第25話 浮気と、変態行為を経験した俺は…

「あんたには、これをやってもらうから」


 休み明けの月曜日。

 午前の授業を終え、学校のお昼休み。

 須々木初命すすき/はじめはメールで唐突に飛び出され、今、空想部の室内にいた。


 これからやっと昼食が取れると思い、気分が高ぶっていたのに台無しである。

 急に連絡とかではなく、メールのやり取りが可能であれば事前に言ってほしかった。


「やるって今から?」

「ええ。そうよ」

「でも、食事をしてからでもいい?」

「……別にいいわ。それくらいは許してあげるけど」


 ……なんで、上から目線なんだと思う。


 面倒臭さを感じるものの、一応、食事をとることができるのだ。

 一旦、空想部の部室にある椅子に腰かけ、先ほど購買部で購入してきたパンを袋から取り出す。


 そのまま口にするのだが……。


「……」


 刹那、ジーッとした視線を感じる。


 隣の席に座っている黒髪ロングな彼女――水源小豆すいげん/あずきからまじまじと見つめているのだ。


 気まずい……。


 初命は彼女の方からサッと視線を逸らし、食事することに集中することにした。


「疚しい事でもあるの?」

「……いや、それはないけど」

「私に隠していることとか?」

「いや、隠し事なんかは、ないというか……」


 初命はたどたどしい口調になる。


 右側からは、彼女の疑いの眼差しが強く突き刺さるようだった。


「もしや……浮気とか?」

「う、う、浮気⁉ ま、まさか……でも、俺らは恋人という関係じゃなくて。手伝いの一環としての恋人なんでしょ?」

「そ、そうよ。でも、浮気とか、私の物語には、そういうのないし」

「ここで、そういう創作的なことは言わないでくれよ」

「そういうの許せないし」

「それくらいは許しても」

「許しても……? もしかして、本当に浮気してるんじゃないでしょうね?」

「ん⁉」


 初命はパンを喉に詰まらせてしまった。

 席込んでしまう。


「大丈夫? これ、飲みなさい」

「ありがと……」


 なんだかんだ言っても、黒髪ロングには親切心がある。

 面倒な奴というわけではない。


 初命はコップに入った水を飲みほした。

 ようやく気分が良くなり、ホッと胸を撫でおろしたのだ。


「だいぶ、よくなったみたいね。それで、浮気とかしてるの?」


 流れるような勢いで、彼女から問われる。


「……してないよ」

「口調がちょっとおかしい気がするけど」

「う、疑い深いな……」


 本当は浮気しているのだから、心が痛むところがある。


 音子とは全裸で、お風呂に入ったり、おっぱいを揉んだりとした。

 そして、奈那には、音子とキスして浮気しているところを目撃されたのだ。


 変態行為と、浮気。


 その両方を今、経験している最中に、黒髪ロングからの疑わしい瞳を向けられている。


 普通に生活していても隠し事が多く。同時に悩みもある。

 実のところ、黒髪ロングと一緒にいるところを奈那に見られたら、それもそれで問題になってしまうだろう。


 でも、仮入部していると言えば、何とか乗り越えられそうな気がする。

 が、奈那に対して、嘘をつき続けるというのも心苦しさがあった。


 どうしようもできない環境下に、ただ頭を悩ませることになったのだ。






「まあ、浮気してないんなら、別にいいわ……今はね」

「今は? どういうこと?」

「別に、あんたは、そんな話に食いついてこなくてもいいのッ」


 小豆は呆れた感じにかつ、強い口調で言う。


「食事が終わったのなら、あの場面を再現してもらうから」

「図書室で一緒に本を読んだりするシーンだろ?」

「そうそう」


 彼女は相槌を打ち、空想部の室内を見渡す。


「図書館は借りられないけど、ここには本棚があるから。この部室を図書館だと思って、やってよね」


 そういうと、彼女は本棚のところに向かって行った。


 いつまでこんな茶番が続くんだろと思う。

 全部の場面をやるとか言っていた。本当に気の遠くなる処罰のされ方である。


 すべては黒髪ロングのパンツを見てしまったというのがすべての始まり。


 今思い返せば、暗そうな見た目なのに、あそこまで明るいピンク色の下着をつけていたことに違和を感じる。


 別に、彼女がピンク色を身に着けてはいけないという絶対的な批判意見はない。が、色々とギャップが強すぎて変な気分になる。


 胸の内から湧き上がってくる不自然な感情。


 いや……まさかな。


 黒髪ロングのことが好きだとか、そういう風な感情ではない。

 初命はそう思う。


 そもそも、彼女とは、つい最近まで出会ったことがあったなんて知らなかったのだ。

 去年。

 休学してすぐの部活見学の時に関わりがあったなんて驚きである。


 黒色の眼鏡をつけていたと言っていた彼女。

 今はコンタクトにしているのか眼鏡はつけていない。


 目元の部分に、眼鏡があるかないかで印象が変わる。

 初対面の印象の違いにより、初命は彼女のことをすぐに思い出せなかったのだ。


 だが、今は小豆と出会ったことは、何となく思い出せるようになっていた。

 しかし、どんなやり取りをしたかまではわからない。

 重要なことを話していたような、話していなかったような、初命の心はモヤモヤとし始めていた。




「ねえ、あんたさ、こっちに来なよ。いつまで、突っ立ってるのよ」

「ごめん、今から行くから」


 初命は席から立ち上がり、本棚の前に佇む彼女の元へと急いだ。


 彼女は平然と装い、本棚から本を取り出そうとしていた。


 初命も何を読もうか考えつつ、一応、彼女に言われた通りのことをやる。


 が、なぜか、左側に佇む彼女から睨まれているような気がしてならなかった。


「……」


 初命は緊張した面持ちで、ゆっくりと隣へと視線を向ける。


「あんたさ、こういう時は、取ってあげましょうかって言うのが普通じゃないの?」

「え?」

「だから、物語的に、図書館とかで女の子が本を取りづらそうにしていたら、代わりに取るとか。間違って、その、手が振れるとか……そういうのあるじゃない」

「それ、俺、聞いてないんだけど」

「そ、そういうのをアドリブでやるの。言われた通りの事だけなんて、私言ってないしッ」

「え……」


 初命はどっと疲れた。

 でも、以前、状況を見て、アドリブで対応しろといわれたことを思い出す。


 小豆はやっぱり、面倒な子だと、初命の中で結論付けることになった。

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