春より参られし桜華様!

鬱宗光

第1話 春よ

春風や

桜吹かれて

散る花や

舞う花見上げ

蒼天にゆく


今年も河川敷に見事な桜が咲いた。


登校中の学生たちは見事な桜にみとれ、足を止めて眺めては、写真を撮ったりと春の風情を楽しんでいた。



そんな中、今日も心苦しい思いを誤魔化すべく、

不意に思い付いた短歌を口ずさむ男子生徒がいた。


その生徒の名は佐渡桃馬。


どこにでもいる普通にモテない男子学生である。


学園生活二年目にして、本当なら‥いや、理想であるなら、今頃は彼女と一緒に順風満帆な学生ライフを送っている予定であった。


しかし、桜は美しく咲き誇ってると言うのに、

彼の花は咲くどころか、春すらも来ていなかった。


今年もまた、野郎たちと過ごすのかと、今日も重いため息をつきながらうつむいていると、背後から幼馴染みの村上憲明むらかみのりあきが声をかけてきた。


憲明「おはよう桃馬、また一人でほうけてるのか?」


桃馬「‥うるせぇ、彼女ありのお前に、俺の気持ちが分かるかよ。」


憲明「はっはっ、それはすまないな。だけど、まだ二年生になったばかりだぞ?希望持てって~。」


桃馬「そうは言うけどな、もう二年生なんだぞ?この春の内に出来ないと、まじで後がない。」


憲明「うーん、確かに言われてみれば、三年生は受験や進路やらで忙しいからな。何も考えないで楽しむなら、二年の夏休みまでには何とかしたいな。」


憲明の言う通り、順風満帆な学園生活を送るには、何のしがらみもない二年生の時が勝負である。


憲明「にしても、どうして"人"にこだわるんだ?リフィルみたいなエルフ族や魔族でもいいだろ?」


桃馬「俺もそうしたいけど、何故か俺だけ人間以外付き合っちゃダメって言われているんだよ。兄さんは、獣人のシノン姉さんと付き合ってるのに…。」


憲明「うげぇ、お前だけがか?それはえぐいな。でも、異種族との交流文化が始まってから十年とまだ日が浅いからな。末っ子だけは様子見ってところか。それに比べて俺なんか、家族から胴上する勢いで祝福されたけどな。」


桃馬「‥そりゃあ、可愛いエルフが彼女なんだから喜ぶだろうさ。」


憲明の余計な一言に少しキレた桃馬は、負のオーラを放ちながら憲明を睨み付けながら嫌みをぶつけた。


ちなみに異種族とは、大まかに異世界の住民を差し、または、人間族を除いた、エルフ族、魔族、獣人族などの総称である。



ここで小話。


この物語は…ではなく。


今あるこの世界は、平凡な格差社会が広がる現実世界に、突如異世界へと繋がる扉が現れ、多くの人々が夢と希望に目を輝かせた世界である。



ことの発端は、さかのぼること十年前。


突如、日本近海の太平洋側に、異世界へと通じる亜空間が現れた事が始まりであった。当時の日本政府と国民は、得体の知らない亜空間に困惑するも、意を決した独自調査により、なんと亜空間の先には、異世界へ繋がっていると判明。


時の日本政府は、これを国民に向けて大々的に発表した。


その後、若い国民からの熱心な押しもあり、多彩な交渉と調査の末、夢の様な交流がスタートした。もちろん、日本政府は異種族の権利を配慮すべく、異種族安全保護法を即座に作り上げ、五年後には国際法にも取り入られた。


