第42話 草津奇々騒乱編(10) 決死ノ章

草津の夜景は実に美しい。


ライトアップされた湯畑と温泉街は、日本の和を感じさせる素晴らしい光景である。


しかし、その様な素晴らしき光景が広がる温泉街にて、血に飢えた多くの亜種族が現れた。


狭い路地より開かれたゲートから押し寄せ亜種族は、平和を乱す大罪人の逮捕に踏み切った警界官を次々と血祭りに上ると、そのまま湯畑のある広場へと攻め入った。


このままでは、多くの人々で賑わう温泉街が、亜種族らの手によって血に染まり、阿鼻叫喚あびきょうかんの渦に飲み込まれるのは、もはや必至であった。



しかし、温泉街へ攻め入った亜種族たちは、現実世界を物凄くナメていた。


そのため亜種族たちは、温泉街の広場に足を踏み入れたその瞬間、凄まじい爆風に見舞われながら、現実世界の洗礼を受ける事になった。



土煙が舞う中、突然の出来事に思わず足を止めた亜種族たちは、見るも無惨に散った同胞たちの遺体を見るなり、心の底から死の恐怖を感じていた。


亜種族「い、一体何が起きて……ひっ!?」


亜種族「こ、これは、一体何の魔法なんだ!?」


亜種族「お、おいしっかりしろ……っ!?」


亜種族「う、狼狽えるな!こ、これは爆裂魔法の一種だ!次が詠唱が終わる前にせめ…うっ、な、なにっ!?」


亜種族「ま、まぶっ!?こ、今度は何だ!?」


元世界では感じた事がない展開に亜種族たちが狼狽うろたえる中、"ガシャン!ガシャン!"っと何かが開く様な音と共に、目が眩む様な光が照らされた。


すると、その光の中から警界庁長官である両津界人が、右手にバズーカ、左手には拡声器を持って現れた。


界人「えー、血に飢えた亜種族の団体様方に告ぐ。ようこそ地獄の温泉郷へ。我ら日本国警察機構一同、心よりお待ちしておりました。」


界人が亜種族へ向けて意味深な話をしている間に、眩く照らしていた"サーチライト"の光力が徐々に弱まると亜種族たちは驚愕する。


亜種族「げっ!?な、何だこれは!?全然話と違うではないか!?」


亜種族「っ、おのれぇ……イラドめ……騙しやがったな。」


亜種族の目の間には、日本国旗と桜の紋章が入った警察旗を掲げた、物々しい数の妖怪と群馬県警の姿があった。


多少の迎撃は覚悟していた亜種族たちとは言え、完全に迎撃態勢を取っているのは想定外であった。


動揺を隠しきれない亜種族の様子を見た両津界人は、笑みを浮かべながら声を掛けた。


界人「ふっ、おやおやお客様?よ〜く見ますと、かなり物騒な身なりでございますね〜?大変申し訳ないのですが、平和を乱す様な身なりをしている御一行様のご利用は、固くお断りしております。ですので、足元が明るい内にお引取りを願います。」


