30 夢見るリカちゃん人形




早百合が子どもの頃だ。


幼稚園に行く前に見ていたテレビでは

同年代の子どもが普段は着られないような

豪華な衣装を着て出てくるコーナーがあった。


その日は女の子は白いドレスを着て

男の子はタキシードを着ている。

それぞれ三人いて男の子と女の子でダンスを踊っていた。


早百合はそれをぽかんと見ていると母親が


「早くしなさい!」


と怒鳴った。

早百合は慌てて肩からバッグを下げて玄関に走った。

母親は早百合の腕を強く引っ張って歩き出した。

その頃は園バスなどない。

歩きで園まで親が連れて行かなくてはならなかった。

母親の背では1歳になったばかりの弟が泣いていた。


そして園についてスモックに着替える時に彼女ははっとした。

制服の下は手縫いのパジャマだったのだ。

普段着に着替え忘れたのだ。


弟もいたので早百合まで手が回らなかったのだろう。

彼女はこそこそと隠すようにしてスモックに着替えた。


そしていつの間にか毎朝見ていた番組は無くなっていた。

やがて早百合も小学生になり子ども番組も見なくなった。




それから何十年も経った。


結婚もして子どもも生まれた。女の子だ。

その子が幼稚園に行くようになり、

ふとその番組を思い出した。


白いドレスを着てタキシードの男の子と踊る女の子。

思い出すと子ども達はひどく緊張した顔をしていた。

そうだろう。

昔はテレビに出る事は滅多にないからだ。


あの白いドレス。


自分は結婚式は挙げなかった。

色々と事情があったからだ。

母とも今では交流はない。

人には言いにくい事情があった。


もうすぐクリスマスだ。

ふとおもちゃ屋でもらって来たカタログが目についた。


「サンタさんか……。」


子どもは幼稚園バスで送ったばかりで

今日はパートも休みだ。


子どもには何が良いのかなと見ていると

リカちゃん人形が目についた。

リカちゃんハウスとセットになっている。


彼女は子どもの時を思い出す。

友達の家にはリカちゃんハウスがあった。

人形も何体もいた。

それで何度か遊んだ事がある。

だが自分は人形は買ってもらえなかった。

弟のおもちゃは豊富にあったが……。


早百合はそのおもちゃを買った。


サンタさんからだよと言うと

大きな包みだったので子どもは最初は喜んだが

そのうち遊ばなくなった。

今時の子はゲームの方が良いらしい。


だが早百合は違った。


元々裁縫は出来たのでまず人形の洋服を縫った。

何枚も。

子どもに作った服の残り布は豊富にあった。

そして小さな服を縫う自信が付いた頃に

サテン生地やオーガンジーを買って来て人形のドレスを縫った。


白、ピンク、青、柄物、

早百合はリカちゃん人形にそれを着せた。

誰かに見せるわけでもない。


それはただの自己満足だとは分かっている。

だが彼女の頭には白いドレスを着て踊っていた

女の子が浮かんで来る。


早百合も着たかったのだ。


そして子どものピアノの発表会にはサテンでドレスを縫った。

思った以上にドレスは綺麗に出来た。


裏地をつける技術が早百合は無かったので

ボディには買って来た腹巻を内側に縫い付けた恥ずかしい出来だが、

リカちゃん人形には興味はなかった子どもでも、

さすがに自分が綺麗なドレスを着られたのは嬉しかったらしい。

にこにこと笑う子どもを写真に撮って早百合も満足だった。


それはもう何年の前の出来事だ。


ドレスはその後にハロウィンなどで

数回着たがサイズアウトして今はタンスの中だ。

リカちゃん人形も何年も出していない。


相談もせずに子どものクリスマスプレゼントに

リカちゃん人形を買ったり、

人形の服をやたらと作った事、

借りた方が安いのに材料費に糸目もつけず

子どものドレスを作ったり、

全ては早百合の自己満足のためのエゴだ。


それは分かっている。


だが今では自分の中で

タキシードの男の子と踊っているのは我が子だ。

白いドレスではなくピンクのサテンのドレスで。

少しばかり茶色い彼女の髪色と良く似合うピンクを探したのだ。


産んだ子に自分の夢を叶えさせるために労力を使う母親はいる。

時には子ども押さえつけてまで

その夢を達成しようとする人もいるだろう。


それを考えると子どもの意見は聞いていないが、

押し付けていない自分はましな方よ、と早百合は思った。

ドレスを着てにこにこと笑っている子どもの写真を見た。


そして、


「孫は女の子が良いなあ。」


早百合の次の夢はそのドレスを孫に着せる事だ。

リカちゃん人形でも遊びたい。


だがそれは黙っておいた方が良いと彼女は思った。







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