第4-2話 <同盟と亡命>
「……仮に、怪物が必要に僕を狙ってくるとして、家とか地下は安全なんでしょうか?」
スタンリーの問いに、イーデンは静かに首を振ると、
「安全とは言えません。私たちも分かっていないことが多いんですよ、あの怪物に関しては。ですが、星を超えて追いかけてくることはないと思います」
「むろん、確証はないがな」
「……」
フローレンツの言葉がイーデンの説明に対する説得を破壊したような気がした。
そういえば昔、それこそ小学生の頃に動画配信サイトで見たSCPにそんな奴がいたような覚えがある。何という名前だったか、顔を見られらた死ぬまで追いかけてくる恐ろしい奴で、あの時は
「つまり……僕ら兄妹の命を守るために亡命する……ということですか」
「その通りだ」
フローレンツが頷く。
「パーディット君にとって悪い話ではありませんよ。少なくとも騎士団国はここよりはるかにいい暮らしができますし、何より深淵隊や怪物の
「そう、ですね……ただ……」
イーデンの言葉にスタンリーは目をつむり、腕を組んで考えてみる。
その言葉は天まで伸びたクモの糸のようにも、もしくは悪魔のささやきのように聞こえてしまう。いや、普通の考えで言うなら、すぐにでも同意して亡命することが良いのだろうし、表現としては天まで伸びるクモの糸が正しいだろう。
ただ、スタンリーにはどうしても首を縦に振ることができない理由があった。 それは、生き地獄のような世界に比べればどんな場所でも住み心地は良いだろうし、例え亡命先で刑務所に送られても今いる深淵領よりはマシな環境だと自信をもって言えると思う。
ただ、両親の存在。それが唯一にして最大の心残りであった。
あの時、深淵隊が家に押し入ってきて両親を連れ去っていった。そう、あくまで連れ去っていったのだ。もし、浄化することが目的なら、あの場で銃殺することが深淵隊の常とう手段であり、わざわざ連れ去ったというのなら、もしかしたら……という希望的観測が兄妹のうちわにあった。たとえそれが絶望的だと言えど、わずかな望みとして両親はどこかで生きているのではないか、というわずかな望み、希望こそがこの世界で絶望に打ちひしがれて死という選択肢を択ばずにいられる精神的な支えでもあった。
殺された。でもそれを信じられる根拠はない。いわばシュレーディンガーの猫のように、不確定要素に過ぎないのだ。死体が見つかるまで、死んでいるか生きているか分からない。
長い間離れ、そしてもはや生存も疑わしい状態だったとしても、住み慣れて思い出深い家を捨てて、親の庇護失くして新天地に向かうことはどこか拒否感を感じずにはいられなかった。それがワガママなのか、それとも別の何かなのかは、もはや分かりそうにもないが。
しかし、それはあくまで兄妹……いや、もしかしたらスタンリーだけの思いなのかもしれない。最悪な結果から目を逸らせる方法としての生存説であり、それをレジスタンスのメンバーに白状するだけの勇気も、信用は今のスタンリーにはないと言える。
「……少し考えさせてもらえませんか?」
だから、そう答えるのが精いっぱいだった。
普通なら、こんなおいしい話喰いつくかもしれないが、それに素直に結論を出せないスタンリーは訝しがられてもおかしくはないだろう。だが、少なからず言えない事情があるだろうこと悟ったメンバーらは、深く追求することも、問い詰めかけるような言葉を口に出すことはなかった。
「……そう、ですね。わかりました。急な話ですし、
イーデンはそう言いつつも、腕を組み考え込むようなそぶりを見せながらこうも語る。
「……ただ、亡命するタイミング……それこそ輸送船の降下日などもありますから、なので結論は一週間以内に出してください。行けそうですか?」
「……なんとか、頑張ってみます……」
「えぇ、今はそれで構いません」
とは言いながらも、スタンリーの頭の中は揺れている。が、それ以上に解決しなければならない問題があったことを、ふとフローレンツは思い出すと、
「しかし、イーデンよ。いずれにしてもスタンリー君の身柄の保護は必要なのではないか?」
そうイーデンに問いかけた。
「そうですね、実はその件でパーディット君にお願いといいますか、一週間ほど私たちレジスタンスを君の家に泊めていただけないでしょうか?」
「僕の家に?」
「はい。主に君の護衛を兼ねて、ですね。いつ襲撃されても対応できるように……と言いたいところですが、果たして私たちの攻撃手段で反撃が可能なのかは不明ですけど」
「……怖いこと言わないでください」
曖昧なほど怖いことはない。
「ハハハ、大丈夫ですよ。少なくとも通常武器は効いているはずですから、追い払うことはできますから……。話は少し戻しますけど、パーディット君がいつ結論を出してもいいように、連絡係としての役割もありますね」
「……あの、僕は構わないんですが……」
その後の言葉をスタンリーは語ることができなかった。それは言いかけた口が固まり、それはその場に漂う妙に重々しい雰囲気と混じることで沈黙へと進化する。
「……そうですね。やはり複数で押しかけるのは大変ですし、それでしたらフローレンツ君だけならどうですか?」
その重々しい沈黙を破ったのはイーデンであった。
「ん、俺か?」
「はい。やっぱり不測の事態……それでこそ、怪物のみならず、深淵隊による浄化からパーディット君らを守る必要はあると思いますよ」
「深淵隊が……」
もはやアレルギーのように、深淵隊という言葉が痒みと拒絶感を伴わせてくる。
「君だけでも護衛はできるでしょうし、レジスタンスのメンバーが近くにいた方が、不測の事態の際に、連絡が密に取れ動きやすくなるでしょう?」
「それは、まぁ、そうだが……」
フローレンツはチラリと横目でスタンリーの方を見る。恐らく当人の意思を無視して答えを出してよいものか、という迷いからの行動なのだろうが、
「……まぁ、一人だけなら、何とか……説得する必要はありますけど……」
「えぇ、それで構いません。では、最終決定は一週間後として、その間よろしくお願いしますね、パーディット君」
「……はい、よろしくお願いします」
スタンリーとイーデンの両名は握手を交わす。しかし、イーデンはともかくスタンリーは半ば夢物語を見ているような気分であった。
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