そして話しは戻し。


この夢の様な世界が到来した現実世界に、エルフと言う絶世の美女を彼女にして勝ち誇る幼馴染みへの嫉妬は、桃馬自身でも計り知れないものであった。



憲明「そう怖い顔するなよ?気になる子はいるんだろ?」


桃馬「うーん、百歩譲って小頼こよりとか。」


憲明「結局人間じゃないか…。」


?「私がどうかしたの?」


桃馬「えわっ!!?」


突然背後から、噂をしていた女子の声が聞こえると、桃馬は、つい声を上げて驚いた。


?「きゃっ!?な、なによ桃馬?」


桃馬「こ、小頼!?き、聞いてたか?」


小頼「き、聞くも何も私を呼ぶから何か用があるのかなって。」


桃馬「な、何でもない、空耳だろ?」


小頼「変な桃馬だね~?」


彼女の名は長岡小頼、桃馬の幼馴染みの一人である。小頼には異種族の彼氏がいるのだが、ちなみにその彼氏も桃馬の幼馴染みである。



小頼は、普通の女の子らしく、一歩二歩と跳ねながら先行すると二人に声をかける。


小頼「ほら二人とも、早くしないと遅刻するよ?」


憲明「おっとそうだな、ほら桃馬も行くぞ?」


桃馬「はぁ、桜が散り終わる前に春が来てほしいな。」


先行する小頼の言う通り、遅刻だけは洒落にもならない。


そよ風が桜を揺らす中、桃馬は重い足を前へと進め、桜並木が広がる河川敷を後にした。



すると、桃馬たちが去ってから、

優しく揺れる桜の木に座る一人の少女が姿を現した。


?「‥クスッ、今日も面白いの見せてもらったわ。それより学園か~。異種族たちのお陰で人の世に降りやすくなったし、私も過ごしてみたいな~。」


桜の様に美しいピンク髪の少女は、

期待と好奇心を胸に心を踊らせると再び姿を消した。





桃馬たちが通う学園。


その名も"春桜学園"。


異種族交流の促進のため、

日本政府によって作られた学園である。


フランスの凱旋門の様な門を通ると、そこには広い庭園を始め、中央には噴水広場が広がり、なんとも異世界の環境に考慮された西洋作りである。



何とか遅刻を回避できた桃馬たちは、

早速、小頼の"彼氏"と対面することになる。


小頼「えっと‥ジェルドは~、いた!お~いジェルド♪」


小頼が、噴水広場に腰を下ろしている白髪けも耳男子を見つけると、手を振りながらかけよった。


ジェルド「ん?」


小頼の声に反応したけも耳男子は、

片目を開けるとスッと腰を上げた。


しかし、この仕草に桃馬と憲明は、違和感を感じていた。


憲明「‥なんだ、今日はいつものやらないのか。」


桃馬「‥さすがに二年生だからな、控えてるんだろうよ。」


小頼「ジェルド~♪」


小頼は自分より大きなジェルドに抱きつくと、

ジェルドはクールに抱き締め返した。


しかし、桃馬と憲明は見逃さなかった。


クールなのは上半身だけであり、視線を下に送ると、白くふわふわの尻尾がブンブンと振っていた。


憲明「桃馬‥これって。」


桃馬「たぶん‥小頼にクールに接してくれとか言われてるんじゃないか。ほら、証拠に小頼の右手を見てみろ。」


憲明「ん?あー。なるほど、ご褒美が首輪か‥。」


いつ見ても苦にならない光景に微笑んでいると、桃馬の袖を"クイクイ"と引っ張る、目の前のジェルドを小さくした様な、白髪のけも耳幼女が訪ねて来た。



おそらく、一年生だろうか。


桃馬は腰を下ろし目線をあわせた。


桃馬「どうした君?もしかして新入生かい?」


?「‥あ、あの‥お、お兄ちゃん‥。」


幼女が放った不安が籠った"お兄ちゃん"発言に、

桃馬はその場に固まった。


同時に、付近の同級生共が一斉に桃馬に視線を向けた。もちろん、憲明も同様である。


憲明「‥と、桃馬お前‥。」


桃馬「ち、ちがっ!?俺はなにも知らんよ!?」


ジェルド「‥ん?エルゼ?」


エルゼ「あっ、お兄ちゃん♪」


小さなモコモコがジェルドを見るなり抱きつくと、周囲の同級生たちはジェルドの妹だと認識し、桃馬に向けられた軽蔑の誤解は無事に解けるのであった。


桃馬「ジェルドの妹だったのか‥。ほっ、命拾いした気がする。」


憲明「本当そうだな…。」


