第十二話 最悪な第一印象6 ギャフンと言わせるはずが……

 最低最悪な見合いが終わり毒花達を見送ると、俺はマグナレイ侯爵と共に執務室に戻る。

 扉の外は晩餐に向け、使用人達の働く音で賑やかだ。


「お前好みのお嬢さんだったろう」


 はぁ? 何を言ってやがる。


 クソジジイは部屋に戻って開口一番そう言うと、向かいのソファに座って笑っている。俺は思い切り睨んだ。

 俺を犠牲に憧れのご婦人と楽しい時を過ごせたからなのだろうか。俺が睨んでいても心なしか嬉しそうだった。


「何をもってして私の好みとご判断されたのかご教示いたいものですね」

「おや。お前は乳のでかい女が好きなんだって聞いたぞ。お前の好みにピッタリじゃないか」


 そう言われて肘にふれた時の感触を思い出し身体がカッと熱くなる。

 落ち着け俺。あの時の毒花の表情を思い出せ。


「……誰ですか、閣下にそんなデマを流したのは」

「お前が一緒に働いているやつだよ」


 職場の同僚の顔を思い浮かべても、そんな事をマグナレイ侯爵相手に言える様な人物は思い当たらない。

 きっと自分の都合がいいように話しているだけだ。俺はため息をつく。


「ステファン。ネリーネ・デスティモナ伯爵令嬢との婚約話は前向きに進めていいんだな?」

「はぁ? 婚約話を進めるのですか⁉︎」


 俺は目を剥いた。

 どういうつもりだ。どう考えてもあの女がマグナレイ一族を率いる侯爵夫人に相応しい人物には思えない。さすがに『恋は人を狂わせ愚者にする』などと言っていても、自分の恋路のためにマグナレイ侯爵家を凋落に向かう道を選ぶとは思っていなかったが……しっかりしているように見えても、寄る年波には勝てず耄碌してしまったのだろうか。それともやっぱり俺に跡を継がせるつもりなんてないということだろうか。


「お前が自分で『私が将来有望な人間であることを貴女の目でしっかりと確認いただければと存じます』なんていったんだろ? 自分の発言に責任を持て」


 呆れたようにマグナレイ侯爵に言われて自分の発言を反芻する。確かに言った。

 ……言ってしまった。

 血の気が引いていくのが自分でもわかる。見合い相手にあんな言い方をしたら俺の人となりをもっと見て欲しいと懇願してしまったようなものだ。

 あの女にギャフンと言わせたいだけだったはずが、婚約話を進めるような事になるなんて……


「なかなか苛烈なお嬢さんで侯爵家の家風には合わないが、お前が気に入ったなら仕方あるまい。『恋は人を狂わせ愚者にする』からな。お前らの縁談は私とロザリンド夫人に任せておけ。いやぁロザリンド夫人とお会いしてよく話しておかなくてはなぁ」


 嵌められた! 俺があの毒花と結婚したいような話にすり替わっている! 


「そうだ、まずはお前のためにどこかの貴族の屋敷で開かれる夜会の招待状を手に入れてやるから、しっかりエスコートするんだぞ。おーい。ヨセフ。ステファンはお帰りだ。玄関まで見送ってやれ」


 ご満悦のクソジジイに俺は執務室を追い出され、途方に暮れるしかなかった。

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