夢の行く末

そうざ

Whereabouts of Dreams

 思った通り、Uは深夜の埠頭に姿を現した。少々疲れた面持ちだったが、人懐っこい笑顔は少年時代のままだった。

「やぁ……」

「よぉ……」

 たった一言ずつの挨拶が二十年の間隔を一瞬にして縮めた。僕達は、思い切り互いの肩を叩き合い、再会の実現を噛み締めた。

 係船柱ボラードに寄り掛かったUは、何やらくしゃくしゃの紙切れを僕に差し出した。それは小学校の卒業文集から『将来の夢』というページをコピーしたものだった。初心を忘れぬ為にいつも所持しているのだと照れ臭そうに説明したUは、おもむろに僕の『将来の夢』を読み上げた。

 僕の夢――それはマジシャンだった。

「ぶきっちょのお前がまさか本当に夢を叶えるなんて、吃驚してるよ」

 Uは我が事のように喜んでくれたが、僕の内心は複雑だった。自他共に認める不器用な僕が、世界を股に掛けて活躍するマジシャンになれた理由――僕は夜空を見上げた。

 夢とは、言わば何光年も離れた星が放つ光のようなものだ。今この身を照らす光はうの昔に放たれたものに過ぎない。星そのものは既に砕け散っているかも知れないのだ。僕が掴んだ夢は、実体を持たない幻の光だ――。

 Uがゆっくりと立ち上がった。僕は視線を逸らしたまま問う。

「……もう行くのか?」

「ああ、俺は一所ひとところに落ち着ける身じゃないからな……」

 Uは、苦笑い混じりに呟いた。

 かつて『将来の夢』に『ヒーロー』と記した少年は、今や世界を相手に暗躍するテロリスト――『ダーティ』という形容詞を冠した『ヒーロー』として逃走を続けているのだった。

 僕達は、昔も今も、そしてこれからも親友であり続ける事を誓い、最後に固い握手を交わした。

「それにしても、俺が国内に潜伏している事がよく分かったな」

 Uの当然の疑問に、僕は無言で応えるしかなかった。

 次の瞬間、身を潜めていた警官隊が一挙に駆け付けた。逃げようとするUの手を、僕は決して放さなかった。

 連行されて行くUが一瞬、色んな感情がぜになった目で僕を見た。僕はもう顔をそむけなかった。

 そして、心の中で叫んだ――さげすんでくれ、マジシャンを隠れ蓑に公権力のいぬに成り下がっている僕を、遠隔透視能力ちょうのうりょくをマジックと偽っている僕を、親友を売った僕を――。

 警官に敬礼されながら、僕は幻の光を仰ぎ続けた。

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夢の行く末 そうざ @so-za

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