食らえば転ず
青空一星
食い違い
俺は食うのが好きだ。やっぱり食うんなら身がパンパンに詰まったやつがいい。ほっそいやつを噛んだってちゅーちゅー吸うくらいしかできないだろう?そんなつまらん事をしたくはない。食っては寝て、起きては惚けて、そんでまた食って寝る。至高のぐうたらこそ、人が生きる意味だ。だらーっとしてりゃあ自然と時間は過ぎてってくれるんだ。何にも困る事なんか無い。困ったんならその時に解決すりゃあいい。それまではお気楽でやってた方が長生きできるさ。
そんな俺が今日食うのはこれだ。緑の単色にポキッとすぐ折れそうな針を出してる植物。そうサボテンだ。どうやら多肉植物ってやつらしく、植物だのに肉だとぬかしやがる。なら俺が食って確かめてやろうと思ったのさ。店主は仙人だか覇王だかと怯えてやがったが、一体こいつのどこにそんな大層なもんがあるってんだ。この針がその証拠ってか?笑わせる。こんな細ぇ針は威嚇にだってなりゃしない。魚の小骨と同じで噛み砕きゃあ無ぇようなもんだ。
木材で温かみのある机、そして赤茶の鉢植えにドカッと植わっているサボテンを見下し、男が何やら喚いている。そんな事を言う前にさっさっと食らえばいいものを、中々手をつけずにいる。この男、物への好奇心はそれなりだが向上心というものはまるでない。以前に魚をそのまま食い、小骨を喉に刺さらせたのも忘れて大口を叩いている。
おっ、どうやら男がサボテンへ手をつけるようだ。男の手はわざわざ針など怖くないと言うかのように上からわしっとサボテンを覆った。途端
「ぎゃああ!!」
男は飛び上がった。まあまあの勢いで掴んだようで、針が薄く皮膚を破って血を出させている。
「こんちくしょうめぇ」
サボテンの堅い針の先には男の血が薄っすらと滲んでいる。それに少し怯んでか、男はじいっとサボテンから距離をとって睨んでいる。
くそっ!あんな弱っちい針なんぞが俺を痛がらせやがって…イライラする!飾り気も無ぇ、華も無ぇ、動きもしなければ口答えもしねぇ。つまらねぇやろうの分際でコケにしやがって頭にくる。
男はペンチを取り出して針を抜こうとする、が針はビクともしない。そればかりか鉢を抑えていた手が滑り、針が手に食い込んでしまった。堪らず男は絶叫するが、そうそう痛みは引くものではない。もう放っておくなり見向きもしなければいいものを、見苦しくも一矢報いようとしているようだ。
痛ぇ、痛ぇなちくしょう。くそったれが!こうなったら何が何でもその澄ました顔を歪ませてやる!
そうすると男はサボテンを舐め始めた。針が当たらぬように、そうっとそうっと舐める。卑しく、下衆な笑みを浮かべて、ベンロベンロと舐める。細かく分かれた針を持つサボテンではないから、このように隙間へ集中するとそうそう刺さらない。サボテンはというと表情が伺えない、始めから乾いた様子で男に構ってやっている。男はそんな事にも気付かず、気を良くしたようだ。
もう肌は充分堪能してやった、やつも流石に堪えた事だろう、いい気味だ。さて、そろそろ食らってやるとするか。
男は食事の時、いつも使うご自慢のナイフを取り出した。これで自分の思うように食材を捌いて口へと運ぶのだ。味がどんなものかは関係がない。そもそも味わってすらいない。自分がそれを食らってやったという事実が男にとっては快感なのだから。
男がナイフを刺し込む、
「なんでだよッ!なんでだよッ!!」
だがナイフは通らない。これまでの食材達は男を哀れに思い、その刃を受け入れてやっていたが、このサボテンは男にとってどうあっても扱えない代物だったのだ。
「くそがああ!!!」
男は頻りにナイフを突き立てる。だが一切刃は通らない。無情にも男の付けた唾液の上を滑っていくだけだ。
「ふざけやがって!ふざけやがって!!」
芸も無く、男は同じ動作を繰り返し続ける。そこへ
スッと針が空を切る。
それは男の一切の動作も意に介さず、鋭く、胸へ食い込んだ。
「ぐああぁああ!!!!」
男は針を抜く暇もなく、貧相に傷んだ畳の上をのたうち回る。何が起こったのか理解ができず、必死に痛みの原因を探す。
どこだ、どこだ!痛ぇ、痛ぇ、ちくしょうちくしょうちくしょう。なんでこうも上手くいかねえ、なんでこうも酷ぇ事ができる。あぁ酷えよぅ、酷えよぅ。ここまでしなくったっていいじゃねぇか、俺ぁそんなにしなかったってのに、こんなのってないぜぇ。針はどこだ、あの忌々しい針はどこへいった…あった!こんな所にあった。こんなもん引き抜いてやる。
男は力むが中々抜けない。抜こうとすればするほど痛みが増す。針が細いものだから掴み難く、余計に手間取らせている。醜くジタバタと藻搔くがそれは空回りに終わる。
その様子をサボテンは見てすらいない。自分の針を飛ばすという滅多にやらぬ事をやったからか溜め息をついている。何故サボテンがそれほどの事を男なんぞにしてやったのか。男に腹が立ったからか?鬱陶しかったからか?それは私なんぞには分からない。サボテンなど触れた事も無いし、況して心の声など聞いた事がないのだ。ひとがサボテンの考えなど分かる訳がないだろう。分かるとするなら、それは同じサボテンだけだろう。
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