あいつがチート持ちだと僕だけが知っている
浅草文芸堂
第1話 星1つの少女
魔物達が蠢くダンジョン。
そこで今、大勢の少年少女がそれら魔物達と無秩序に戦いを繰り広げていた。
と、1匹の魔物が混戦から抜け出す。
「プリン! そっちに行った!」
「ま、任せて!」
軽装戦士の少年の声掛けに、魔術使の少女は震え声で応えた。
目立たぬ黒ローブを纏ったその少女は杖を掲げる。
「こ、光輝の矢よ……」
言い終わる前に、その魔物が少女に飛び掛かる。
毒々しい色の甲虫だ。
人の腰ほどの大きさがある。
それが、少女のおかっぱ頭めがけて、ブゥン……! と飛んできたのだ。
「ひきゃあ!」
少女は杖を取り落とし、尻からすっころりん。
魔術の詠唱は断たれ、現れかけていた光の矢は消え失せた。
少女の背の小ささが幸いしたのか。
甲虫は少女の頭をギリギリかすめて飛び過ぎると、ダンジョンの壁に張り付く。
いやらしく蠢く触覚。
「大丈夫か、プリン?」
軽装戦士の少年が目の前の巨大アリの首を素早く飛ばしながら、振り返る。
「え、う、うん……へへ、ぼくは平気だよ、シェイク……」
そう答えながら、少女はへらっと少年に笑みを見せる。
そこへ覆面姿の盗賊少女が割り込んだ。
「笑ってる場合!? 足元、邪魔なんだけど!」
「あ、ふ、ふへっ、ご、ごめん、なさい……」
「死ぬ気なら場所考えて死んでよね! 迷惑!」
そう言いながら、盗賊少女は交戦中の大型羽虫に斬り付ける。
外れ。
「ほら、あんたのせいで……!」
その大型羽虫が、ぼむ、とくぐもった音立てて燃え落ちた。
横から小火球を放ったのは優男。
腹立つようなしたり顔。
「あ⁉ あたしの獲物!?」
「悪いね。苦戦しているようだったから、私がいただいたよ」
「くそ、横取りされるなんて……!」
「ふぁぁ……」
目の前で繰り広げられる剣戟や魔術のやり取りに、プリンと呼ばれたおかっぱ頭の魔術使少女は目を回しているかのよう。
床に尻もちをついたまま、見回すばかり。
その横を先程の優男魔術使が手を貸すでもなく、通りすがりざま、
「……ふん、役立たず」
明らかにおかっぱ頭の少女に向けられた蔑みだった。
少女は俯き、顔を赤らめる。
それから、ぐっと顔をあげた。
「……ふぇ、えへ……う、うん……こ、このままじゃ駄目だよね。なんとか魔物を倒して星をもらわないと……」
取り落とした杖に手を伸ばし、おどおどと立ち上がる。
その顔が青ざめた。
先程、少女の頭をかすめた甲虫が、かさかさと壁から地面へと這い降り、少女へと向かってきていたからだ。
思ったよりも早い。
キモイ動き。
そのおぞましさに少女は、
「ひぇっ……!」
素人のように身を竦ませてしまった。
回避もせず、棒立ち。
甲虫は少女の目前で再びばっと甲殻を広げた。
そして、飛ぶ。
おかっぱ頭にかじりつこうと一直線。
ド……っ!
と、どこか鈍い音がした。
同時に、甲虫は弾かれたように地に転がる。
腹を見せて仰向け。
気が触れたかのごとく6本脚をばたばた揺らす。
その腹の節目、丁度柔らかそうな部分にずっぽりとダガーが突き刺さっていた。
「……」
「シェ、シェイクぅ……えっへへ……し、死ぬかと思ったよぉ」
軽装戦士の少年が振り向きざまに投げつけたダガーが、丁度甲虫の腹を貫いたらしい。
おかっぱ黒ローブ姿の少女は、溶けるようにへなへなと地面に手をつく。
だが、それを周りで見ていた少年少女達は色めき立っていた。
「ケーブビートルをダガー一本で倒した!?」
「急所に入ったにしても鮮やか過ぎる……!」
「……あいつ、さっきからすげえぞ……!?」
「シェイク、といったか……」
軽装戦士の少年──シェイクは駆け寄り、手を差し出してきた。
差し出された手を掴んで魔術使の少女──プリンは再び立ち上がる。
「やっぱりシェイクはすごいなぁ」
「お前の魔法だって、当たりさえすればすごいだろ」
「え!? へへ……でも、ぼく、まだ一匹も倒せてない……このままじゃ星1確定だよ」
「……いいや、お前ならできるさ」
「……っ! ありがとう、シェイク。いつも優しくしてくれて」
『そこまで』
声が響く。
落ち着いた渋い声。
ダンジョン内の少年少女達は皆一様に声のする方向、上を見て動きを止める。
『こちらで用意した判定用モンスターはすべて退治された。星付け試験はこれで終了とする。訓練生は速やかにダンジョンを退所し、校庭に整列するように』
ダンジョン内から戦いの音が消えた。
代わりに、あーおわったおわった、大カマキリヤバかったな! あたし、虫系だめなのに最悪~、などのざわめきが始まる。
そんな中、プリンは立ち尽くす。
「……結局、なにも倒せず終わっちゃった……」
その傍に立つシェイクが呟いた。
「……直接倒さなくても、アシストや支援だって評価される。まだ星1つと決まったわけじゃ……」
「おい! お前すごいな!」
「試し用のモンスターとはいえ、10匹以上倒してたよね?」
「こりゃ星5確実だろ! な、なあ! 実習の時、俺と組んでくれないか?」
「君なんか星2がいいとこじゃないか! ねえ、シェイク君、そんな低い星付きとパーティ組んでもパーティの平均星数が減るだけだ。僕みたいな星4以上の訓練生と組めば必要平均星数4以上の高難度課題にも挑めるし、星の数もバンバン増やせるよ! 僕のパーティに入ってくれよ!」
「お前が星4なわけねえだろ!」
「まだわからないじゃないか! 僕だってワームを2匹倒したんだ。評価されてるはず……」
他の訓練生達に押されて、よろけるプリン。
気付けば、シェイクを囲む訓練生達の輪から外れて1人佇んでいる。
プリンを取り囲む者はいない。
声をかけてくる者すらなし。
「……ま、仕方ないよね。いいとこ見せられなかったし……ふへへ……」
プリンは困ったように笑う。
「……でも、ようやくこの訓練所に入れたんだもの……今はこんなでも、いつかぼくだって立派な冒険者に……」
「きも。なに笑ってんの」
先程プリンを邪魔扱いした盗賊少女がプリンの横で吐き捨てるように呟いて、さっさとダンジョンを出ていく。
プリンは顔を赤らめた。
俯いて、その口から洩れる言葉。
「……えへ……」
眉を八の字にしながら、それでもプリンは口元で笑いを形作る。
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