第8話 エピソード2 姫とメイドの温泉旅行(2)
爆発があったのは大浴場だった。
岩でできた浴槽の半分が吹っ飛び、お湯が溢れ出ている。
塩の香りにのって流れるのは火薬の臭い。
この国において、火薬は高級品である。
騎士団の一部に配備されるのがせいぜいで、工事に使われることすらない。
この事実だけで、普通の相手ではないとわかる。
「な、なんてことですの……。これでは晩ごはんの後にお風呂に入れませんわ!」
リレイアは拳を握りしめ、ワナワナ震えている。
おお……これは怒ってるぞー。
「いやあ、びっくりしたなあ」
『外側から』吹き飛ばされたついたての残骸を踏み越えて来たのは、いかにもといった風体のゴロツキ三人組だった。
「浜を散歩してたら、とつぜん爆発だもんよう」
ゴロツキたちはこばかにしたような口調でそう言いながら、あたりを見回している。
ものすっごく白々しい。
「またお前たちか……。客が来るたびにこんなことを……」
遅れてやってきたご主人が、ゴロツキたちを診て顔をしかめた。
また?
この連中がよく来るの?
リアルな爆発をおこすのは、採石場の撮影現場くらいにしなさいよね。
「なるほどね……」
一歩前にでたリレイアがギロリとゴロツキを睨んだ。
「ああん? なんだでめえ?」
「おおかた、誰かに頼まれてこの宿の営業妨害をしにきたってところでしょ」
「なーに言ってんだ。オレはたまたま通りかかっただげだぜ」
ニヤケ顔がムカつくなあ。
「こないだは料理にネズミがのってたみたいだし、今度は爆発たあ大変だなあ」
大根役者もいいところだが、挑発としての効果はバツグンだ。
「あんなでけえネズミが皿に乗ったまま、客に出すわけねえだろ! 汚えマネしやがって!」
ご主人は額に青筋を立ててブチ切れている。
血圧が心配だよ。
「誰の命令でなんのためにやっているんですの?」
ゴロツキの言い訳に付き合うつもりのないリレイアは、彼らをキツイ目で睨みつけながら、質問をなげつける。
「ああ? なんのことかわらねえが、とっとと宿を畳んじまえば、こんな事故もおきなくなるだろうぜ」
「この宿は畳まんと言っている!」
ご主人はニヤつくゴロツキたちを怒鳴りつけた。
「くっ……」
するとご主人は胸を押さえ、一瞬苦しそうな顔をした。
「ほらほら、無理は体によくねーぜ」
すがすがしいまでのクズっぷりである。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をするご主人の背中に当てたリレイアの手がぼんやり光る。
微弱な回復魔法だ。
「ここは私に任せてくださいな」
息の整ったご主人にそう言うと、リレイアはゴロツキ達にゴミを見るような視線を向けた。
「もう一度聞きますわ。誰の命令?」
穏やかな口調、声音も優しい。
しかし、その一声には全身の毛が逆立つほどの迫力があった。
「あ、あんたいったい……」
ご主人ですらたじろぐ中、ゴロツキ達は額に脂汗を浮かべている。
「う、うるせえ! 誰の命令でもないやい!」
ないやいて。
子供のような口調になったゴロツキ達は、全力で逃げていった。
ギャグ回の敵役だってもうちょっとねばるよ?
「あ! 待ちなさい!」
「リレイア様、私が」
追いかけそうになったリレイアを手で制した私は、静かに彼らの後をつける。
砂浜を走ると浴衣から太ももが見えてしまうが、月も雲に隠れているし、少し先を走るゴロツキ以外に人気もないのでかまわないだろう。
せっかく砂浜を走るなら、真夏の太陽を浴びながら水着回と行きたいところだ。リレイアが海辺でキャッキャウフフと遊ぶ姿……ちょっと想像できないけど、今度誘ってみよう。
是非見たい。すごく見たい。
近年はカレンダーだけじゃなく、本編でも海回があるしね。いけるよきっと! うん!