先程の歓迎ムードは嘘とは言え、早過ぎる掌返しと、遠回しに"痛い目を見る前にさっさと帰れ"と言わんばかりのメッセージに、周囲の妖怪と警察たちが笑いを堪えていた。


何故なら界人の言葉には更に裏があり、そもそもここに亜種族が踏み込んで来た時点で、生きて見逃す気など全く無かったのである。


これに中段列から押し寄せた亜種族が激昂し、中ボスクラスの亜種族が前に出て来た。


亜種族「舐めやがって‥、この人間風情が!もの共かかれ!」



中ボスクラスの亜種族が号令を掛けると、動揺して動けない前線の亜種族を巻き込んで雪崩れ込んだ。


界人「草津温泉条例、何条か分からないが、悪徳(モンスター)団体客へのご利用はお断りの上、順次見つけ次第排除する。バズーカ部隊構えぇっ!放てぇっ!」


界人からの迎撃命令が下されると、バズーカを持った部隊が、下笑げみを浮かべながら一斉に射撃した。


両津界人のおもてなし。


その1 ド派手なお見送り。


捕捉

バズーカの弾は特殊に作られており、殺意に満ちたやからに反応して追尾する様に作られている。


ちなみに、妖怪と県警側に弾が飛んで来ないのは、眼前にいる亜種族の事を一人一人の"お客様"として、心より愛を込めて"おもてなし"をしているからであった。


既に余計なお世話とまで言える近代兵器を持ちいての"おもてなし"に、安易に現実世界をナメていた亜種族たちは、無惨に蹂躙じゅうりんされていった。


しかし、威力が強いバズーカとは言えども、流石に無限弾では無いため、バズーカでの"おもてなし"は、直ぐに終わってしまった。


その後、界人たちバズーカ部隊は、その場に弾切れのバズーカを置くと、腰に差した刀を一斉に抜いた。


界人「あっ、お客様!忘れ物ですよ!」


近代兵器の威力に秒で屈した亜種族が、飛散して逃げ惑う中、界人率いる防衛団は、亜種族を一匹残らず討ち取らんと刀を振りながら追撃を開始した。


両津界人のおもてなし

その2 落とし物お届けサービス。


ちなみに、"忘れ物"と言いながら刀を振った理由は、現世げんせに命を置き忘れていると言う、物騒な意味を遠回しに言った言葉であった。


一時は温泉街が地獄と化す可能性があった事態から一転、今は一瞬で亜種族に取って地獄と化していた。


これにより、大半の亜種族は討ち取られ、壊滅寸前であった弾崎の部隊と合流を果たした。



界人「よう、弾崎?生きてたか?」


弾崎「はぁはぁ、少し三途の川が見えたよ‥。」


界人「それは笑えない話だな。それにしても、結構な同胞が殺られてしまったな。」


弾崎「……すまない。なあ、界人よ。一つ頼みが……。」


界人「自決は認めないぞ。」


弾崎が短刀を手にした瞬間、界人は直ぐに弾崎の自決を見透かした。


弾崎「…頼む、どうか死なせてくれ。俺の指揮が甘かったせいで多くの同胞を傷つけ死なせてしまった。もはや、死んでお詫びするしか……。」


界人「ば、馬鹿を言うな史門!それこそ、殉職じゅんしょくした同胞たちに顔向けができないだろうが!?」


死への感情が抑えきれない弾崎に対して、界人が弾崎の両肩を掴むなり必死に説得を試みた。


これに弾崎は、弱音を吐きながら胸の内を語った。


弾崎「…それでも俺は、もう大切な部下を危険な目に晒させたく無いんだよ。」


界人「っ、…何言っているんだ。元より俺たち警界官は、この時代の秩序を守るためなら、怪我や死などは覚悟の上じゃないか?」


弾崎「‥だけどよ。」


界人「史門の気持ちはよく分かるよ。昨日までそばに居た仲間が居なくなるのは、非常に辛いよな。」


弾崎「‥‥あぁ。」


界人「……それでも、史門は生きなければないない。と言うよりは、今ここで自決をされたら、お前の"相棒"に示しがつかないからな。」


弾崎「っ、そ、それもそうだが……。」


界人「だろ?さてと、最後の一仕事だ‥。殉職した同胞たちのためにも、今は生きて穀潰ごくつぶし共を逮捕するぞ!」


弾崎「……全く、界人には敵わないな。」


責任を感じて落ち込んでいた弾崎のケツを叩い界人は、最後の仕上げである外道たちの逮捕へ乗り出した。



某料亭


小藤「さてと、派手に暴れてくれた様だし、我々もお開きですかね。」


南雲「おう、そうだな。道が綺麗な内に帰らねばな。」


我良「では、我もそろそろ、くれぐれも今日の話はお忘れなきよう……。」


イラド「うむ、我らの栄耀栄華えいようえいがのため‥。」


亜種族の放出から十数分。料亭周辺の騒ぎが静まり返り、完全に安心しきっている四人の外道らは、既に放出した亜種族が散り散りになって、追いかけ回されている事など知る由もなく、気分よくお開きしようとした。


