テディベアな美少女様に甘々に依存させられてしまいました
そらどり
0 テディベア依存症になってしまいました
テディベアというものをご存じだろうか。
ふんわりとした毛並みやつぶらな瞳を有し、短い手足がちょこんと前に置かれている、愛くるしい見た目をしたくまのぬいぐるみ。ぬいぐるみの中でも群を抜いて人気を博している存在であり、庇護欲を駆り立てるそれに夢中になる人も多い。
都会の喧騒に疲弊した者でも、常日頃からストレスを感じている者でも、一度胸の中に抱けばイチコロだ。不安や苦しみを忘れさせてくれる癒しの存在に出会ってしまえば、知らぬうちに虜になっていることだろう。
それほどまでにテディベアというぬいぐるみは、可愛らしくて、心の支えになってくれて、離れ難くて、いつしか甘く依存してしまう。
(ほんとに、いつからこうなっちゃったんだろな……)
依存というのは無自覚なもので、当たり前に思えてきた頃になってふと違和感に気づく。
いつから手放せなくなったのか。どうして抱いてしまうのか。本能が求めていると言えばそれまでだが、どうしても理由を言語化したくなる時期が巡ってくる。彼の場合、それが今日であったというだけの話だ。
こじんまりとした部室。壁一面には本棚が設置され、窓際に置かれる机と椅子は互いが正面を向くようにそれぞれ組み合わされている。正面の二つは空席で、窓側の席に二人は座っていた。
決して座り心地がいいとは言えない。教室で余った一式を譲り受けた立場らしいので文句は言えないが、足の高さがあっておらず、重心をずらす度に軋んだ音が静かな空間で反響する。
それでもギリギリまで近づけて、二人密着して座っている。もたれかかってくる彼女を全身で感じながら、彼―――
特別なにをする訳でもない。
蒼生に身を委ねながら彼女は小説を読んでおり、蒼生もまた、そんな彼女を受け止めながらスマホをいじっている。一枚また一枚と、紙をめくる音が聞こえるのみで、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
でも不思議と気まずさは感じない。むしろ身を寄せ合うのが心地良いと知ってからは、こうしていないと落ち着かなくなってしまった。
ブラウン色の髪がふんわりとさざめき、甘い香りが淑やかに漂う。頭をクラクラさせるような魅惑的な色気を知って以来、蒼生の警戒心はものの見事に懐柔されてしまった。
窓の向こうでは空っ風が吹き荒れている。広葉樹の枝は為す術なく揺さぶられ、辛うじて残っていた紅葉は乱暴に引き剥がされてしまうほどに。
建付けの悪い窓の隙間から冷気が差し込む。すると丁度首筋に当たってしまったらしく、彼女は小さく身震いした。
(あ、ビクッてなった)
密着しているので、彼女の動揺がダイレクトに伝わってくる。寒さのあまり身震いしてしまう彼女の可愛らしさについ顔を綻ばせていると、恥ずかしさに耐えられなくなったのか、耳を赤くした彼女が沈黙を破るようにして振り返った。
「ち、違うから。ずっと本を読んでて疲れたから、ちょっと体勢を変えただけだから」
「へえ~そっかそっか~」
「絶対信じてない……全く、ほんとに意地悪なんだから」
口では不貞腐れるものの、向けられる眼差しに嫌悪の色は映っていない。ムッとした顔はそのままに、嗜んでいた小説を机の上に置くと、蒼生の胸元に頭を軽く委ねてくる。
そして、あたかも不機嫌を装いながら、彼女は上目遣いで訴えかけてきた。
「じゃあ、代わりに温めてよ」
「温めるって……具体的にどういう?」
「言われないと分からないの? 蒼生くんって変なところで鈍いわね」
文句を言いつつも、彼女は蒼生の右手に触れ……僅かに内側へと引っ張ると、自身の身を小さく丸めた。
その仕草を見てようやく理解する。彼女がなにを求めているのか。
「またか……ったく、分かったよ」
揺れ動く心を必死に押し殺して、蒼生は冷静さを取り繕いながら要求に従う。右手を彼女の方に回し、狼狽える彼女に構うことなく胸元に抱き寄せた。
