第二十六話 八年遅れの社交界デビュー7 毒花令嬢は夜会のマナーを問いただす

「はっ。貧乏貴族のステファンがそんな高級なもの着れる訳がないだろ! 適当な事言いやがって!」

「あら。ステファン様は王太子殿下付きの官吏になる優秀な書記官よ。貴方よりも多くの給金がでていますわ。さしたる仕事もしていない貴方の給金では買えないでしょうからステファン様も買えないに違いないとお思いになったのかもしれませんけど、今の発言は貴方自身が最低限しか給金をもらえていないと大勢の中で告白するようなものよ? 取り消された方がいいわ」

「ステファンが優秀? ただの下働きだ」

「わたくしはお兄様から貴方が偉そうに威張り散らすことしか能がなくて下働きすらまともに出来ないから王太子殿下付きをクビになったと聞いていますわ。ステファン様が王太子殿下に請われて直属の部下に召し上げられたからって嫉妬されてますの?」


 俺を勝手にネタにして二人は盛り上がり、益々周りの注目を浴びる。首元まで真っ赤になったモーガンの側から取り巻きの美女達は一人二人と離れていく。俺だって離れたい。


「嫉妬? 王太子の部下なんてこっちから願い下げだ。俺だけじゃない。みんなそう思っているさ」

「みんな?」

「見た目が立派なだけで沈没するのがわかってる船に乗りたがる奴がいるか? 俺は願い下げ……」

「モーガン! 俺に用があるんだろ」


 まずい。

 そりゃ、ここにいるのは結婚相手を探しているような者達ばかりだ。政治の駆け引きの場ではない。とはいえ、こんな大勢の前で王太子殿下を貶める様な会話を大きな声でするべきではない。慌ててモーガンの話を遮る。モーガンも熱くなり言いすぎてしまったことに気が付いたのか、咳払いをして居住まいを正した。


「あぁ、そうだったな……何を話そうとしたのだったかな」

「思い出せないなら大した用じゃなかったんだろ? 思い出したらまた声をかけてくれ。それじゃあ失礼するよ」


 モーガンが俺に用なんてないのは分かりきっている。去ろうとしたが毒花がびくとも動かない。


「そういえば貴方のお名前を伺い忘れていましたわ。私はデスティモナ伯爵が娘。ネリーネ・デスティモナですわ。こちらのステファン・マグナレイ様と婚約の話が出ておりますので今後ご親族である貴方とも親しくさせていただくこともあるかもしれませんわね。まぁ、ご縁があればですけど」


 急に自己紹介が始まり驚く。

 は? モーガンのことあれだけ攻撃しておいて自己紹介の必要もないだろ?

 モーガンも馬鹿にされたと思っているのかなんの反応もない。それが面白くないのか毒花はフンと鼻を鳴らす。


「あら。伯爵の娘であるわたくしが名乗りましたのに貴方はお名前を教えてくださいませんの? 私なにか間違えましたかしら。生憎わたくし社交界で嫌われているらしいので、あまり夜会にお呼ばれされないものですから、夜会での振る舞いは馴れておりませんの。目上の物が名乗れば名乗るのが社交界のマナーだと思っておりましたけど夜会では違うんですの? 正しい振る舞いを教えていただきたいものだわ」


 普段跡取りに一番近いと偉そうに振る舞っていても、マグナレイ侯爵から家督を譲る話など一度もされたことがないモーガンはあくまでも男爵家の嫡男でしかない。現時点で伯爵家のご令嬢であるネリーネはモーガンよりも目上にあたるのは間違いない。


「……っ。毒花のくせに偉そうに。俺はモーガンだ。モーガン・マグナレイ。誰がお前らと親しくなんてするものか!」


 そう捨て台詞をはいたモーガンはドスドスと音を立ててホールを後にした。あれだけ侍っていた女達は誰一人追いかけない。


「……せっかく夜会での正しい振る舞いを教えていただける好機だと思いましたのに」


 眉根を顰めてポツリと呟く毒花の残念そうな様子に俺は違和感を覚えた。

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