するとその直後。


再び、料亭の周辺が騒がしくなる。


イラド「ん?何か騒がしいな?」


小藤「恐らく護衛兵たちが、はしゃいでるのだろう。気にする事ではありません。」


イラド「それにしては、物々しい気がしますが……。」


南雲「まあ、今宵は計画の第一歩が成功したのだ。このくらいの羽目は許しても良いでしょう。」


小藤と南雲が、穏便に護衛兵らを労う中、徐々に騒ぎの声が大きくなるに連れて、とうとう一人の護衛兵が襖を突き破りながら飛ばされて来た。


異界兵「ごふっ!?」


小藤「っ!この馬鹿者が!何をしているのだ!?」


南雲「この無礼者が!羽目を外すのにも程があるぞ!」


界人「ならばその台詞、そっくりそのままお返ししますよ‥‥、腐れ外道共が……。」


弾崎「‥ようやくたどり着いたぞ。」


護衛兵が飛ばされて来た方には、廊下から鬼の形相で四人を睨む、界人と弾崎が立っていた。


小藤「っ!?お、お前は…、りょ、両津界人…‥それに貴様は、弾崎史門……。」


南雲「‥ば、馬鹿な。ど、どうやってここに、あ、亜種族共は何をしている!?」


目の前の現実を突きつけられた小藤と南雲は、思いもよらぬ人物の登場に動揺を隠しきれなかった。


まさに天国から地獄。


未だに信じられない事態に、一方のイラドと我良わがよしの二人は特に混乱していた。


界人「お前たちが差し向けた亜種族なら、俺が考案した地獄の温泉郷式、最高にして至高の"おもてなし"を受けている頃だ。まあ、おもてなしと言っても無事に生きて帰るなど、到底出来ないけどな。」


