レシーバーズ 灰の章

風鳥水月

第一節 アッシュブレイズ

 遙か未来。レシーバーズという超常の力が当たり前となった世界。かつて虐げられていた彼等は、今や独自の政治体制を敷いて国を治めるにまで至った。一方、力を持たない者はかつての彼等のように虐げられ、『ラバーズ(奪われし者)』と呼ばれ蔑まれていた。そう、彼等のように──


「『エタニティ』だ!お前だな?泥棒というのは」

 サイレンの音鳴り響く繁華街。薄汚れた服を身にまとい、地面に倒れ込む少年を大勢の異形──もっとも、この時代における異形は少年の方なのだが──が囲んでいた。冷ややかな視線が少年に突き刺さる。

「違う。僕はただ見てただけで…」

「まぁ!嘘までつくのね、ラバーズは!」

 少年の弱々しい反論を、売店の店員とおぼしき人物が罵る。少年は涙ぐみながら首を横に振った。一滴、痩けた頬をつたう。

「そんな不出来な身体だから駄目なんだ。どれ、署まで行って再教育してあげようじゃないか。うん、若者の未来のためにもそれがいい。優しいだろう?私は」

「さすがシリアル巡査部長だ、懐が深いなぁ」

 他の者よりも上等なバッジを胸に付けた警官の『寛大な』一言に、人々は感心した。だが、にこやかに少年に近づくその目は冷たかった。少年は悟った。捕まれば死ぬ。処分される。ガラクタのように。

 少年は後ずさりした。唇を震わせ、喉の奥が詰まる。必死だった。

「誰か助けて!」

 その時だった。少年を取り囲む警官達が瞬時に吹き飛ばされたのは。シリアルは先刻までの態度から一変、両肩をいからせて構えた。

「何者だ!」

 シリアルの視線の先には赤い戦士が立っていた。凛々しい佇まいのその戦士は、

「悪党に名乗る名前は無い!」

 と一蹴した。

「ヒーロー気取りか?愚かな。ラバーズなど、守る価値も無いというに」

「私は力なき人達の友だ。友を傷つける者を許しはしない!」

「ほざけ!お前ら、やってしまえ!」

 大勢のレシーバーズ達が飛びかかる。しかし、赤い戦士が取り出した炎の剣が、一人も余すことなく斬り伏せた。火の粉と共に灰が舞う。

「安心しろ、峰打ちだ」

 炎の剣を鞘に納め、赤い戦士は言った。一連の光景を見て、シリアルは目を見開いた。

「炎の剣…まさかお前は、ウォンテッドランク1(最優先犯罪者)『アッシュブレイズ』!」

 途端にシリアルの膝は笑い始めた。無理もない。半年前より、アッシュブレイズは数々のラバーズ逮捕を阻止し、その度にエタニティの実力者を退けてきたのだから。シリアルは殉職も覚悟していた。

 しかし、アッシュブレイズは少年を抱きかかえると、そのまま振り返った。

「な、何故…」

 思わず問いかける。

「戦う意志の無い者と、戦う意味は無い」

 そう言ってアッシュブレイズは飛び立った。図星を突かれ怒り心頭のシリアルは、いからせた肩から射出口を開き、蜘蛛の糸を飛ばした。目標はまるで気づいていない様子だ。

「ざまぁないな!カッコつけるとどうなるか、思い知るが──」

 と思いきや、すかさず身を翻して糸を弾き返した。シリアルは開いた口が塞がらなかった。

 一方、アッシュブレイズはシリアルの卑怯な一撃に眉をひそめ、炎の剣を一振りした。衝撃波が風を切り、シリアルの射出口を焼いた。肩が爛れ、シリアルは悲鳴を上げた。

「凄い…」

 アッシュブレイズの腕の中で、少年はただ驚いていた。そして安堵すると、疲れが一気に噴き出し眠りについた。

 少年が眠るのを見て微笑み、アッシュブレイズはさびれた教会の前で変貌を解いた。赤と青のオーロラがかかったような髪色の少女は、悲痛な面持ちで繁華街のある方角を向いた。

「いつまでこうなのかな…世界は」

 朱色と空色のオッドアイは地面をとらえる。ため息。直後、教会から幼い子供達が顔を覗かせた。

「カイねえちゃん、かえってきた!」

「おかえり!」

 朗らかな声が閑散とした荒野に響く。昔は都市もあったのだろうが、今やそれとおぼしき痕跡すら残っていない。

「ただいま、皆」

 カイは子供達に応えるように、笑顔で返事した。

「そのこは?あたらしいおともだち?」

「うん。『ピースランド』で会ったの。まだ名前は聞いてないんだけどね」

 教会の中に入り、先ほどまで子供達が寝転がっていた布団の上に、少年を寝かせた。少年の貧相な姿を見て、子供達はざわめいた。自身にも覚えのあるその様子が痛ましくて、両手で目を塞ぐ者もいた。

