第1話 見上げて、出会い、握り締める⑩


「悠は、わたしを信じる!! 星望綴身せいぼうていしん!!」


 多鹿悠たしかはるかはそう叫ぶと、スターダスターの小指側の側面にある起動スイッチを、自身の腹部中央に叩き付け、押し込んだ。


『OK!  IDEA system Start up!』


 そこから真下に少し動かし、そこから直角右側に腹を切り裂くような動きで振り抜いて、右手を伸ばしきる。

 次の瞬間、ナックルダスターから黄色に輝く光の粒子が溢れ出て、悠を覆いつくした。


『ああ、あの光の中、こうなってたのかー』


 呟きながら、悠は光に包まれた領域フィールドは綴身者を守る、時間の流れがズレた結界だと、なんとなく理解する。


 ――大丈夫―――


 そして自身が着ていた制服が、下着が、粒子状にバラバラと分解されていくのを目の当たりにする。


『こんな工程なのね……うん、光に包まれてないとマズいよね、これ』


 纏っていた全てが粒子と消え一糸纏わぬ姿になるが、それは一瞬。

 即座に周囲を渦巻いていた粒子が悠の身体を覆いつくし、黒いアンダースーツへと変化する。


―――全てを肯定――――


 そしてその上に、フィールドとなっている黄色の粒子が少しずつ流れ込み、装甲を形成していく。


『なんかちょっとくすぐったい感じ……んん』


 それは形容し難い不思議な感覚だった。

 身に纏っていく装甲が、自分を覆いつくす新たな皮膚になるような……否、実際そうなのだろう。


 空気が、粒子が、装甲をなぞる鋭敏な感覚が情報として頭に伝わってくる。

 だが、それは実際の五感ではない、後付けの強化感覚。


 それらを統合し分析する仮面頭部アーマーが完了すると、その推測が正しい事を理解する。

 五感全てが強化されながらも、それが活動を阻害しないように抽出されていく。


 一瞬だけ黄色に染まった視界も、即座に通常の……

 いや、様々な情報が添付されながらも恐ろしくクリアな視界へと生まれ変わる。


 そして、最後に、スターダスターを装備した右腕を守る『巨腕』が構築されていく。

 この『巨腕』こそダスター保護のアーマーであり、ダスターの出力をダイレクトに反映できるステラマクス最高の武器に他ならない。


 ―――私は、私―――


 その構築を終えて……彼女は、残る粒子の残滓を振り解き、拳を前へと突き出しながら握り締め、現実世界に顕現した。


「マジかっ!?」

『なっ!?』

「綴身、した……?!!」


 運転手の男が、ガルベイグを操る女が、ステラマクス・ノトスが、驚愕の声を上げた。

 

 ガルベイグさえも驚きゆえか、動き止めている中、特に驚愕していたのはノトス、遠宮楓であった。


 彼女は知っていた。

 いかに綴身しやすく調整されたとはいえ、元は自分達アストラと同等以上の力を引き出すダスターなのだ。

 今の候補生上位たる10人でも簡単には綴身できない、可能なら現在トップの石弓いしゆみつかさだけだろうと考えていた。


 そもそも候補生が綴身できるのも、数年前からソウルカードと連動しての運用試験、そのテストが秘密裏に行われていたエールシステムの恩恵による所が大きい。

 人々ファンたちの正の感情でシステム的に下駄を履かせているからこそ可能であったのだ。


 だというのに、多鹿悠は知名度……ファンの応援の補正無しに綴身してのけたのである。

 しかも綴身した姿の巨腕は……自分達のものより一回り大きかった。


『今年度から編入される新しい候補生にいてくれるといいなぁ……皆に希望を与える、強く新しい星が』


 脳裏に、師匠、自身の研究者としての憧れであり尊敬の対象である彩施あやし路幾みちきの数時間前の言葉が蘇る。

 あの時は言う場所に注意しつつも、そんな存在が現れてくれたらいいとは思っていた。


 もしかしたら……それは今、実現したのかもしれない。


「嘘から、いや、冗談ねがいから出た誠ってやつかもね」


 楓がそんな思いと共に見つめた瞬間、それに応えたかのように悠が綴身したステラマクスは名乗りを上げた。


「ステラマクス……イクス! リアライズ!!」

『イクス……? どういう由来か気になる所だけど、それは取り返してからゆっくり聴かせてもらうわ!』


 綴身出来た事には驚いたが、所詮は素人、すぐにメッキが剥がれるはずと女はガルベイグへと指示を出す。

 その指示に、ガルベイグ達はどういう訳か一瞬躊躇するかのように顔を見合せた。

 だが、逆らうわけにはいかないと判断したのか、彼らは一斉に悠……イクスへと跳躍、殺到した。


「……ここしかない!」


 それを、イクスは好機だと判断した。

 悠は、綴身出来たとはいえ、自分がただそれだけの……身体には自信があり、この日の為に鍛え上げてはいても……素人である事は重々承知していた。


 だから、ガルベイグの全てが『射線軸』に入った今この瞬間を逃すわけにはいかない……!