南雲「な、なんだと!?」


小藤「両津界人……貴様……、我々の動きを全て分かっていたと言う訳か。」


界人「ふっ、さぁて、それはどうかな?」


小藤「くっ、差し詰め密偵でも忍び込ませて我々を泳がせていた……、そうであろう!」


界人「密偵か…。ふっ、無駄に頭が良くて俺のふところ事情しか脳が回らない貴様らの見解は、その程度の物か?」


小藤「っ、ぶ、無礼な!貴様の様な政治の何たるかを知らぬ者が、日本の未来を背負う我々に口答えをするなど言語道断であるぞ!」


界人「日本の未来を背負う……だと?よくもそんなふざけた事を抜かすな?」


小藤「な、何っ!?」


目の前に居る権力者の講釈に、界人は呆れ果てた。


おのれの栄耀栄華を成就させるためなら、平気で大切な国民を危険に晒す事すらも辞さず、更には平和な交流文化すらも破壊しようとしと分際で、何が日本の未来を背負うだ。


界人からして見れば、反吐が出る話であった。


界人「貴様らがやっている事は、ただの"おのれ"可愛さの自己政治だ!決して日本の未来を背負う政治ではない!」


小藤「っ。」


南雲「くっ。」


界人「この際だ。貴様らより頭脳が劣る俺から良い事を教えてやろう。まず貴様らは、今回の実行にあたり二つの過ちを犯した。」


小藤「二つの過ちだと……。」


界人「あぁ。一つは、計画実行の場所をこの草津にしたこと。二つ、我ら警界官……いや、今の警察機構を見くびった事だ。」


南雲「っ、そ、それが何の過ちだと言うんだ!」


界人「この草津には妖怪の友人が多く居るもんでな。俺がここへ来る途中に、前以て妖楼郭と群馬県警、あと温泉街に呼び掛けていたんだよ。」


南雲「っ、そ、そんな……。」


界人「いやはや、群馬県警の方々はどっかの誰かさんとは違い、凄く優秀で頼りになるよ。迅速な避難誘導に続いて、広範囲の規制線を巡らせてくれたからな。」


小藤「おのれ、両津界人…。貴様も弾崎の様に大人しく我々の掌に転がっていれば良いものの……。」


界人「っ、黙れ!弾崎は根っからのデカ魂の持ち主だ!貴様らが気安くけなしていい男じゃねぇ!」


南雲「ぐっ‥。」


小藤「‥‥っ。」


弾崎「界人……。」


界人が放った怒りの一喝は、減らず口が止まなかった小藤と南雲を黙らせた。


すると、先程まで混乱のあまり黙っていた我良自成わがよしのりなりが、懐に手を入れ護身用の拳銃に手をかけた。


我良「くくく、若造風情が‥。」


弾崎「っ、我良!懐に入れた手を出せ!」


我良「っ!?」


怪しい我良の行動を見逃さなかった弾崎は、拳銃の銃口を我良に向けた。


界人「ふぅ、命拾いしたな成金ジジィ。もし、その手を安易に出してたら今頃死んでいたぞ?」


我良「っ!?な、成金ジジィじゃと!?身の程を知れ小僧!わしが誰だか分かっているのか!?」


界人「知るかよ成金ジジイ!頭丸めてハゲカッパにでもしてやろうか!」


我良「は、はげ…がっぱだとぉ‥。き、貴様〜!わしは政財界に精通しているのだ!例え貴様の様な高官であっても懲戒免職に追い込めるのだぞ!」


小藤「っ!我良さん!」

南雲「っ!我良さん!」


怒りに任せて禁句を漏らした我良に、小藤と南雲が思わず一喝した。


界人「それでは、その政財界に精通していると言うお友達の名前を全て国会の前で紹介して貰えませんかね?」


我良「っ!ぐっ、ぐぬぬ。おのれもはや、これまで!」


まんまと墓穴を掘ってしまった我良わがよしは、もはやこれまでと悟り、未だに懐から手を出していなかった手を引き出すと、案の定その手には拳銃が握られていた。


これに弾崎は、我良が握った拳銃を目掛けて数発ほど発砲すると、拳銃は我良から離れるどころか、バラバラに壊された。


すると弾崎は、透かさずに我良自成わがよしのりなりを殺人未遂の現行犯で取り押さえた。


もはや、逃げ場のない事を察したイラドは、中世の悪人ならではの言い逃れを始めた。


イラド「わ、私は関係ない!私は、この者たちに招かれただけで‥。」


小藤「っ!イラド貴様!」


南雲「この期に及んで裏切る気か!?」


二人の反応からしてイラドの同罪は明白。


とは言っても、この場に居る時点で許すも何も、界人には関係なかった。


その後、少し遅れた警界官が駆けつけると、界人は四人を連行させるため、罪状を言い放った。


界人「この場にいる四名、並びにその配下たちは、国家転覆罪及びテロ行為未遂の現行犯で逮捕する。」


こうして栄耀栄華と言う夢に囚われた四人を含むテロリストは逮捕され、残るは草津の温泉街に散らばった亜種族の殲滅であった。


まさに、因果応報である。


これにより、今回のテロ事件で一番の貧乏くじを引く事になった亜種族は、思い描いていた光景とは、真逆な展開に見舞われていた。


そのため、命からがら追っ手を撒いた一部の亜種族たちは、"とある温泉街"の路地裏に身を潜めていた。


亜種族「はぁはぁ、ふざけた真似を……ここまで来たんだ、はぁはぁ、死ぬ前に一人くらい喰らってやらねぇと気がすまねぇ‥。」


亜種族「ふぅふぅ〜、むっ?この辺り……美味そうな匂いが……する。」


亜種族「っ、そうか。きひひ……、一人でも多く喰ろうてやる……。」


亜種族「キキキ……キキキ……。」


路地裏に集まった亜種族は、ざっと見積もって二十体くらいだろうか。逃げようにも逃げられない現状の中で、徐々に追い詰められて行く亜種族は、一人でも多く人々を喰らい殺し、道連れにしようとしていた。