「この子、バザーで凄く虐められててね。だから皆ごめん。今日のお土産は無いの」

 申し訳無さそうに言う。しかし、残念そうにする者は一人もいなかった。

「いいよ。いのちのほうがだいじだもん」

 カイはそんな子供達の事を誇りに思うと同時に、悲しいとも思った。本来なら年相応にワガママを言っていい年頃なのだ。我慢や妥協と無縁でもおかしくない年頃なのだ。そんな子供達が自分の願いより相手の命を尊ぶのは、素敵かもしれないけど歪に思えた。

 おのずから眉間に皺が寄る。

「カイねえちゃんどうしたの?つかれたの?マイのおふとんでねる?」

 マイが心配そうに言う。我に返ったカイは首を横に振り、

「大丈夫!この通り、お姉ちゃんは元気だから」

 とわざとらしく腕を大きく振り回した。すると、奥の部屋から男が入ってきた。

「いいから寝なよ。マイの言葉に甘えてさ」

「あまえてさ!」

 男の言葉にマイが続く。カイは顔をほころばせて頷いた。

「…わかりました、護さん」

「ほらな!」

 突然、一人の少年が悪戯に言った。

「カイねえちゃん、しんぷさんのいうことはちゃんときくんだもんなー!すきなんだぜ、しんぷさんのこと!」

 カイは頬を赤らめた。

「なに言ってるのトシヤ君!ほら、皆がいるとこの子の邪魔になるから、あっちの部屋で遊んでなさい!」

 と、子供達を催促した。トシヤは笑いながら、

「ずぼしだからおこってんだー!」

 と言って遊び場へ逃げた。皆が遊び場へ行ったのを確認して、カイはひとまず安堵した。が、すぐ傍で寝ている少年を除けば護と二人きりであることに気づいてしまった。顔が紅潮する。気まずい空気が流れる。

「全く、あの子達もませてきましたよね!」

 カタコト気味に話を切り出す。

「仕方ないよ。そういうお年頃だから」

 対して護は態度が変化することもなく、穏やかに微笑む。そんな護に言い表せない感情が湧き上がり、カイは不機嫌そうに言葉を続けた。

「ああそうですか、そうですよね!」

「いきなりどうしたのさ、傀衣」

「何でもありません!」

 傀衣は護に背を向け、そっぽを向いた。護の瞳は傀衣の背中を見つめる。視線に憂いが乗る。

「ごめんね。君ばかり無茶させて」

「私、上手くやれていますか?」

 振り向きもせず、傀衣が弱々しく尋ねる。

「ちゃんと…人を守れていますか?」

 数刻の後、護は言葉を選んだ。

「…大丈夫。守れているよ。人も…レシーバーズも」

 傀衣の肩が震える。

「怖いんです。私、あの子達にとってはトラウマでしかないじゃないですか。バレてはいないですけど、いつも思っちゃうんです。ここにいていいのかなって」

 護はおもむろに、傀衣の手に自身の手を重ねた。

「初めて会った時、言ったはずだよ。君はここにいていいんだって。今は無理だろうけど、あの子達もいつかわかってくれるさ」

 傀衣の脳裏に蘇る風景。意識が朦朧とする中、灼熱の炎が街一帯を呑み込み、家屋も何もかも焼き尽くす。肉の焼ける臭い。血の臭い。叫び声が耳にこだまする。肌から噴き上がる炎は、火元がどこか悟るには十分だった。

「君は悪くないんだ」

 鉛のような重たい空気を、傀衣は肺の中に取り入れた。

「…ありがとうございます」

 突然、大きな音が聞こえてきた。徐々に近づくその音を訝しんだ二人は外に出た。見上げると、ヘリコプターが上空に漂っていた。

 縄の梯子が降ろされる。そこから三人が姿を現した。その内の一人が傀衣を見つめる。

「…何の用ですか?」

 傀衣は身構えた。男は問いかける。

「君がアッシュブレイズ…灼傀衣(やいと かい)か?」

「あなた達誰なんです?何故私のことを…」

 すると、男は鎧を纏って答えた。

「俺は志藤仁。君を捕らえに来た」

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