第42話 俺は、恋人と、それらしいことをしたい

 学校終わりの放課後。須々木初命すすき/はじめは今、奈那と一緒に街中を訪れていた。


 彼女は今まで生徒会役員として、必死に頑張っているところがある。

 だからこそ、彼女のために何かをしてあげたい。


 初命にできることがあるとすれば、喫茶店で奢ったり、気分が和らげる空間を用意することくらいである。


 彼氏彼女の関係であれば、サポートしてあげるのが普通だと思う。


 あまり大したことはできないと思うが、ようやくできた恋人のためにも、全力で向き合って行こうと考えていた。




「ありがとうね。ここまでしてくれて」

「大丈夫だよ。結城さんも、いつも大変だと思うし。今日くらいはゆっくりとしてもいいからね」

「うん」


 結城奈那ゆいき/ななは真面目なところがある。


 喫茶店内。

 彼女はテーブルに置かれているコーヒーカップを手に、一段落する表情を見せ、それを飲んでいた。


 大体、奈那は、生徒会役員として休む暇もなく、皆のために活動している。


 時間がある時は、できる限り、彼女に楽をさせてあげたい。


 テーブルを挟み、対面上に座っている初命は、そう考えていた。




「結城さん、俺にできることがあれば、なんでもするから」

「……でも、申し訳ない気もするけど」

「いいよ。もう付き合っている状態なのに、他人行儀なことなんてしなくてもいいから」

「そう? でも、須々木君って……空想部っていう部活に入部したんでしょ?」

「うん」


 何か言われてしまうのだろうか?


 初命は少々ドキッとする。


「その部活、忙しくない? 大丈夫なら、須々木君に任せられる事を渡せるけど?」

「任せてよ。結城さんのためになら、なんでもできる覚悟はあるから」

「じゃあ、今度の休日に、私の家に来てくれない? そこで話しをしたいの」

「話? それだけ? 生徒会役員の事とは違うってこと?」

「生徒会の事よ。文化祭のことについて細かく会話したいから、私の家に来てほしいの」

「わかった。今のところは、それだけ?」

「そうね」


 奈那は落ち着き払った姿勢で淡々と言う。


 問題ないのならいいけど、少し距離を置かれているような気がした。




 ここはもう少し積極的に――


 初命は思い切った言動に出てみることにした。


「俺、もう少し恋人らしいことをしたいというか」

「恋人らしいこと?」

「うん」


 初命は頷いて返答する。


 やはり、念願の彼女。

 できる限り、色々なことをやってみたいと思う。


「別にいいけど……でも、なんか緊張しない?」

「するね。それは……」

「でも、やるの?」

「やるというか。やっぱり、付き合っているし、結城さんの方に問題がなければ」

「わかったわ……どういう風なのをやるの?」

「それは……」


 初命は一旦唾を呑む。


 緊張感あふれる現状に戸惑いつつも、テーブルに隠れている手は震えていた。


 昔から恋人が欲しかったのだ。

 恋人ができたら、やってみたいこともあった。


 だがしかし、いざ、そういう場面に遭遇すると、緊張で次の言葉が出なくなるものである。


「どうしたの?」


 奈那は不安そうに首を傾げていた。


「なんか、緊張するなって、思って……結城さんは?」

「私も……それはするから」

「そういうものなんだね。なんか、意外というか」

「別に、意外というわけでもないわ。今まで、恋人みたいな関係性になったの。初命が最初だから」

「え?」

「ご、ごめんね。いきなり下の名前で呼んでしまって」


 彼女は慌てている様子だった。


「そ、そんなことはないから。むしろ、恋人同士なのに、下の名前で呼び合わない方がおかしいよね」


 初命は軽く苦笑いを浮かべて、やり過ごす。


 彼女の方から下の名前で呼んできたということは、初命も彼氏らしく振舞う必要性があるだろう。


「……奈那さん……っていう呼び方でもいいかな?」

「できれば、さん付け無しの方がいいけど」

「俺よりも学校で立場が高い人に、さん付け無しっていうのは……」

「初命……私たち、恋人同士なんでしょ? だったら、上下関係は気にしなくてもいいんじゃないの。初命、普通に会話しよ。その方が互いにとっても気軽でしょ?」

「……そうだね。恋人だし、上下関係はない方がいいよね……」


 たとえ、生徒会役員と、一般生徒の間柄であっても、付き合っている以上、上下なんて気にしない方がいい。


 そんなことばかり気にしていたら、余計に気疲れしてしまうだろう。


 しかも、ここは学校の外であり、もっとフレンドリーに話した方がいい。


 転校してきた上級生の聖嶺せいねから、色々と監視されている。

 ここで、奥手でひ弱な言動を見せてしまったら、確実に聖嶺からの評価もガタ落ちになってしまう。


 それに、音子ねこからも監視されているのだ。


 奈那と恋人らしいところをもっと見せつけていこうと思い、積極的になろうと、もう一度決心を固めた。




「俺、そっちの席に行ってもいい?」

「うん、いいよ」


 奈那の対面上の席に座っていた初命は立ち上がると、彼女の隣の場所へと向かう。

 そして、そこに腰を下ろしたのだ。


 今、奈那とは距離が近い。


 ようやく恋人らしいことができるのに緊張してばかり。

 手が震えていた。


 まずは、手を繋ぐことからだと思う。


 勇気をもって彼女に言い寄れば何とかなる。


 そう思い、左側にいる彼女の手へと、自身の手を向かわせ、優しく包み込むように触った。


「⁉ は、初命……⁉」


 急に触れられたことで、彼女はドキッとした表情をし、反射的に初命の方をチラッと見やってきたのだ。


「急に触るなんて」

「嫌だった?」

「別に、そうでもないけど……なんか、恥ずかしいし」


 喫茶店内には、まだ人が多くいる。


 木曜日の放課後。


 満席というわけでもないが、それなりに会社や他校の帰宅者がチラホラといる感じだ。


 じろじろと見られているわけではないが、自意識過剰になっているためか、二人は頬を真っ赤にしていた。


 周りに人がいるからこそ、無意識的に見られていると感じ、胸の内が熱く火照ってくる。




「……じゃあ、その、一先ず……一緒にジュースを飲もうよ……恋人だったら、そういうシーンがあると思うんだけど。漫画とかで」

「そ、そうね。わかったわ」


 奈那は強張った口調になりつつも現状を受け入れていた。


 初命は自分が飲んでいたコップを自身の前に持ってくると、彼女のストローを同じコップに入れる。


 いよいよ、恋人らしいことができる第一歩だと思うのだが、考えれば考えるほどに、心臓の鼓動が高まっていく。


「私も一緒に飲めばいいのよね……」


 彼女は震えた声で言い、初命と一緒のジュースを飲むことになる。


 そんな中、店内のどこかからか、謎の二つの視線を感じているような気がしてならなかった。

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