だがしかし、亜種族たちは知らなかった。


今、集結している路地裏が、実は安全地帯なんかでは無く、現状最も危険な所である事に……。



白備「一人でも多く喰うとは、一体どう言う意味でしょうか?」


亜種族「っ、な、何だ貴様は!?」


突如、路地の入口を塞ぐ様に現れた銀白色髪の"獣人"の姿に、亜種族たちは一斉に振り向いた。


すると反対側の方からも、黒い羽を生やした黒髪の青年が声を掛けて来た。


昴「全く、よりにもよってここに逃げ込んで来るとはな。知らないとは言え命知らずだな。」


亜種族を挟む様に現れた"九尾の狐"の白備と"烏天狗からすてんぐ"の昴は、使い慣れた迎撃用の武器を身に付けており、たった二人で二十体近くいる亜種族を討伐しようとしていた。


亜種族「ぐひひ、旨そうな獣人と鳥じゃねぇか‥。」


亜種族「しかも、見たところガキ見たいだな。一思いに殺して、その男前の面を剥ぎ取ってやるよ!」


見た目だけで判断してしまった低脳な亜種族たちは、半々に分かれて二人に襲い掛かった。


だがしかし、二人の相手をするにはレベルの差があり過ぎた。


白備&昴「おせぇんだよ!」


迫り来る先頭集団を昴は錫杖しゃくじょうで貫き、白備は名刀"白虎びゃっこ"に狐火をまとわせ、瞬時に三体も斬り倒した。


亜種族「な、何だこいつらは……、つ、強過ぎる!?」


一瞬の出来事に身の危険を感じた亜種族たちは、徐々に逃げ場のない後ろへと後退し始めた。


すると、昴側を攻めていた亜種族の背後から、前髪で左目を隠した少年が、路地裏の暗闇からスルりと現れた。


亜種族「ひ、怯むんじゃねぇ!?この際、片方に集中して数で押せばかへっ!?。」


月影「数で勝てるほど、僕たちは弱くないですよ。」


影や暗闇に溶け込む事が出来る"鎌鼬かまいたち"の月影は、得意の暗殺術で亜種族の首を次々と切り落としていた。


亜種族「ひぃ!?こ、こいつどこから‥。」


?「おいおい‥、妖怪相手に"どこから"は禁句だぜ?」


亜種族「なに!?ぐっ!」


白備側を攻めいた亜種族の背後には、ビールカゴに腰を下ろしていた男がおり、一人の亜種族がその男の声に釣られて振り向いた瞬間、突如その男に刀で腹部を貫かれた。


亜種族「き、きさ‥ま。」


腹部を貫かれた亜種族が後ろに下がるに連れて、徐々に男の姿が白備の狐火によって露になる。


そう、その男の正体は、鬼神の姿をした両津直人であった。


直人「妖怪を相手にする時は、闇に気をつける事だな。」


亜種族「かはっ……うげっ!?」


直人が刀を引き抜くと、すぐさまに亜種族を一刀両断にした。


斬られた亜種族は、瞬く間に青い炎に焼かれて灰となった。


亜種族「は、ひぃ!?」


直人「今生き残ってる奴らは……、せめてものなさけだ‥。二度と悪行に手を染めないと約束するなら見逃してやる。」


鬼神の姿をした直人の声は、もはや人の声ではなかった。普通の妖怪を超えたあやかしの中のあやかしであった。


亜種族「わ、分かった!に、二度と人は襲わない!?だ、だから許してくれ!」


直人「その言葉を信じよう……しかし、次はないぞ。」


