第4-1話 <同盟と亡命>

「亡命……⁈」


 フローレンツからの思いがけない提案に、スタンリーは驚きのあまり声がわずかに裏返り目を見開いているのを見ながら、フローレンツは深く頷くうなずく


「そうだ。現在騎士団国を始めとする帝国同盟が、深淵領の住民の亡命支援事業を行っているのは知ってるか?」

「はい、なんとなくは……」


 ”帝国同盟”

 帝国とその構成国である騎士団国、各自治領、植民地によって形成される軍事同盟の名称で、渾名あだなは“深淵隊被害者の会”。軍事同盟としての側面が強い帝国同盟だが、同時に深淵領からの亡命あっせん事業、深淵領住民への物資支援を行っており、今いる配給所の物資のほぼすべてが同盟の提供によって成り立っている。


「亡命支援と言って、いまだ何兆もいる深淵領の住人を逃す手段を現在の帝国は持ち合わせていません。時間も費用も人材も足りないのが帝国の実情なんです。なので現状は、深淵領の処遇しょぐうを含めた対応を、騎士団国に委任しているようですね」

「そもそも、帝国自体も五日間戦争の傷を完治できてるわけじゃないからな。なんだかんだ帝都で7桁死傷者数出てるほどだ」


 7桁というと数百万人なのだが、地方都市が一つ消滅するレベルと考えると、やはり深淵隊は頭がおかしい。それでも都市機能が維持できる帝都も帝都だろうが……さすがエキュメノポリス(都市惑星)。


「一応、騎士団国は亡命者を基本的には受け入れてますね」


 イーデンは口髭くちひげを触りながら続ける。

 ”騎士団国”

 正式はリブデンスブルク神聖騎士団国。旧共和国連邦の跡地あとちのうち、深淵隊の全土支配を恐れた帝国は深淵隊を攻撃、その後、深淵隊から奪い取った地域に建国された国である。聖騎士王を元首とし、彼の軍隊である“聖騎士団”と“神聖騎士団”が統治する軍事国家は、帝国と深淵領との緩衝かんしょう地帯として攻撃を防ぐ役割を担う。また辺境領として帝国支配下にあり、帝国皇帝への忠誠を誓う(ちかう)。また亡命者の受け入れや、深淵領におけるレジスタンスの直接支援といった深淵領関係の全般を担っており、帝国の窓口機関と揶揄やゆされることもある。

 しかしスタンリーは、イーデンのその含みのある言い方に引っ掛かりを持っていた。


「基本的にということは、何か条件でもあるんですか?」

「いいえ、要するに深淵領に在住している生命体であれば問題はありません。さすがに、深淵隊員は除外されますけど。ただ、ですね……」

「ただ……?」


 急に口ごもるイーデン。


「亡命するには必然的に宇宙船が必要となってきます。当たり前ですが、深淵領で宇宙船が手に入る方法は限られてきますね。私たちのようなレジスタンスと接触して、騎士団国からの輸送船に乗って亡命するか、自前で宇宙船を用意するか、それとも難易度は高いですが深淵隊から奪うという方法もありますね。現実的ではありませんが……」

「奪えるんですか……⁉」


 スタンリーは驚きを持ってその言葉の真意を聞きなおす。


「はい、可能と言えば可能です。ただし、深淵隊と戦闘は避けられないでしょうけど」

「それはもはや無理ゲーなのでは……?」

「まぁ、ほぼ無理に近いだろうな。ってか、第一、そんなことしようもんなら報復は避けられんだろうがな……つまり、誰かが船を奪えば、その分殺される人が増えるわけだ」


 実際その眼で見てきた深淵隊の猟奇的りょうきてきな浄化行為を思い出し、この場にいる何人かは顔をひきつらせる。


「あの、それで、どうして僕を亡命させることになるんです?」


 スタンリーの疑問に何やら言いづらそうにしながら語るイーデン。


「……今のところ、私たちレジスタンスの方針としては基本的に生命にかかわる深刻な状態の人を優先に亡命支援を行っています……そうですね。例えばですが、浄化対象者や浄化地区に住む人、深淵隊に直接命を狙われ、逃れた人などですね。そういった人々を優先的に亡命させています」