椅子の軋む音が響く。しかしそれも一瞬の出来事で、僅かに息遣いが荒くなったかと思うとすぐに穏やかになり……次第に二人は静寂に包まれた。
彼女の顔は見ることができない。胸元に埋まっているせいというのもそうだが、それ以上に、体温がより伝わってくるせいで蒼生自身の余裕が全くなかったから。
心臓の鼓動が忙しなく早くなって、それが伝わってしまっているんじゃないかと思うと緊張してしまい、今にも逃げてしまいたくて、それでも彼女という存在が愛おしくて、もう頭の中が真っ白になっていた。
(あぁくっそ、こんな顔見られたら絶対揶揄われるってのに……)
頼むから顔を上げないでほしい。そう懇願しつつ蒼生は視線を彷徨わせ……不運にも目が合ってしまった。
咄嗟に(というより慌てて)すまし顔を演出する蒼生。だがその全てを隠し切れてはいなかったらしく、悪戯めいた言い方で彼女から指摘を受ける。
「ふふっ、耳赤くなってる」
「……お前こそ」
増幅する羞恥に堪えてなんとか言い返すものの、彼女に「そうかもね」と苦笑され、あまつさえ受け流されてしまった。
肉を切らせて骨を断つとでもいうのだろうか。蒼生の腕の中で抱かれる彼女は今も頬を紅潮させたまま嘲笑していて……なんだかズルいと思ってしまう。
辱めを受けたなら相応の辱めを返してやりたい。そう思った蒼生は、お返しとばかりに手で頭をポンポンとする。直前で「形が崩れるから髪を撫でるなとか言われるのでは?」という冷静な思考が頭を過ぎったが、ええいままよと強行した。
「あ……」
予想外だったのだろう、彼女は小さく吐息を漏らし、大きく目を開かせたまま硬直してしまう。
すっかりしおらしくなると、次第に俯き、きめ細かな髪先を人差し指で弄り始める。その可愛らしい仕草に、かえってこちらまで恥ずかしくなる。
(揶揄ったつもりだったんだけどな……)
余計に辱められてしまった。
思わず悶々としていたところ、唐突に「ねえ」と声を掛けられて、蒼生はハッとする。流石に髪に触れるのはマズかったらしい。慌てて手を放して「ごめん」と謝った。
だが……
「なんで離したのよ……?」
「あ、いや、髪は色々とマズかったかなって」
「私、やだって一言も言ってないのに」
「で、でも、されたくないだろ?」
「やじゃない。もっと撫でてよ……」
「お、う……」
純粋な素直なおねだりをされて、覚束ない返事になってしまう。
今まで揶揄われることは多々あった。泰然さを取り繕い、少しでも優位に立つために、挑発的な態度を取られてきた。
けど今の彼女は明らかに違う。余裕ない瞳を覗かせ、本能のままに懇願してくる。プライドとか羞恥心とか全部投げ捨てて、こうして甘えてくる。
今までに一度も経験したことのない、その愛くるしい見た目をした彼女に甘えられて……もう揶揄われているとか辱められているとかどうでもよくなってしまった。
(無自覚ってのが余計だろ……ったく、ほんとにこのお姫様は……)
もう耐えられない。庇護欲が止めどなく溢れ出して、応じなければこっちまでどうにかなってしまいそうになる。
彼女に応えてあげたい。艶やかな髪に手を添えて、頬を紅潮させる姿に見惚れ、いつまでも腕の中に収めていたい。
こんな風に彼女に依存してしまうなんてどうかしている。そう思っても手は既に滑らかなブラウン色の髪を掬っていて……肩を震わせて喜ぶその幼気な姿に、蒼生は愛おしさを噛み締めた。
いつからこうなったのだろう。
彼女の魅力に取り憑かれ、縋って縋られ、もはや彼女なしでは生きられなくなって。
自分勝手な独占欲がとめどなく溢れて、そんなことばかり考えるようになった自分に驚いて。
彼女を知って、知らない自分も知って、また顔が熱くなる。数か月前までは、こんな風になるなんて思ってもみなかったのに。
視線の先には「ふふっ」とはにかんで笑う彼女がいる。そのあどけない姿に和まされながら、蒼生は彼女―――
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