亜種族からの命乞いに情けを与えた直人は、刀を鞘に収めると、亜種族らの前で背中を向けた。すると情けを受けた亜種族らは、一斉に掌を返すなり直人へ襲い掛かった。


しかし、はなから信用などしていなかった直人は、瞬時に亜種族を切り刻み返り討ちにした。


その後、路地裏へ集まった亜種族は、両津家の四兄弟の手によって壊滅した。



白備「若様やりましたね。」


昴「兄さんすごいよ!まさか鬼神になるなんて想像以上だよ!」


月影「うんうん!まるで兄上が、大妖楼をべる大妖怪に見えましたよ!」


直人「‥‥。」


三人の弟たちが、見違えた兄の姿に興奮している中、鬼神の姿をした直人は、一つも表情を変えずに、ただ一点を見つめていた。


すると、直人の体は鬼神の姿から人の姿に戻り、そのまま意識を失い倒れ込んだ。


昴「に、兄さん!?」


白備「っ、す、昴!い、急いで兄さんを病院に!?」


月影「っ、あ、えっと……ど、どど、どうしよう〜。」


前触れもなく直人が倒れた事で、この世の終わりが来たかの様な慌てぶりを見せる三人の弟たちの前に、心配した稲荷が亜空間移動で駆けつけて来た。


稲荷「こ~ら、そんなに慌てないの?」


白備「あ、姉上!?ど、どうしましょう……兄さんが……兄さんが……。」


昴「姉さん姉さん!兄さんが大変だよ!?」


月影「うぅ、あ、兄上が死んじゃったらどうしよう!?」


稲荷が現れた事で、どうしたら良いか分からなくなった弟たちは、稲荷に詰め寄った。


稲荷「と、取り敢えず落ち着きなさい。今の直人は、初めて使う妖力の消費で疲れているだけよ。」


白備「ほ、本当ですか!?」


稲荷「えぇ、だから心配しなくても大丈夫よ。そもそも直人は、妖人あやびとになったばかりなのよ?それなのに、憤りの感情に任せて妖力の消費が激しい鬼神の姿になれば普通に倒れるわよ。」


白備「た、確かに……。」


昴「な、何だか妖人あやびとって、姉さんと白備が使う変化術に似ている気がするけど、気のせいだろうか。」


稲荷「っ、う、うーん、確かに昴の言う通りかもね。もしそうなら、昴みたいな"かっこいい"烏天狗になったりするかもね♪」


昴「おぉ〜!」


白備「で、では、私と同じ妖狐の姿にも……〜〜っ!」


月影「うぅ、兄上が無事なら僕はそれで充分です。」


少し違和感を感じさせる反応を見せた稲荷であったが、兄の無事を安堵する月影はともかく、直人が自分たちと同じ種族になれる可能性がある事に心を踊らせる白備と昴は、全く稲荷の反応に気づいていなかった。


そもそも直人の独特な能力は、稲荷の力を元に派生した物であった。本来、力の派生とは、その子孫に継承されるのが普通である。


しかし、直人の場合は、妖ノ儀の最後辺りで姉の稲荷から大量の妖気を流し込まれた事により、稲荷の力を派生してしまったと考えられる。


ちなみに、このシナリオは稲荷の計画通りである。



稲荷「それにしても初めての妖力解放なのに、まさか鬼神になるとはね〜♪流石の私でも驚いたわ〜♪(あぁ〜♪あの逞しい直人の姿……、もし、あの姿で押し倒されたら……私……安全日でも妊娠しちゃいそう〜♪)」


