ハロウィン

夕日ゆうや

第1話 ハロウィン

 今日はハロウィンだ。

 外の町並みには仮装をした大人たちがたむろっている。

 アニメのキャラ、お化け、ヴァンパイヤ、ジャックランタン。

 様々な形で目にも鮮やかな彩りを与えてくれる。

「おー。下界はそうなっているのですね」

 両親の働きっぷりもあって高層ビルの最上階から地上を眺める俺と、妹の愛紀あき

 まるで地上はゴミのようだ。

「ここでお兄ちゃんにプレゼントですぅー」

 愛紀は面白半分に笑い、執事服を取り出す。

「俺に、仮装しろ、と?」

「へへん! お兄ちゃんだけじゃ不公平だと思い、わたしもコスプレして見ました!」

 明るい顔で、とあるアニメのとあるサキュバスの姿で近寄ってくる愛紀。

 大きな胸を包み込むように押し上げた黒く露出の多い上下。尻尾も生えている。

「け、けしからん! 父さん、そんな子に育てた覚えはありません!」

「育ててもらっていないからね。ほら気になるでしょ?」

 そう言って愛紀は胸元に指をやり、その頂きをチラリと見せてくる。

「ひ、卑怯だぞ! 俺はそんな手には乗らないからな!」

 俺は愛紀から視線を外し、実質に戻る。

「なら――イタズラしちゃうぞ♡」

 語尾にハートマークをつけて寄り添ってくる愛紀。

 そこには家族愛、兄妹愛とは違う何かがある気がした。

 だから俺はそのまま寄り添う愛紀を突き放すことができずにいた。

「今日はパパも、ママもいないよ。ねぇ? 楽しいことしよ?」

 妖艶で実に性的な表現に、目がくるくると回ってくる。

 心因性のめまいだろうか。

 確かに目の前にいる妹はとても可愛くて美人さんだ。

 あどけなさを残した整った顔立ち。明るく染め上げた長い髪がエアコンの風でなびく。

 形の良い唇が動く。

「わたし、お兄ちゃんにイタズラしたいの……」

 甘い吐息に俺の理性がぐらつく。

「ダメ、かな……?」

 愛紀はその豊満なGカップを俺の腕に当ててしがみついてくる。

「ほら。わたしなら準備、できているよ?」

「だぁー! 分かった。で、何をすればいい?」

 心が折れた俺は頭を抱えるようにその場から離れる。

「やった! じゃあ、執事の格好して」

 愛紀が取り出してきた洋服は外国風のエセ執事だ。

 白い目をしながら、自室で着替えると、愛紀が興奮冷めやらぬ様子でドア越しに声をかけてくる。

「お兄ちゃん。終わった?」

「ああ。いいぞ」

 ドアを開けると、そこには喜色満面の愛紀が立っていた。

「お。いいねー。ダウナー系でやる気が感じない感じ。さすがお兄ちゃん」

「なんだか、バカにされた気分なのだが」

「じゃあ、今度はこっちの黒の剣士を!」

「おいおい。マジかよ。まだあるのか?」

 すっーと指が谷間に向かう愛紀。

 妹の衣服をはだけさせる兄がどこにいる。

 それは絶対にあってはいけないこと。

「分かった。分かったから!」

 俺は本能と戦いながら、次の衣装を見やる。

「あ。その前にカメラね」

「ま、まじか? この格好を残すのか?」

「ええ。もちのろんよ!」

「マジカー」

 俺は諦めの境地を超えて冷めた目で愛紀を見やる。

 こいつやると決めたら変える気がないんだもんな。昔からそういう奴だったもんな。

「ほら。次のに着替えて」

「はいはい。分かったよ」

 俺は次の衣装に着替える。

 ドアを開けるとそこには、ピンクのトップスに黒のスカートでフリルもある、つまり――俗に言う地雷系コーディネートをした愛紀がいる。

「お前も着替えたのか?」

「どう? 可愛い?」

「あー。すごっく似合っているよ」

「ふふ。良かった」

 そしてすーっと目を細める愛紀。

「お兄ちゃんもやるじゃん!」

 俺が着ているのは和装。

 はだけた衣服からは腹筋が見えている。

 普段から筋トレをしていて良かった。

 ばっきばっきのシックスパックをしていて安堵を覚える。

「しかし、この姿……」

「いひひ。わたしはこれからイタズラしちゃうぞ♡」

「これで終わりじゃないのかよ。たくっ」

 俺の唇に指先を当てて自分の唇に持っていく愛紀。

「間接、キスだね。お兄ちゃん」

「は? はぁ……!?」

 兄弟で未だ間接キスしたことがないなんて話はない。

 普通の兄妹なら。

 でも俺と愛紀はここにくるまで、様々なことがあった。両親の離婚により引き裂かれてから、一度も会っていなかったのだ。

 そんな俺たちは感動の再会を果たした。

 俺が最初に見たときの感想は「清楚で、大人しい、妖精のような子」だった。

 それは今でも覚えている。

 だから、いつの間にか、俺にべったりな愛紀は見慣れていない。

 それもここ数日で変わってきた。

 俺と愛紀の再会は高校一年生になってからだ。たまたま出会い、父が大慌てしていたっけ。

 父は別れた妻とも定期的に連絡をとっている。それはお互いの子育ての相談だったり、月に一度の面会だったりを想定しているから。

 でもそれももう俺にはどうでも良いこと。

 目の前に愛紀がいる。

 彼女が生きて目の前ではしゃいでいる。

「さ、いこ?」

 短い文の中に様々な感情が入り乱れている。

 それを落ち着けるためにも、深呼吸し、俺と愛紀はマンションの一階、その外に出た。

 みんなのハロウィン衣装に紛れて、俺の剣士、愛紀のアニメキャラ・地雷系が紛れていく。

 愛紀と出会ってからのこの二年はとれも素敵な日々だった。

 今なら自信を持ってそう言える。

 ハロウィンは人を惑わす魔法の日なのかもしれない。

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ハロウィン 夕日ゆうや @PT03wing

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