第1話 見上げて、出会い、握り締める🈡

 事情はどうあれ、危機に陥っていた少女、仲都憧子なかとしょうこ

 彼女を助ける力が必要だった。

 その為に変わらねばならなかった。


 だから。


「今ここで変わる為に、僕は、僕を憎む……!」


 より強く思いこむために霞内人かすみないとは叫んだ。

 続けて星望綴身せいぼうていしん、そう言おうとして内人は一瞬口を噤む。


 誰かにとっての希望の星である事を望み、その為に自身を強い身体へとつなぎ合わせる。

 せめて美しい歌を、夢を綴るように願いを込めながら。


 星望綴身とは、源光莉がそんな思いを込めながら、自身を奮い立たせる為に呟く、ステラマクス達の為の呪文だ。

 彼女が受けた取材やインタビューの中で幾度も話している事だ。


 今からやろうとしている事は、こんな自分は、その呪文には相応しくない。


「綴、身っ……!!」  

 

 だからそれのみ呟いて、宣言して、ダスターを握った右手で自分の顔面を叩く。

 そして、その反対側……小指側の側面にある起動スイッチを、左手で打ち込んだ。

 自身に打ち込んだ衝撃を更に奥へと打ち付けるように。 


『OK! IDEA system Start up!』


 電子音声が響く中、内人は両手を大きく広げる。

 次の瞬間、ナックルダスターから黒光の粒子が溢れ出て、彼を覆いつくした。


『……真っ暗闇だな……』


 自身を守護するように覆いつくすフィールドの中で、内人は呟いた。

 その間にも自身の衣服が全身を覆う黒いアンダーウェアへと変換されていく。

 そして、その上にフィールドを形成する黒い粒子が雪崩込み、装甲へと変わっていく……その最中。


『あ、ぐぅっ!!???』


 内人の中身で何かが騒ぎ出す。


『これ、はっ……!?』

 

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 ××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××


 ―――否定する―――― 


 そこから、言葉にする事すら難しい、悪口雑言という表現では生ぬるい、圧縮・濃縮された憎悪が響き渡り続けていく。


『ぎ……ぐ……あぁぁぁ……』


 声はいつしか凄まじい熱となり、内人の内側を、魂を侵食して塗り替えてる。

 

                           ――――MITUKETA。


 声は限りなく増大し、膨大となり、内人の認識の許容範囲を逸脱していく。

                                        

 ―――死に失せろ――――


 それは言うなれば殺意の濁流、大波だった。

 圧倒的な奔流に呑み込まれ、弄ばれ。


 ―――それこそがお前の存在を肯定する、唯一の行為なのだから―――


 大海に呑み込まれた瞬間、内人の意識は、プツン、と千切れた。


 直後、現実世界にソレは顕現する。


「おいおいおいおい……!」

「ガルベイグに、なった……?!」


 予想外の展開に、男と憧子が半ば叫ぶように言った。

 内人が綴身した結果、微かな地響きと共にそこに降り立ったのは人型の何かの上にガルベイグを被せたような、人よりも一回り大きな、異形の存在であった。

 男が操るガルベイグ達も困惑していたようで、覗き込むように内人が変わったその『何か』を観察していた。


「これ成功したのかどうかわからねぇな……ってなんだ?」


 周囲が混乱する中『何か』はいきなり自分自身を殴り出した。

 激しく狂気的に自分を殴り続けたかと思えば、身体の突起を引き千切り、黒い粒子を血液のように放出させた。

 痛みを感じているのか、自らの行為でガルベイグさながらに電子音めいた声で叫び出す始末であった。


「あー……なるほどねぇ。自分憎しで綴身した結果がこれか。

 一応綴身し掛けてるのはすげえけど、自分で自分を殺すんじゃ世話ねぇなぁ。

 まぁこれはこれで美しいかもだが……。

 じゃあ、あとからじっくり観察するとして……仲都ちゃんは俺達と遊ぼうか?」

「くぅっ!!?」


 我に返って場が混乱している内に、一時この場を離れようとしていた憧子を、男は見逃さなかった。

 自身の持つ黒いダスター……アンチダスターを軽く振ってガルベイグ一体を動かし、

 憧子を仰向けにする形で地面に抑え込ませた。

 

「いやっ! いやぁぁあっ!!」


 動きを封じたガルベイグが、憧子の眼前に迫り、大きく口を開け……

 

 その瞬間、その頭部が抉り取られた。


「なに?!」

「え……?!」


 それを為したのは、内人が変貌した『何か』。

 直前まで自傷行為を繰り返していたそれは、憧子の悲鳴が聞こえた瞬間にガルベイグへと暴力の矛先を向けた。


 結果、ステラマクスの巨腕程ではないが、大きく膨れ上がった獣の手が、いとも簡単にガルベイグの頭部を破壊したのだ。


 ―――――アッチガサキダ


 黒い粒子を血のように噴出させながら消滅していくガルベイグ。

 怯え切った憧子。

 驚きながらも半笑いの男。

   

 それらを把握して……内人の意識がかろうじて浮上する。


 もっとも、その脳裏は先程までと同じように憎悪の思念が渦巻き、それが全身を焼き続けていた。

 ゆえに、内人は苦悶の声、叫びにならない叫びを口から零す事しかできない。

 喋るなんて余裕は微塵もなかった。


 だが、今やるべき事ははっきりと分かっていた。


 ――――――この子を、助ける!!


