジョブを満喫中。記憶に浸りつつ達磨の埃をはたいて、少し早めに家を出た。
✳︎ ✳︎ ✳︎
地元の駅に着き、売店でジュースを購入し駅を出る。路面電車が道路を走っており、そんな道路を沿うように周りには、ビルディングと呼ぶには少々お粗末なビルが並んでいる。しかし流石に二年前と比べると多少様変わりをしていた。そんな街並みをジュースを飲みながら眺めていると、声をかけられた。
「
声に振り向くと記憶よりも老けた高校の教師がいた。
「やっぱり!」
「あ、山口先生お久しぶりです」
「おう、久しぶりだなぁ。昔よりも更にカッコよくなったんじゃないか?」
「ははは、よく言われます」
「……。元気にしてたか?」
「まぁぼちぼち元気にやってます」
「そりゃよかった。今何してるの?」
「街並み眺めながらジュース飲んでます」
返答を聞いて少し呆れたように笑って、
「……面白いこと言うな。おっと、呼び止めといて悪いけどそろそろ時間だから行くわ」
「今から何処か行くんです?」
「嫁の実家にな。年末いろいろやること山積みだったから先に帰省させたんだよ。それが終わったから今から向かうところ。そんなわけで瀬谷、良いお年を」
「お疲れ様です。先生、良いお年を」
別れを告げ、しばらくしてバスターミナルへ向かい、既に到着していた実家方面行きのバスに乗車した。発車までまだ時間があるようだ。
その間ふと、先程の会話を思い出して顔が熱くなった。あのとき先生は今何をしているのかを聞いていたわけではなく、現在どのような生活しているのかを聞いていたのだ。二十後半にもなって小学生でもやらないような初歩的なコミュニケーションのミス、そりゃ呆れて笑いもするわ。
そんな恥で悶えている俺の気も知らずにバスは発車した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
目的地に向かう車内で年が明け、到着し早々に参拝の列に並ぶ。流石はこの辺りで一番大きな所なだけあって前後左右に人混みが凄い。
「栄燈知ってた? 着いてから言うのもなんだけどさ、ここって正確には神社じゃないらしいぞ」
並び疲れたのか望が蘊蓄を披露してきた。
「ほーん、じゃあなんなん?」
「いや知らん。神社じゃないなら消去法で寺じゃね?」
「知らんのかーい」
「そういえば金投げ入れるとき手順があった気がするけどどうしたらいいんだっけ」
「そもそも神社でのやり方も知らん俺が寺でのやり方を知ってると思うか? 前の人の動き真似しとけばなんとかなるっしょ」
「たしかに。てかさ初詣ってさ、変に畏まるより一緒に来た奴とこの新年の雰囲気を共有することに意味があると俺は思うんだわ」
「なになに? 何か良いこと言ってる風なこと言ってんじゃん」
会話をしているうちに順番が回ってきた。前列の人を真似、賽銭を投げ入れ手を合わせこれでもかというくらいに叶うことのない願望を祈願した。
一通り手順を終え、まだまだ人が絶えない列を横目に素早く車に向かって歩き出す。
「てかさ、クソ寒い中たかが五円とはいえ恵んでやるんだから全身全霊で幸せに導いてほしいわ。そしてされど五円と俺に感謝して施設の維持費などに充ててほしい」
本来初詣は一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願したりするそうだが、そんなこと知ったことか。そもそも祈願しなくても俺が聖誕した瞬間に平安無事くらい最低保証でつけとけって話だ。何が感謝だ恩着せがましい。
「超絶上から目線すぎて草。どうせ春や秋なら花粉、夏なら暑さを理由に文句言ってる姿を想像できるわ」
「違いねぇ」
新年初の不満を言いながら車まで辿り着き、刺すような寒さの外より幾分かマシな車内に急いで入りエンジンをつけ、車が動き出す。暖房で暖かくなるまでしばらくかかりそうだ。
「栄燈いつまでこっちいるの?」
「うーん、特に決めてないなぁ」
「じゃあ正月明けにどこか遊びに行こうぜ」
「いつどこにだよ」
「まぁそりゃ……正月明けてから考えよう」
「でたでた。なんだかんだ流れるやつ」
本当に行くかもわからない旅行の計画で意外にも盛り上がる。旅行は計画段階が案外一番楽しかったりすることもある。
旅行の話をしている間に実家に着き、車内に忘れ物がないか確認し車を降りた。
「車ありがとな。あ、そうだ望、ことよろー」
「おせー今更すぎる。忘れ物ねーか? あと旅行先の候補正月明けまでにお前も何個か候補決めとけよ」
そう言い望は車を発車させ帰っていった。
車を見送り終わり帰宅し、冷めきった身体を風呂で温めた。髪を乾かし脱衣所を出ると、時刻は二時を過ぎているのに珍しく両親が起きており、元旦の特番を視聴していた。番組が少し気になるが風呂上がりのせいか眠たくなってきた。仕方ない、特番は惜しいけど寝るとしよう。
「眠いからもう寝るわ。おやすみー」
就寝の挨拶をすると両親から空返事が返ってきた。
重い足取りで自室に向かい、身体をベッドに預け布団を被った。俺は寝るときに暖房をつけない。ただでさえ冬で部屋が乾燥してるのに体の水分まで搾り取られるからだ。
まだ冷たい布団の中で体温を奪われないよう身を縮め、布団の中を暖める。充分に暖まったら、手足広げて身体の力を徐々に抜いていく。ゆっくり深呼吸をし、頭の中を空っぽにしていくと、突然聞き覚えのない声が微かに聞こえた。
『利害は一致した』
その瞬間、急激に意識が遠のき始めた。謎の声に咄嗟に周りを確認しようにも流石は睡眠欲。自分の意思と反してどんどん力が抜けていく。
だめだこりゃ。抵抗虚しく、俺は睡魔を受け入れた。
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