第14話 ロマンス・インパクト




 クロエが踏みとどまってくれたおかげで、群れは半分ほどまで数を減らしていた。

 サイバーサングラスに表示されたエンカウント数は387体。

 それでも果てしない数に思えるが、もうやるしかない。


 覚悟を決めたミシェルがペンギンの群れの中を駆けながら一匹に意識を向けると、背負った多銃身の一つがオートで照準を合わせた。

 脳を直接覗き込まれたような不快感に、思わず吐き気が込み上げる。

 ひたいに脂汗が滲んだ瞬間、トリガーを操作することなく発砲。弾丸はペンギンの脳天を真っ直ぐ貫いた。

 そこから六つの銃身が周囲のペンギンへ向けて一斉発射。圧倒的な殲滅力だった。


「何てものを預けてくれたんですか……!」


 ペンギンを次々と殴り飛ばしている大きな背中へ、憎々し気に吐き捨てる。


「自動制御型多銃身式武装・オレオールと言います。私のおさがりで申し訳ないですが、動作は問題ないようですね」


 聖者の光輪の名を冠する、サイボーグ専用武器。

 脳神経と直結しているうなじのコネクターとオレオールの制御システムを繋ぎ、照準器やトリガーがなくとも直感的な発砲が可能だ。同時にドローンと同じ情報照射機能も備えている。


 移動中のヘリの中で強制的に装着させられた大型火器の威力は凄まじい。360度動く銃口の前に、ペンギンたちが次々と倒れていく。

 その反面、脳への負荷が尋常じゃない。できればもう二度と使いたくない代物だ。


「そう言うフランチェスカ様は随分と身軽に見えますけど」


 そんな悪態を吐きたくなるほど、ミシェルはうんざりしていた。

 何せオレオールは総重量100キロを超える。

 一方で、フランチェスカは身軽を通り越して丸腰に見えた。

 襲い来るペンギンの頭を素手で千切っては投げ、踏み潰す。

 それだけでも十分脅威に思えたが、脳がオーバーヒートしそうになっているミシェルは不服を取り繕うことができない。


 オレオールは本来、フランチェスカ専用の秘蔵武器なのだ。

 誰よりも使い込んでいるはずの武器をミシェルに預け、自分は手ぶらとは。いくら摂食種イートの群れと言えど、あなどりすぎではないだろうか。

 情報の過剰処理によってシャットダウンしそうな頭でそんなことを思う。


 すると、隙のない銃口に恐れをなしたペンギンたちがきびすを返し、一斉にフランチェスカの背後へ襲い掛かった。


「フランチェスカ様――!」


 ミシェルの焦った声が届くかどうかのところで、仮面に隠れた口元が左右非対称の笑みを浮かべる。



「性能テストには、有象無象が丁度良いですね」



 そうささやいて、重いローブの中から両手を左右に広げる。

 次の瞬間――伸ばされた指先から、灼熱の光が放出された。

 サングラス越しでも目がくらむほどの細い光が束になってペンギンを焼き切るのを、ミシェルは呆然と眺める。


「……レーザー兵器なんて、どこから密輸してきたんです?」

「技術的先進国はアメリカでしょうね」


 どこまでも他人事のように言う声色は、相変わらず平坦だ。

 その間にも10本の指先から舞うように発せられる死の光に、ペンギンたちは成す術なく切り刻まれていく。


 兵器自体は隠された技術ではない。問題はその熱源を生み出す発電機の方だ。ミシェルはまた一歩、フランチェスカが人間から遠ざかったのを悟った。

 だが、感傷に浸るにはまだ早い。


 ミシェルの瞳孔の動きに合わせ、銃身が取りつけられたフープ型の軸から情報転写式具現装置リアライズの光を放つ。

 新たに実体化したペンギンに向かってフランチェスカが手を横に一閃。それだけで数十体の青い首と白い胴が分かたれる。

 最古のサイボーグが足腰の電動関節を使って高く飛び、空からレーザーの雨が降った。


 一方的に蹂躙じゅうりんされ、あっという間に数を減らした摂食種イートたち。

 少し拓けた戦場で、前線の機械人形二人は巨体でのさばる喫食種テイストの長へ狙いを定めた。


「こいつさえ倒せば……!」


 ミシェルの意思を汲み取り、全ての銃口が巨大ペンギンへ向けられる。

 一斉発射された無数の弾丸は、大きな的へ一直線に飛んでいくが――。



「しん゛ぢょぐはぁ゛ああああぁあ゛アア゛!?!?!?!?!?!?!?」



 クロエのドローンを撃墜した衝撃波を食らい、勢いを失って潰れた弾丸が地面へ落ちる。

 強烈な爆風に煽られ、バランスを崩したミシェルが仰向けに倒れた。

 銃口が天を向いている瞬間を見逃さなかった一匹が「ぎんぱつーーー♡♡♡」と発狂しながら突進する。なぜかミシェルの脳裏にはトマが思い浮かんだが、そのペンギンは後方からの援護射撃によって爆散した。


