ゴキテンプ

そうざ

lure Cockroaches

 このアパートに引っ越して来た当初は、その昭和然とした古めかしい造りにおもむきを感じていたが、夏が近付くと洒落にならない数のゴキブリが出るようになり、閉口している。


「だったらこれを試してみて。つい最近、卸の業者さんが持って来た新商品なんだけど」

 近所にある雑貨店の小母おばさんが紹介してくれたのが〔ゴキテンプ〕だった。

 商品名の由来は『ゴキブリを誘惑テンプテーションする』、略して〔ゴキテンプ〕である。台所の隅等に置いて使用するオーソドックスなゴキブリ駆除器具だが、製造元は聞いた事のない会社だった。パッケージデザインと言い、器具の形状と言い、使用法と言い、明らかに大手メーカーの製品をそのままパクっていて、如何いかにもインチキ臭かった。

 ところが、効力は覿面てきめんだった。一晩の内に六匹ものゴキブリを粘着液にまみれた無様なむくろにし、誇らし気に成果を提示してくれたのだ。


「そう、そんなに効果があるのぉ。私も最初は半信半疑のまま仕入れたんだけどね」

 小母おばさんは感心しつつ驚いていた。

「面白いくらい捕れるんですよ。毎朝、首尾を確認するのが愉しみなくらいで。今日も新しいのを買い置きしようと思って来たんです」

「在庫はこの通り沢山あるから、好きなだけどうぞ」

〔ゴキテンプ〕は店頭のワゴンに山と積まれていて、気前良く値下げされていた。

「ご近所の方々は〔ゴキテンプ〕の事を知らないんですか?」

「皆さんにお勧めしたんだけど、どうも今年はどのお宅もゴキブリが出ないらしくてね。うちも必用ないのよ」

「へぇ~、羨ましい」


 その後も〔ゴキテンプ〕は確かな成果を上げてくれた。

 毎日の捕獲数を記録してみた。六匹、七匹、十匹、八匹、十二匹――増減しつつも右肩上がりで、遂には駆除器具本体に入り切らず、台所の床にこぼれ出していたり、はたまた評判のラーメン店宜しく器具の前に死骸の行列が形作られるまでになった。

 これは幾ら何でも気味が悪い。私はまた雑貨店へ出掛けた。

「綺麗になって良いじゃない。その内、地球上から根絶されるんじゃないかしら」

 そう言って、小母おばさんは快活に笑った。


 或る日、テレビの情報番組がゴキブリの特集をしていた。最近、ちまたからゴキブリが姿を消していると言う。近隣のお宅だけでなく、全国的な現象らしい。原因に関しては専門家も首を捻るばかりで、未曽有の天変地異が起きる前兆と噂されているものの、ゴキブリが居なくなって困る人は皆無なのだし、人類とゴキブリとの永年に亘る闘争にいよいよ幕が下ろされるかも知れない、と番組は締められた。

 それなのに、我が家の退治数は鰻登りである。

〔ゴキテンプ〕は、の購入を待ち侘びながら今日も店頭で山積みにされている。

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ゴキテンプ そうざ @so-za

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