敢えて亜空間越しから見ていた稲荷は、それでも底知れぬブラコン心を暴発させていた。


本当なら今すぐにでも自室へ連れ込んで、直人を押し倒したい所であるが、今の直人を襲えば確実に妖気切れを起こして死ぬ事は目に見えていた。


そのため稲荷は、苦渋の決断ではあるが、大人しく気絶した直人を晴斗たちが居る宿泊部屋へと送り届けたのであった。



その後、亜種族への警戒令は朝まで続き、時折亜種族の悲鳴が木霊する中ではあるが、前代未聞の草津事件は一夜にして幕を閉じた。



翌朝、警戒令のレベルが引き下げられ、観光客たちが外出が可能になると、昨夜の激戦の傷跡が生々しく残っており、更に周囲を見渡せば、あちらこちらに警界官と警察官が巡回しているため、以前として温泉街は物々しい緊張感が漂っていた。



そんな重苦しい空気の中で、温泉街の広場には、昨夜の騒動で殉職した四十七名の警界官に対して、温泉街を守った英雄として称える追悼式が急遽行われていた。



追悼式には、多くの観光客たちも集まり殉職した四十七名の御霊みたまを称えながら敬意を評していた。


するとそこへ、今回の追悼式を急遽設けた警界庁長官である両津界人が大勢の人前に立った。


界人「警界庁長官の両津界人です。まずは、皆様にお礼を申し上げたい。昨夜の急な避難要請に協力して頂いたこと、また、朝早くから沢山の方々にお集まり頂いたことに、心よりお礼申し上げる。」


界人が一礼すると、大きな拍手が起きた。


普段見せない父親の姿に、息子の直人は驚いていた。


直人「‥あんな真面目な親父を見るのは初めてだ。」


桃馬「‥や、やっぱり、警界庁長官の時は、こんなにもかっこいいんだな。」


直人「‥あぁ、誇らしいよ。」


普段の緩い父親の姿を見ていたせいで、普段から税金泥棒の息子であるも思い込んでいた直人は、立派な役目を果てしている父親の姿に、誇りに感じ始めていた。




界人「さて、私から追悼演説を始める前に、此度の鎮圧に協力してくれた群馬県警並びに、各所属の警界官、そして妖楼郭の方々に改めて感謝申し上げると共に、殉職された四十七名の英霊に心より敬意を評します。」



界人「此度の事件は、はっきり申し上げて異世界との交流文化が始まって以来の大事件であります。既に主犯格となる犯人の逮捕は済んではおりますが、私は決して今回の事件を招いた犯人を許したりはしません。」


界人「何故なら、以前より脅威としていた亜種族を己の栄耀栄華を叶えるためだけに、この素晴らしき温泉街に解き放ち、大切な同胞を奪うだけじゃ飽き足らず、平気で国民を危険に晒させた行為は、もはや万死に値する愚行であります。」


界人「更には、亜種族を日本国へ解き放った事により、亜種族がこの世界へ自由に行き来できる事が、白日の元に証明されました、これについては、警界庁としても由々しき事態です。」



界人「しかし皆さん。どうか全ての亜種族に対して、絶対的な悪であると決めつけないでほしい。確かに亜種族は残忍で愚かな種族です。現に今回温泉街を襲った亜種族は、殆ど残忍な個体ばかりでしたが、それは単に、本能に従順な亜種族で占めていたからです。」



界人「生きし者は、種族関係なく"善と悪"の二つでしかありません。種族だけで全てが悪と決め付ける事は、何ら差別と変わらない愚かな行為だ。例え、悪のイメージが強い亜種族であっても、必ず善なる心を持った亜種族は必ず居る。どうかその善を見捨てないで上げてほしい。善を見捨てぬ心を持つ者は、悪に染まった亜種族より何億倍も誇らしいと私は思う。」


界人「それ故、我ら警界庁も全力を上げて悪に染まった亜種族を始め、この世に住まう悪から皆様をお守り致します。ですので、これからも善良なお心のまま協力して頂きたいと思います。それこそ、四十七名の御霊みたまを称え慰めるに相応ふさわしいと存じます。」



今回の事件への思いを乗せた演説が終わり、界人が民衆の前で一礼すると再び拍手喝采が起きた。





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