第十話 最悪な第一印象4 毒花は庭師に物申す
マグナレイ侯爵とロザリンド夫人に追いつくと二人は花の手入れをしている庭師の前で立ち止まり、あれこれと尋ねていた。
白髪頭の庭師は日焼けして皺は深いが、日頃の肉体労働で体格も良くかくしゃくとしている。当主に臆することなく説明する様子からも長年この庭を管理している自負が窺える。
「この丘は見頃の時期をずらして球根植物がうわっていて常に花が絶えない様になっとります。今の時期はアガパンサスが見頃ですな」
庭師の指差す先には厚みのある細長い緑の葉からすっと伸びた茎の先端に幾つもの青紫の花が放射状に咲いている。
「次はなにが咲くのかしら?」
「あそこらにグラジオラスが咲き、続いてここいらはネリネが咲きますよ」
ロザリンド夫人の顔がほころぶ。
「まぁ、ネリーネちゃん。ここに貴女のお花が咲くんですってよ」
「ネリネやアガパンサスを育てているなんて侯爵家は随分と物好きなのね」
自分の花と言われたのにそう悪態をつくネリーネの態度に庭師が不愉快そうな視線を向ける。
「まぁ、ネリーネちゃんたら……」
「だってネリネもアガパンサスもリコリスに似ているから忌み嫌われていますもの。忌み嫌われている花を育てているのを物好きといって何が悪いの?」
ロザリンド夫人に咎められても気にしないのか毒花は反省の様子はない。
「リコリスもネリネもアガパンサスも全部別の花でさぁ」
「そんなのは建前だわ。どこの植物園に行ったってリコリスだけじゃなくて似た花は植っていないし、花屋でも売ってるのを見たりしないもの」
「最近忌み嫌われるようになったからと昔っからこの庭に植ってるものを抜いたりゃしない」
庭師の爺さんからしたら最近の話なのだろうが、リコリスが忌み嫌われ始めたのは二十年以上も前の話だ。
目の前のマグナレイ侯爵が宰相を務めていた頃、当時王太子だった現国王陛下の婚約者である
俺が生まれて間もない頃の噂話は、悲劇の元王太子殿下が国内の貴族令嬢と結婚して子ももうけ現国王陛下として統治している今でも、国民の心に影を落としリコリスやリコリスに似た花を忌避する傾向にある。俺もリコリスに関しては図鑑で見たことはあるが本物を見たことはない。
だからといってリコリスを植えることは法に触れ罰せられる様な事ではない。
にも関わらず似た花を育てている事まで非難する毒花の異様さに、俺の見合いは前途多難であることを悟った。
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