「髪の毛一本でもしゃぶったら、ぶっ殺すわよ」


 しゃぶる前に死んでしまったのだが、クロエに指摘は無用だろう。ほぼ本能なのだから、意味がない。


 重量のあるオレオールのせいで緩慢に起き上がるミシェルを銃弾とレーザーがサポートする。

 フランチェスカは両手を広げてくるりと一回転し、10本の熱線で周囲の摂食種を一掃。偏食種グルメ化しつつある巨大ペンギンと正面から対峙し、ミシェルに背を向けたまま淡々と告げた。


情報更新アップデートは任せていいですか?」

「そのためにオレオールを下げ渡したんでしょう」

「あなたもそろそろサイボーグらしい戦い方を学んだ方が良いと思いまして」

「余計なお世話です」


 ミシェルの愛丁である短機関銃サブマシンガンは、今頃ヘリの片隅に転がっているだろう。

 身体そのものが武器となる――それを身をもって提示するフランチェスカに嫌気が差したが、今は目の前の脅威に集中しなければ。


 ミシェルはサイバーサングラスを脱ぎ捨て、星の煌めきを宿す瞳で喫食種テイストを見つめた。


 それを合図に、フランチェスカがまず人差し指で一閃。


(表皮は摂氏200℃で融解)


 タブレット端末を使って都度操作が必要な情報更新アップデートだが、視覚情報を脳内でデータ処理して直感的に更新できるのは、サイボーグの特権だ。

 焼け溶けた腹を凝視する瞳と脳神経に合わせ、背後から緑の光線が放出される。

 それはオレオールの名に相応しい、まさに後光――。


(肉質は内部に行くにつれて硬度を増す)


 腹、胸、顎と、フランチェスカの三段蹴撃しゅうげきが襲う。

 しかしそれをものともせず、喫食種テイストよだれをまき散らして応戦。強い酸性の唾液は芝生を溶かし、土の栄養を殺していく。

 打撃は内部までダメージが浸透しないため、あまり意味を成さないようだ。


(でも、皮下脂肪たっぷりで良く燃える――!)


 オレオールの輝きが一層増す。

 ミティアライトの瞳を見開いたミシェルは、何を思ったのか自分の腕を乱暴に外した。引き千切る勢いに近い。

 露出した肘の関節部には、オイルのくだや配線がみっちり詰まっている。


「フランチェスカ様、伏せてください!!」


 そう叫んだ瞬間、外れた腕から潤滑用のオイルと冷却ガスが大量に噴出した。

 正面からそれを食らったペンギンは、何事かと一瞬動きを止める。


「誰がメンテナンスすると思っているのです、M2」


 棘のある言葉の割に、その声色には少しだけ愉悦が入り混じる。

 珍しいことがあるものだと感動する間もなく、ミシェルの意図を理解したフランチェスカは、低い姿勢のまま両手を喫食種テイストに伸ばした。指先をピンと張って、高温の熱線を解き放つ。

 光はオイルとガスに引火し、怪物を火達磨ひだるまに変えた。


「しん゛ぢょぐぅうぅぅう゛う゛うううぁああああああああ゛ああ゛!?!?!?!?!?!」


 大盤振る舞いで勢い良く燃える巨大ペンギン。

 炎は最初のレーザーが裂いた傷口に入り込み、脂質たっぷりの内側から焼き尽くしていく。

 断末魔が衝撃波となって残りのペンギンたちを吹き飛ばし、最後には盛大に自爆したのだった。


「やった、のか……?」


 消し炭になった喫食種テイストを見て、ミシェルが少しだけ警戒を解く。

 だが、異変は背後で起きていた。


「しんちょくはぁああああああああああっ!?!?!?!?!?」


 生き残った一匹の摂食種イートが、ノール・ヴィルパント目掛けて一心不乱にペタペタと駆けた。その先にはガトリング銃を構えるクロエが立ち塞がる。

 平時の彼女であれば、摂食種イートの残党など取るに足らない相手なのだが――目まぐるしく回転して銃弾の壁を作り出していた銃身が、急に煙を上げてその動きを止める。弾詰まりだ。


「姉様! ――ッ、うわ!?」


 クロエのピンチに焦って駆け出そうとするが、オイルやガスを大量に撒き散らしたせいで関節の駆動に異常を来たし、ミシェルはその場に倒れ込んでしまった。

 這いつくばった状態ではオレオールも射撃体勢に入れない。


 彼は地面から顔だけを上げて、咄嗟とっさに姉の方を見た。丸腰のクロエにペンギンが飛びかかる、その瞬間を。


「クロエ、姉様――」


 無情にも、くちばしの奥に細かい牙がびっしりと生え揃う口が大きく開かれた。


 頭から呑み込まれそうなほど深い闇の奥を見据えたクロエは、まぶたを閉じて深呼吸する。

 命運を受け入れたようにも見える一瞬の静寂――だが再び開かれたゴールデンアイは、その苛烈さを増していた。


「もうエンドロールは始まっているの。だから……――さっさと退場しなさい、進捗ペンギン!!!」


 彼女は動かなくなった鉄の塊を振りかざすと、それを思いっきり横にフルスイング。

 鈍器に変貌したガトリング銃はペンギンの顔にクリティカルヒットし、その衝撃でくちばしが剥がれて宙を舞う。


 これを最後に、戦場で進捗を唱える者はいなくなった。




 平野に散らばるペンギンの死骸を覆い隠すように雪が降る。


 ロマンス・インパクトに降ろされた閉幕は、白銀色をしていた。



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