 深淵隊の気まぐれで行われる浄化……という名の殺戮さつりくは、浄化の実行地区……つまり一つの町の区画全体を浄化地区と指定し、地区に住むすべての生命体は殺戮されるか、奴隷として連行されるか、それとも運よく生きながらえるかという運命を背負わせられる。

 それこそ、スタンリーの両親が連行されたのも浄化の一環と言えるだろう。


「で、俺たちが懸念けねんしていることに、スタンリー君。君が俺と出会う直前、例の怪物が今後君をつけ狙い、再び襲ってくる可能性があることなんだ」

「えっ……あの怪物って付け狙ってくるの⁉」


 半ば絶句気味に驚いているスタンリーは、同時に思考を巡らす。果たして、脳みそすらついているのか疑わしい獣のような行動をする怪物に、人をつけ狙えるだけの知能を有しているのか、と。


「いや、それは何とも言えん。俺たちもあの怪物に関しての情報は限られてるんだ」

「そのあたりの情報はある程度僕が話したよ」


 ようやく話しに交えると意気揚々いきようようとしながら店主は話す。


「といっても、僕もそんなに知らないから、通説程度の情報だけどね。ほら、深淵隊ではなく別世界のクリーチャーじゃないかという見方があるっていうと、奴らが音に反応するということをだね……」


 どうやら、名の知れた説らしく、—あれか……。と納得するレジスタンスのメンバーおよび、先ほど知ったばかりのスタンリー。


「それでスタンリー君。すこし遭遇した時の状況を教えてくれんか」

遭遇そうぐうしたときですか……」


 冷静に考えると、血まみれの怪物が襲ってくるという軽くトラウマになりそうな場面を、淡々と落ち着いた口調で説明するスタンリーだったが、話を進めていくうちにレジスタンスのメンバーの表情は曇る。


「なるほど……実はですね。怪物に二回ほど遭遇したメンバーがいるんですがね、やはり彼も同じような経験をしていましてね。本当にパーディット君と同じような経緯で遭遇しているんですが、彼の場合は撃退できたそうですが」

「えっ、スゴっ!」


 あの怪物を倒したのは普通に凄いと思うのだが、ただイーデンの顔色は暗かった。


「……ですが、問題なのは二回目に遭遇したときなんですよ。いきなり背後から襲われたそうです」

「……ん……?」


 スタンリーは首をかしげる。


「つまり、スタンリー君もそのメンバーも初めて怪物にあった時は、近づいて何かしらの音を立てて、ようやく気付いたようなニブチン野郎だというのに、メンバーが二回目にあった時は近づいても、ましてやメンバーが気付いていなかった状態で襲われたってことだ」

「付け加えると、怪物は眼が見えないようですから、遠くでメンバーを見つけて襲う……ことはありえませんからね。音に関しても、深淵領で生きたパーディット君ならわかるでしょうが、深淵隊に見つかる危険のある大きな音は出せませんよ」


 確かに、一般人であるスタンリーですら、この世界では特殊部隊のように隠密おんみつに行動しなければならないことは知っている。怪物もそうだが、何より深淵隊はヒトによる組織なため、目も見えて、音も聞こえて、気配を察知できる。快楽のために人を殺すような連中に気づかれるような行為をするメリットはない。


「そこで考えられる仮説として、怪物は執着心を持って獲物を追いかけるということが考えられますね。それも……例えばですが、犬のように嗅覚きゅうかくを持って追いかけてくる……とか、もしくは記憶力だけ並外れて優れていて、一度狙った獲物は直感……何と言いますか、第六感的に分かる……という可能性です」

「……あっ」


 そこでレジスタンスがしきりに亡命を進める理由が分かった。つまり、あの怪物が再びスタンリーをつけ狙って襲ってくる可能性が高いということだろう。外で襲われるならいず知らず、最悪の場合家の中に入ってきて襲う可能性も否定できない。そうなると、少なくとも同じ家に住む妹も巻き込まれるのは眼に見えていた。


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