 その決意の証のように、何かは金切り声のようなデジタル音の咆哮を口から吐き出し、内人が変わった異形はアスファルトを蹴った。

 狙うはガルベイグ残り二体。


「おお?! アニメとかでよくある暴走ってやつー?」


 男は未だ楽しそうな顔を崩さず、ガルベイグ達から距離を置いてダスターを振った。

 それにより中空に空間の波紋が広がり、中から新たなガルベイグ達が――


 ――――――させるかよ!!


 生まれ出でるよりも早く、異形は波紋に爪を突き刺し、大口を開いて噛み砕き、黒い剣のような尻尾で貫いた。

 ガルベイグが破壊された証である黒い光が撒き散らされ、同時にそれを自身へと取り込んでいく。

 そうする事で先程自傷で壊した部位を再生、どころかさらに全身を大きく禍々しい異形へと変貌させた。


 内人自身何故そんな事をしているのかは分からない。

 だが、今はそれよりも為すべき事がある、と両腕を振り上げ、それを膨張させながら振り下ろす。

 結果、怯え逃げようとしていた最初に呼ばれた残り二体のガルベイグを同時に引き裂き、叩き潰した。


「おーおー! こいつはスゲェ……! 面白いから見てたいが、自分の命が最優先だねぇ……

 運が良かったなぁ仲都ぉ。じゃあ、俺は見逃しついでに帰るから元気でやれよー」


 そう言い残すと、男は一目散にこの場から逃走していった。

 内人は追いかけるべきか一瞬逡巡したが、今は優先すべき事がある。

 

 まず仲都憧子の無事を確認せねば、と彼女に向き直ろうとした時だった。


「せ、星望綴身――!!」


 憧子は、いつの間にか取り出していたスターダスターで……綴身した。


 その姿を、内人は知っている。

 候補生全員を流石に把握はしていないが、アストラに最も近い十人の事は記憶していた。


 ここにいるのは仲都憧子が綴身した、ステラマクス・ネレイス。

 今日幸運過ぎる事に目の当たりにした光莉のルキナよりも、ダスターを守護する『巨腕』が二回りほど小さい。


 そんな『巨腕』を振り上げて、ネレイスは内人へと殴り掛かってきた。


「化け物……!! 化け物化け物!! 私が!! 私が倒してやる……!!」


 そう言って殴る蹴るを繰り返しているが……正直、全く効いていなかった。

 攻撃を受ける前から何の危機感も浮かばずされるがままになっているが微動程度しか、内人を揺らせなかった。


 ――――まぁ、そうか。そうだよな。化け物か。なら、それでいいか。

 

 心の中でそう呟いてから、内人はやる気のない、ひどく緩慢な動きでネレイスへと拳を振り上げようとして。


「よく、持ちこたえましたわね――!!」


 遠くから響き渡った声と共に振るわれた蒼い『巨腕』の直撃を受けて、大きく弾き飛ばされ、ビルの壁面に叩きつけられた。

 全身が痺れるような痛みと、キチキチと直撃した顔面を凍り付かせていく冷気に、内人はたまらず苦悶の声を漏らした。


 そんな内人に、突然の乱入者は朗々と名乗りを上げた。

 自身の後ろに守るべき存在……未知の化け物相手に奮闘していたネレイスを庇いながら。


 その姿は、まさに理想的なヒーロー、いやヒロインであった。


「ステラマクス・スカディ、リアライズ!!

 貴方がわたくしの後輩候補に手をかけようというのなら、この恵乃めぐみの時雨しぐれ、全力でお相手いたしますわ!」  


 良く知っている。

 彼女の事は良く知っている。


 推しの一人である、アストラが一人、恵乃時雨。

 貧乏生活しながらもお嬢様な言葉と精神を忘れない、凛々しく美しい女の子。


 そして彼女が綴身した、白と蒼に彩られた装甲を纏うステラマクス・スカディ。

 左肩から伸びた蒼いマフラーが、風にたなびくその姿はひどく絵になっていた。


 ―――――ああ、なんて幸運だ。


 熱が、思念が身を焼き続けていて、冷静な思考は出来ないが、それでも幸運なのは間違いない。


 光莉だけでなく彼女にまで出会えた。

 そして、憧子を命の危機から救う事も出来た……怖がらせたのは申し訳なかったが。


 ならば、もう抗う必要はない。


 いよいよ死んでも許される時間が訪れたのではないか。


 だけれども、そうなる事が本当に正しいのか。もし正しいとするならば、何故こんなにも―――。


「……あなた。

 何故泣き叫んでいるのかは存じませんが――介錯が欲しいのならば、今楽にして差し上げましょう」


 空に向かって咆哮を上げる異形に、スカディは『巨腕』をもって殴り掛かるべく、地面を蹴った。


 夕焼けを背負うその姿があまりにも綺麗で、異形ないとはただ見惚れていた。

 これが霞内人が最期に見る光景になるのかもしれない……そんな思考を熱に浮かされ続ける脳裏に過ぎらせながら。

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