違いの判る男達

そうざ

Men who Understand Value

 G財閥の創業者G氏のバースデー・パーティーは、各界の著名人を招待して盛大に執り行なわれていた。

 会場である豪邸の大広間には、G氏自慢のコレクション――絵画、彫刻、陶磁器等々、古今東西の芸術品が事もなげに飾られている。特に系統は感じられず、単にG氏の財力を誇示する為に収拾されたものだったが、招待客は競うようにその素晴らしさを称えるのだった。

 G氏が御年八十歳とは思えぬ快活さで招待客の一人一人に挨拶をしていると、一人の青年が不意に声を掛けて来た。

「素晴らしいコレクションですね」

 その見窄みすぼらしい身形みなりは、青年がパーティーにそぐわぬ人物である事を物語っていたが、富豪のおこぼれにあやかろうとする物乞い同然のやからに共通する卑屈な物腰は微塵も見受けられず、むしろ堂々とした立ち振る舞いだった。

 G夫人が眉をひそめるのを余所よそに、青年は壁に飾られた絵画を指差した。

「この絵を譲って頂けませんか?」

 G氏は、その不躾ぶしつな物言いに幾らか面食らったものの、直ぐに自慢気に言った。

「これは先頃、フィンセント・ファン・ゴッホの新発見作品と認定されたもので、私のお気に入りの一枚なんですよ」

「勿論、只でとは言いません」

 青年は間髪を入れずにそう言うと、ポケットからくしゃくしゃの百ドル札を取り出した。

 二人のやり取りを目の当たりにした招待客達は皆、薄ら笑いを浮かべている。誰もが稚拙な冗談と考えていた。G夫人は相変わらず眉をひそめるばかりだ。

「一つ質問をして宜しいかな?」

 G氏が冷静に訊ねた。

「どうぞ」

「貴方は芸術をどんなものだと定義しますか?」

「世間的価値観に帰納されず、己が良いと思ったもの。それが唯一の芸術です」

 その知ったような口振りに、招待客から失笑が漏れた。しかし、青年は何の動揺も見せず、逡巡の欠片もなく言葉を繋ぐ。

「この絵はこの紙幣かみきれ一枚と同等の価値ですし、その他の作品は全て芸術的価値がありません」

 次第に招待客の顔が曇り始めた。青年が本気である事が理解され、身の程知らずの若造め、と今にも誰かが食って掛かりそうな雰囲気になった。

 G氏は百ドル札を手に取ってまじまじと見詰めると、青年に握手を求めた。

「――商談成立だ」

 一転、会場がざわめきに包まれた。幾ら大富豪のG氏とは言え、初対面の青年に高々百ドルでゴッホ作品の売却を承諾したのだから無理もない。

 満面の笑みを湛えたG氏に、青年は初めて笑みで応えた。


「こんなに不愉快なパーティーは初めてですわ!」

 パーティーの後、G氏は夫人の憤懣ふんまんをBGMに百ドル札を眺めていた。

 これまで、G氏のコレクションに紛れ込んだを見抜いた者は居なかった。誰もがG氏の財力を盲目的にあがめ、媚びへつらい、疑う事はなかった。G氏はそんな連中の愚かさをわらう為に贋作を忍ばせているのだった。

 そんな中、あの青年だけが見事に真贋を見極めた。しかも、その事実を声高に指摘する事なく、絵のに見合う金額を提示したのだ。

 G氏は、青年のスマートな振る舞いと、何も知らずに嘲笑う招待客の滑稽さとに、いつまでも酔い痴れた。


 一方、パーティー会場を後にした青年は、絵を小脇に抱えながら軽やかに夜道を歩いていた。

 青年は確かにこの絵が贋作である事を見破っていた。そして、贋作と知りつつ本気でこの絵を気に入っていた。青年にとってこの絵は本物同様の、いや、それ以上の価値を有した精巧な芸術品にせものだった。だからこそ相応しい対価を支払ったのだ。

 青年が渡した百ドル札は、それこそ芸術に値する程の精巧さを持った偽札だったのである。

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