小頼「ふへぇ~♪おはようエルゼちゃん~♪今日も可愛いですね~♪」


エルゼ「コクリ‥。」


頭をなで回す小頼に、小さくうなずくと、

すぐにジェルドの後ろに隠れてしまった。


ジェルド「え、エルゼ?隠れちゃだめだろ?」


桃馬「ジェルド?その子は‥。」


ジェルド「おぉ、桃馬、憲明居たのか?」


桃馬「ずっといたぞ?」


ジェルド「そ、それはすまん。えっと、二人は妹に会うのは初めてだよな?」


桃馬「うん。」

憲明「うん。」


ジェルド「なら紹介するよ。妹のエルゼだ。ほら、エルゼ?挨拶するんだ。いつも話してる幼馴染みだよ?」


エルゼ「わ、わふぅ‥‥。」


ジェルド「…わりぃ、ちょっと人見知りなんだ。まあ、仲良くしてくれよ。」


桃馬と憲明に取って人見知りだと言うことは、

見た目と雰囲気で何となく察していた。


それより、桃馬と憲明は、エルゼの愛らしい素振りに、つい笑みが漏れてしまいそうであった。


桃馬「そ、そうだな~、俺は佐渡桃馬だ。よろしく。」


憲明「俺は村上憲明。よろしくねエルゼちゃん♪」


エルゼ「と‥‥ま‥‥あ‥き‥。」


小声ではあるが、名前を呼んだのは間違いない。


ジェルドも思っている事だろうが、

初日での友達関係が心配になって来る。


まだ、返事ができるだけ言いとは思うが、

控えめ属性、大人しい属性、シャイ属性が強い分、下手に誤解されない事を祈るばかりだ。


そうこうしていると、

ホームルーム開始十分前の鐘が鳴り響いた。


未だ外にいる生徒たちは駆け足で校舎に向かい始める。


桃馬「いけね、早く教室いかねぇと。」


憲明「あ、待てよ!?」


ジェルド「エルゼ?教室まで送ろうか?」


エルゼは首を縦に振ると、ジェルドはエルゼを脇に抱えてそのまま走り出した。


小頼「ま、待ってよ!?」


一足遅れて小頼も後を追った。


凱旋門の様な門が閉まると、

先ほど河川敷にある桜並木の上に座っていた、

桜の様に美しいピンク髪の少女が現れた。


?「‥これが学園。」


じっと門の外から覗くと、一人の老人が声をかけた。


老人「おや?君は遅刻者かな?」


?「えっ?遅刻??」


老人「ふむぅ、改めて見る感じ、生徒ではなさそうだな。当学園に何か用かな?」


?「あの、実は私は、ここの生徒になりたいのですが、どうすればいいのですか?」


老人「これはこれは、滑り込み志願とは、本来は受験をして合格をしなければ入れないのですがね。」


?「それは分かっています。他に方法はないのですか?」


老人「ふむぅ、そうなると編入か、異種族なら無受験で何とか入れますが‥しかし、見たところ一般人みたいですしな。」


?「わ、私は"人"ではないです!」


学園に入学したい思いが強いためか、

一般の老人に人外宣言をする少女。


老人「あはは、冗談ですよ。河川敷に住まう聖霊様でしょう?」


?「な、知っていたのですか!?」


老人「‥えぇ、私は良く覚えてますよ。あなた様は昔から何も変わってない。」


?「‥昔?私は人間にあったことないけど?」


老人「はて?静乃さんではないのですか?」


?「‥静乃って、私のお婆ちゃんの名前ですけど。」


老人「ほう、そうか、静乃さんのお孫さんか。道理で似てるわけだ。そうと分かれば特別に入学を許可しますよ。」


?「‥いいのですか!?」


老人「もちろん、これなら異種族枠で入れられる。それでは、一年生から‥。」


恐らく学園関係者と思われる老人が話を進めると、ピンク髪の少女がお願いを切り出した。


?「あの、できるなら‥佐渡桃馬って言う人のクラスに入りたいですが。」


老人「佐渡桃馬?ふむっ、わかりました。それじゃあ、校長室に来て下さい。早速入学の手続きをしましょう。」


?「ありがとうございます!」


ピンク髪の少女は深々と頭を下げた。


老人「そう言えば、お名前は?」


桜華「柿崎桜華です♪」


滑り込み入学を了承され満面な笑みを浮かべる少女。これにより聖霊様と春を待つ少年の物語が始まるのであった。

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