79 若返りの薬 - SF -




彼は権力と素晴らしい頭脳を得ていた。

その知識量は誰にも負けなかった。

だが歳を取り徐々に弱って来た。


「私は年寄りだ。だがまだ死にたくない。」


何もかもを手に入れた歳を取った権力者が

次に欲しがるものは大抵決まっている。

永遠の命だ。


「だが私は賢い。

この体で永遠の命を得ても意味がない。

今の頭脳と地位を持ったまま

若々しい肉体を手に入れてこそ、

永遠の命の価値が上がるのだ。」


そして彼は全力をかけて若返りの薬を開発した。


「この薬はとても貴重なものだ。

配合などは誰にも教えない。

私の記憶だけに留めて置くのだ。

そして若返った私はそれを元にまた財を築くのだ。」


彼は一気にその薬を飲んだ。

体中の皮膚がぴんと張り筋肉が盛り上がる。


「おお、素晴らしい。」


確かに彼は徐々に若返って行く。

老年から中年に、そして青年になった。


「どこもかしこも痛くない。」


彼はにっこりと笑った。

そして、


「なぜだ、若返りが止まらない……、」


彼の姿はどんどん小さくなっていく。

青年から少年に、


「お母さん、怖いよ、どこにいるの?」


彼は可愛らしい声で母親を呼んだ。

だが返事はない。

彼の母親はとうの昔に死んでいる。


「あーー、うーー、」


彼は座り込み指を吸い出す。もう幼児だ。

その瞳は澄んで美しいが何も考えていないようだった。

そして横たわると最後には赤ん坊となった。


翌朝、赤子の鳴き声で人がやって来た。

人々は子を抱き上げたが、

かの人がいなくなっている事に気が付き探した。


その人はどれほど探しても見つからなかった。

そして赤子は心ある人の元で育てられる事となった。


赤子は人生を一から始めるのだ。

今まで得た知識はどこにも残っていなかった。



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