細分化病棟

そうざ

The Fragmented Hospital

「エレベーターホールの前に総合案内図がございますので、ご覧下さい」

 そこそこ綺麗目の看護師が事務的な笑顔でそう言うので、俺はピョコタンピョコタンと足を引き摺りながら指示に従った。

 今朝、俺は小指をぶつけた。右足の小指だ。寝惚けまなこでトイレに行こうとした時、テーブルの脚にしたたかに打ち付けた。爪は割れるわ、血は出るわ、見る見る腫れ上がるわで、余りの痛みに下手をすると骨が折れているかも知れないと不安になり、近所に出来たばかりの総合病院へ急いだ。

 大きな案内図はに描かれていた。例えるならば、精肉屋でよく見掛ける肉の部位の説明図だった。

 今、俺が居るエントランスは『股間』の部分に当たる。俺は、Yの字に分かれた長い廊下の右方向へピョコタンピョコタンと進んで行った。

 ずは大きく〔きゃく科〕があり、順に〔もも科〕〔ひざ科〕〔すね科〕〔脹脛ふくらはぎ科〕と続き、その先にやっと〔あし科〕の表示が見え、〔くるぶし科〕や〔かかと科〕もあった。

 足の甲や裏は〔足科〕で診てくれるらしいが、は別の科になっていて、しかも更に細かく分かれていた。〔親指科〕〔人差指〕〔中指科〕〔薬指科〕を素通りし、廊下の突き当りでやっと目当ての〔小指科〕を見付ける事が出来た。

「科を細かく分けた方が患者さんの待ち時間が少なくなりますし、各部位のエキスパートも育ちやすいんですよ。勿論、各科の連携はしっかりしていますからご安心下さい」

 医師が気さくそうな人物だったので、俺はズキンズキンしながらも何だかほっとした。

 ところが、医師は俺の痛々しい小指を見た途端、こう言った。

「ここはの〔小指科〕ですよ。右足の怪我は担当外です」

 悪いのはちゃんと確認して来なかったお前だ、と言わんばかりの口調だった。

 仕方なく、俺はズキンズキンしたままピョコタンピョコタンとエントランスまで戻り、案内図を見直した。

 間違えた理由が判った。描かれた人型は、ではなくだったのだ。さっきは現在位置こかんを基点に廊下を右に折れたが、左に行くのが正解だ。よくよく表示を見たら、ちゃんと『右の』『左の』という但し書きがあった。右足の事だから右方向に進めば良いと考えたのは浅墓だった。

 俺は、改めて左側の廊下をズキンズキン、ピョコタンピョコタンと急いだ。

「あの案内図は解り難いという声もあるようですが、まぁ、慣れれば大丈夫でしょう」

 の〔小指科〕の医師は、患部を観察しながら快活に言った。

 やっと安心して怪我を負った時の状況を事細かく説明出来る。

 すると、たちまち医師の顔色が変わった。

「ここで診るのは、右足の小指を患者さんだけですよ。テーブルにぶつけた場合は隣町の病院に行って下さい」

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細分化病棟 そうざ @so-za

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