しばらく走ると、ゴロツキ達は立ち止まり、砂浜にへたりこんだ。
私は気配を悟られないよう、岩陰に隠れる。
「はぁはぁ……なんだあのガキ」
「すげー迫力でしたね、オヤビン」
「おっかあに怒られた時より怖かったよぅ」
「思わず逃げちまったが、このままじゃ帰れねえな」
「ええ? またあの宿に行くんです?」
「あのガキがいなくなってからにしましょうよぅ」
「バカやろう。客がいるときじゃねえと、嫌がらせの効果が薄いって銀熊邸のだんなに言われたろ」
「でもよぅ……」
「ここで逃げたら火薬代も払わされるぞ。そしたら明日から飯抜きだ」
「飯抜きはイヤだぜオヤビン!」
「だったら、いったんアジトに武器を取りに行くぞ」
「わかったょぅ……」
嫌がらせをしているのは銀熊邸か……。
その情報はリレイアに伝えるとして、とりあえずこのゴロツキをシメとかないとね。
私は彼らの背後からそっと近づく。
「お、お前はさっきあのガキと一緒にいた――うっ!?」
皆まで言わせず、私はゴロツキ達の首筋に手刀を落とし、彼らを昏倒させた。
浜に埋めてやろうかと思ったが、死なれては寝覚めがわるいので、その辺の岩陰に転がしておく。
ついでにライゼ秘伝のクスリを飲ませる。
これでまる一日は目が覚めないはずだ。
紅龍邸に戻ると、爆発音につられてやってきた野次馬達が、ちょうど解散を始めているところだった。
壊されたついたてや湯船は、リレイアが魔法で岩の壁を出すことで応急処置をしたらしい。
せっかくだかろということで、私とリレイアは、再び露天風呂に入っている。
「ふーん……なるほどね……」
ごろつき達の会話をリレイアに伝えると、彼女はお湯の中に顔を半分沈ませた。
ぶくぶくと泡を立てながら思考を続けている。
「でもこれだけ良い宿なら、領主御用達とやらになってもおかしくないと思うんですけどね」
私はぽつりと呟いた。
思考に集中しているリレイアに聞こえているかはわからないけど。
ご主人が客サービスに向いていないということ以外、日本の温泉と比べても遜色ない。
もっとも、リレイアがいなければ、あのご主人はもっとめんどくさい人だったのかもしれないけど。
「きっとそれだわ……」
湯船から顔を出したリレイアは私を見て、にやりと笑った。
あ……嫌な予感。
「明日は銀熊邸に泊まるわよ!」
ざばっと湯船から上がったリレイアは、両手を腰に当ててそう宣言したのだった。
あんなに高いところに泊まったら、また無一文になっちゃうよ?
◇ ◆ ◇
キングサイズのベッドで並んで横になると、リレイアの顔が近くにある。
整った顔に同姓の私でも少しドキドキしてしまう。
「何かわかったことはある?」
私はリレイアに言われて、ご主人のことをいくつか調べてきた。
「ご主人がもと貴族というのは間違いなさそうですね」
「うんうん」
リレイアは予想通りという顔だ。
「お家騒動か何かで家督を奪われ、この街にやってきたようなのです。ちょうど経営の危うかった紅龍邸を買い取って、立て直したみたいですね」
「それにしては、老舗のご主人感は出てたわね」
「もともと身内に厳しく、平民に優しい、貴族にしては珍しいタイプだったみたいです。それだけにかなり苦労していたとか」
「なるほどね……。そりゃあ家庭内でもめたかもね……」
貴族とはそういうものだと言いたげだ。
「ありがと。参考になったわ」
「はい」
この情報をどう使うのかはリレイアに任せよう。
「それで、今夜はどんな話をしてくれるの?」
この時だけは、年相応の少女のような表情になる彼女である。
「そうですね……」
私は今日食べたクラーケンの酢漬けを思い出していた。
「故郷の料理の一つ、お刺身について話しましょうか」
「ユキの郷土料理は随分と色々あるのね。これまでたくさん聞いたのに、まだネタがつきないの?」
こちらの世界に比べると、料理の種類は豊富だろう。
特に日本は、世界中の料理が食べられるしね。
「刺身というのは、魚やクラーケンを切って生で食べる料理です」
「クラーケンを生で……?」
リレイアは『正気なの?』みたいな目でこちらを見てくる。
「醤油やわさびといった調味料を使うのですが、とても美味しいんですよ」
「でも……結局生で食べるだけなのでしょう?」
「新鮮なお魚だととても美味しいんですよ。処理の仕方に技術があるらしいです。くさみなんかもそれでだいぶ違うとか」
「新鮮じゃないお魚なんて、そもそも食べられないんじゃ……」
たしかに、こちらの保存技術からするとそうか。
塩にがっつり漬けたり、一部の金持ちは魔道士を使って凍り漬けで運んだりするらしいけど。
「あちらの世界だと高級品だったんですけどね」
「不思議だわ……。生の魚を美味しくする特別な技術でもあるのかしら」
「調味料はポイントかもしれませんね。醤油やワサビを使うのですが……こちらだと手に入らないでしょうね」
醤油の作り方は、小学校の社会見学で工場に行った時に教えてもらったくらいだ。
とてもじゃないが、自分では作れない。
考えてみれば、なにもつけずにそのまま生魚を食べても、あまり美味しくないかもしれない。
超高級な魚なんかだと違うのかもしれないが、私はそんなもの食べたことはない。
「ちょっと信じられないけど、もしそのショウユやワサビというのが手には入ったら試してみたいわね」
「ふふ……きっとびっくりしますよ」
子供は刺身を苦手とする場合も多いけど、というのは心の中だけで付け加えて置いた。
口に出すと怒られちゃうからね。
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