Chapter 1-9

 とまあそんな訳で、あっという間に2対0まで追い込まれてしまった。ですよねー。


 それにしても、笠原君が動く度に色んな所が揺れる。眼福ですありがとうございます。ところであの子のファンクラブってまだないのかな。あったらすぐに入るっていうか僕がつk――。


「どこを見ていたか余す所なく彼女に言ってやろうか、審判?」

「歩、これで決められなかったらほぼ負け確定だからな! 絶対決めるんだぞ!」


 背後からぼそりと言われ、僕は慌てて歩に激励を送る。

 その更に後方では、一之瀬君が小首を傾げていた。


「分かってるっつーの! それよりなんかこう、アドバイスとかないのか親友!」

「こんな時だけ親友呼ばわりするな! ……えっと、そうだなぁ」


 好き勝手言われつつも、僕は歩が勝てそうな方法を考える。そりゃあ、いくら素人と現役だからって、男子と女子だ。体格差を使って強引に行く方法なら幾らでもあるとは思うけど……。


 そんな手で勝っても、歩自身が納得しないだろうなと思い、僕は目の端を指で叩く。


 最初は頭にクエスチョンマークを浮かべた歩だけれど、すぐに僕の言いたい事が分かったようで、笑顔で親指を立てる。

 全く、こういう時は勘がいいんだから、君って奴は。


「ラスト一本、行きましょうか」

「おうっ」


 笠原君から、ボールは歩へ。すると歩は、すぐさまシュートを撃つ構えに入った。だが、笠原君にもそれは想定内だったのだろう。歩にボールが渡る瞬間には既に間合いを詰めてブロックに入ろうとしていた。


 当然だ。歩は平均的だが笠原君はかなり小柄だ。身長差だけで言えば、外からのシュートはほぼ撃ち放題と言ってもいい。歩はそんな勝ち方、最初から考えていないだろうけど、笠原君は負けパターンとしてちゃんと想定していたようだ。


 その違いが、勝敗を分けたのかもしれない。


 歩はスッと腕を下げると、ドリブルで笠原君を抜き去る。


 アイコンタクトとフェイク。最後の10秒で交わしたあのアイコンタクトの事をちゃんと思い出してくれたようだ。あの時は歩に付いていたマーカーのヘルプを誘導して、歩にパスを出すチャンスを作る為だったけれど。

 これは1on1だ。目の前のディフェンスを抜いてしまえば、あとは。


 歩はレイアップを撃とうとしてボールを持って踏み込む。一応言っておくけど、トラベリングはない。


「まだっ……!」


 しかしそれを止めようと、笠原君が歩の後ろから跳ぶ。もちろんその手が歩のシュートに届く筈もなく、無理に跳んだ彼女の身体は歩と接触する。


「きゃっ!」

「笠原さん!?」


 体格差から、この接触で弾き飛ばされたのは笠原君だった。けれど歩は既にシュートモーションに入っているから、これは笠原君のファールだ。

 だが、歩はシュートを無理矢理止めて、ボールを横へ投げた。


「ぐへっ!!」


 歩の投げたボールが鳩尾にクリーンヒットし、僕の意識は遠のいていった……。

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