第2-2話 <夢見る都市の悪夢の日々>

 あの少年は共和国連邦に対する殲滅せんめつ戦争を生き残った。しかし戦乱による混沌とした状態と、何より狂気の軍勢である深淵隊の侵攻は、既存の秩序から日常といったありふれたものすべてを奪い取った。

 まるで狩猟を楽しむように生命体を殺していき、その計り知れない被害。

 大宇宙の数ある戦史の中で最も悲惨高い五日間戦争は、いくつかの惑星を物理的に破砕し、いくつかの恒星がブラックホールかパルサー星として生まれ変わり、そこに住んでいた生命体は死に絶える。

 共和国連邦の跡地に住まう人々は、超新星砲の攻撃、反物質兵器、CBRNEシーバーン(C化学・B生物・R放射性物質・N核・E爆発物)といった大量破壊兵器による攻撃にさらされ、惑星の爆発とともに散っていったか、深淵隊による浄化の一環で無差別にかつ大量に殺害されていったか……。それらの惨いむごい攻撃に耐え、わずかに残った都市や地下へ逃れた人々もまた、干ばつ、台風、地震、火山噴火、放射性降下物といった自然人為的な猛威によって一日を生きるのがやっとだったという。

 少年もまた、生き残った住民として、飢えと深淵隊との戦いに追われることとなる。

 家族4人は攻撃後、無事に合流することができており崩落しかかった自宅ではなく小学校に避難していた。しかし深淵隊による地上降下と浄化政策からの避難のために、帰宅と潜伏活動を強いられていた。

 長くは続かない昨日と同じ日々。それは少年の両親が深淵隊に拉致されたことによって終焉する。突然現れた深淵隊に、ただならぬ気配を感じ取った少年の両親は二人を風呂場の天井裏、配管が張り巡らされたスペースに逃がすと、そのまま消息を絶った。

 残されたのは12歳に満たない少年と、11歳の妹とわずかな家財道具のみである。天涯孤独ではないが、本来親の庇護を受けるはずの子どもにとっては、重すぎる人生だった。


 しかし、初対面のフローレンツにすべて話すわけにもいかず、端的に両親が深淵隊にさらわれて恐らく殺されたこと、今は兄妹二人で生きながらえていることを伝えるのだが……。話を聞き終え、フローレンツと言えば壮絶すぎる体験に絶句気味していた。


「大変だったんだな……」


 そう声をかけてくるフローレンツがスタンリーを見るとき、その瞳には慈愛というか同情を浮かべているのが見え、スタンリーは慌てて首を横に振り、


「いえ、もう大丈夫……というより、慣れてしまったんで、もう気にしてないです」


 そう否定した。


「そうか。それでも、大変だったんだな。申し訳ない、不躾ぶしつけなことを聞いてしまって……」

「いえ、大丈夫です。まぁ、大変……といえば、大変でした。僕の場合は妹の存在が大きかったです。こう、守らなきゃいけない存在があることで、なんとか活力を見いだしていたというか……」


 恐らくだが、一人っ子でこの過酷な運命を辿ると思うと、多分耐えきれずに死んでいたいだろうと、スタンリーは考えていた。


「なるほどな……、しかし、そうなってくると君は一人で危険な外で物資を到達していたのかい?」

「はい、頼れる親戚も音信不通ですし……近所は……」

「あー、まぁ、そうだな。それもそうだ」


 多分だが、両親が連れ去られたあの時、マンションの多くの住人が同様に連れ去られたと思う。何人かそれを耐え忍んで住んでいる人は知っているが、階は離れ、面識もなければ、助け合うことはできない。というかそんな余裕がない。それは近所の人も同じで、仮に誰か生きていたとしても近所に構える余裕がある人など滅多にいるものではない。


「そういえば、フェルダーハイムさんはこんなところで何を……?」

「俺はまぁちょっと用事があって、その帰りだな。あぁ、あと、俺のことはフローレンツでいいぞ」

「用事……?」


 その言葉に引っ掛かりというか、率直な疑問が浮かぶスタンリーは、怪訝そうな表情を浮かべていた。見たところフローレンツは帰りと言っておきながら、大きな荷物やリュックサックといった鞄を持ち合わせていないので、怪訝に思ったのだが、そんなスタンリーの心情を察してか、フローレンツは、


「ハハハ、なに大したことじゃないし、疑わしいことはしてないさ」


 軽く笑い流す。


「あっ、すみません」

「いや、なに、君の警戒する気持ちも分からんでもないからな。いきなりこんな見た目の男に話しかけられて、しかも詳細を話さないとか、なんでお前外に出とるねん……! って思うのは……。多分、俺がスタンリー君の立場でも同じこと思っていただろうし」


 と言いながら、しばらくの間、右手をあごに当て考える素振りを見せたフローレンツは、


「わかった。君の護衛を兼ねて俺も配給所に向かうとしよう」


 思いがけない提案にスタンリーは驚いた表情のままフローレンツの顔を眺めた。


「まぁ、そんな驚いた顔をするな。俺も配給所に用事があって、そのついでに君の護衛をするという話だ。悪くはないだろ?」

「それは……そうですけど……ご迷惑では?」

「いやいや、迷惑云々で言うなら、君を助けただろ? 迷惑こうむりたくないなら、最初から助けなかったしな。俺は残念なことに倫理観も人間性も欠如しているわけではないからね。それに初対面なのに君に関して色々教えてもらっておいて、なんの礼もなしに別れるほど図々しい人間ではないさ。これくらいのお礼はさせてくれ」

「すみません、ありがとうございます」


 どこから取り出したか、それともスタンリーに見えないように持っていたのか、気が付けばフローレンは腕の長さはある黒色の自動小銃を構えていた。

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