「!! まずかっ(まずいっ)!!! 電算室、ここら一体の光壁を全力全面展開をお願い!!」


 この機を見逃さず運転手と青年を即座に避難させていたノトスは、イクスの目論見を瞬間的に見抜き、通信を開いていた電算室に要請した。 


「決めてみせる……!!」


 呟きながらイクスは、巨腕の、その中にある本来の手を、三度開き、三度握り締めた。

 短間隔で行われるその動作こそ、ステラマクスの最大出力攻撃発動のキーとなる動きに他ならない。

 直後、それが問題なく行われる事前警告とも言える、最大解放を告げる電子音声が鳴り響いた。


『IDEA system maximum release!!』

 

 イクスが腰だめに構えた瞬間、巨腕の各部が光を帯びると共に肘部が展開する。


「オーバード・フィストォォォォォォォォッ!!!」


 同時だった。

 光壁が辺り一帯を覆いつくすのと、

 肘部から吐き出された光の奔流に弾かれ跳躍したイクス、彼女が真っ直ぐ放った巨腕の右ストレートが先陣を切って襲い掛かった中級ガルベイグに叩き込まれたのは。


 直撃を喰らったガルベイグは不気味な電子音めいた悲鳴、苦痛の叫びを上げる。

 そして、それはその一体だけではない。


 巨腕が前面に生み出した、巨大な拳の力場が一緒に襲い掛かったガルベイグ全てを捉えていた。

 この場の全てのガルベイグが苦悶の絶叫を合唱する。


 直後、圧倒的なエネルギーの奔流を流し込まれ……ガルベイグ達は分解・消滅していった。

 その証である黒い光紛が撒き散り、天に帰っていく。


 だが。


「と、とまらないっ!!?」    


 そうし終えてもなお、イクスの巨腕から放たれる力は収まらなかった。

 肘部からのエネルギー噴射は停まらず、右ストレートは放たれたまま。このままでは、少し先にあるビルに突き刺さり、膨大な被害を生んでしまう……かに思われた。


「まったく……! このおバカ!!」

「楓ちゃん!?」

「余計な事はしないでそのまま真っ直ぐ来んね(来なさい)! 受け止めてあげる!!」


 その拳の行き先にはノトスが待ち構えており、彼女は自身の巨腕、その手を大きく広げてイクスの拳を包み込んだ。


「グッ……アストラなめんなぁぁっ!!」


 瞬間、地面を支えるノトスの足元、アスファルトの地面がヒビと共に大きく沈む。

 が、よろける事は様子は微塵もなく、ノトスはイクスの拳を完全に受け止め切った。

 イクスの拳から光が失われ、展開された各部が戻っていくのを確認して、ノトスは安堵の息を吐いた。


「ふぅ……どげんかなってよかった……いや、そうでもない、か」


 周囲の状態は惨憺たる有様だった。

 光壁の一部は砕け散り、光壁を展開する発生装置の一部はオーバーヒートで故障、最大出力の進路上にあったトラックは粉々。

 衝撃波で一部の通りの窓ガラスにはヒビが入っており……。


「ったく、とんでもないパワーね……」

 

 イクスを地面に下ろした後、ノトスは巨腕を眺める。


 受け止めたノトスの巨腕も全体的に罅割れを起こしていた。

 ガルベイグ破壊の分のエネルギーを計算して、最大出力で受け止めなくても問題ないと判断したが、正直ギリギリだった。

 危険だと判断したのか、ガルベイグを操っていた女もいつの間にか逃げ去っている。

 ……一応周囲を警戒するが、完全に撤退したようだ。


 だが、悠の判断が間違っていたわけではない。

 彼女が綴身出来る存在であるとしたなら、あそこで最大出力……所謂いわゆる必殺技を繰り出すのは理に適っていた。

 ただ、見積もりが色々と甘過ぎたのだ。

 だが、それはそれとして言わなくてはならない事が山のようにある。


「ああ、もう、どう言ったもんか、アンタね……」

「ごめんなさい、ちょっと、もう、ダメっぽいです……すごく、疲れちゃって、せめて、解除……」


 地面に降りたイクスはフラフラとした動きの後、綴身を解除した。

 すると、元の制服姿の悠へと戻る……が、変化が一つあった。

 彼女の髪の一部が黄色に染まっていたのだ。


「ああ、悠は、やっぱり……」


 それを認識した直後、悠は意識を手放し地面へと倒れ込んだ。

 頭を打たない綺麗な倒れ方で、それは良かったのだが。


「はぁっ!? ちょっ! アンタッ……これどがんすっとよぉぉぉっ……!!!」


 現場に広がる惨状を丸投げされたのは間違いなく。

 たまらず叫んだ楓の悲痛な声が辺り一帯に響いたのであった。

 

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