第七話 最悪な第一印象1 社交界の毒花が現れた

王立学園アカデミーを主席卒業した事は貴方の人生において優越感を満たす希少な経験なのね。過去の栄光というのは話していて楽しいものでしょうから饒舌になるのも分かりますわ」


 俺よりも五歳下だというご令嬢は俺の自己紹介を聞き終わるや否やそう言って鼻で笑った。カチャリとわざとらしい音を立ててティーカップをテーブルに置くと一瞬鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をする。


 馬鹿にしやがって。過去の栄光に縋ってみっともないと言いたいならそういえばいいんだ。


 マグナレイ侯爵に連れられ見合いの席につくにはついたが、女性との会話に不慣れな為どうしていいかわからずに自己紹介で喋りすぎてしまった。


それは反省している。


 だからといって貴族の嫌なところを煮詰めた様な嫌味な返しをされる筋合いはない。

 俺は不機嫌なまま目の前のご令嬢を観察した。


 キツくつり上がった目に、ツンとすまして見える上向いた高い鼻。それに不機嫌なのか口角が下がっている。気位の高そうな顔にこれでもかとケバケバしい化粧を施していた。


 服装はと言えば目に痛いほどのピンク色の生地に白いフリルが幾重にも縁取り、少女が好むような真っ赤なリボンが山のように飾り付けられた明らかに似合っていないドレスを身に纏っている。


 黄金色に輝く髪の毛も細面を強調する様に引っ詰め、高い背の頭上で盛り上げて纏められている。そこに豪奢な羽飾りをいくつも刺している姿は、まるで縄張りを主張して威嚇する雄の孔雀の様だ。


 『社交界の毒花』


 それが、目の前に座る俺の婚約者候補──貸金業で巨万の富を築いているデスティモナ伯爵家の令嬢──ネリーネ・デスティモナの蔑称だ。家業が高利貸しで荒稼ぎした金を湯水の如く使う金食い虫で、性格も悪辣で傲慢で平気で人を蔑む毒花令嬢。そんな噂は社交界にあまり縁のない俺にまで届いている。


 本当にこの女との婚約が俺を侯爵家の跡継ぎにする為の条件なのか?

 どう考えてもマグナレイ一族を率いる侯爵夫人に相応しい人物には思えない。


 相変わらず食えない笑顔で俺の隣に座るマグナレイ侯爵を見る。


「孤高を恐れずに忌憚のない発言をされる様はロザリンド夫人の若かりし頃を思い出しますな。あの頃……野郎だらけのむさ苦しい社交場サロンで形式ばった討論に白熱している中、ロザリンド夫人自由闊達な発言を聴くと我等は心が洗われる思いでした」


 クソジジイは俺の視線を見て見ぬふりをしているのか意に介さず、付き添いの老婦人に話しかけた。


「ふふふ。ジョシュア様ったら、相変わらず口が上手いわ。思ってもないことをおっしゃって。素直に手を焼いていたと言って下さればいいのに」


 ロザリンド夫人と呼ばれる老婦人は毒花令嬢の祖母で、若かりし頃は『社交界の薔薇』と呼ばれていた。歳を重ねても明るく華があり未亡人となった今も周りから一目置かれている人物だ。


 ロザリンド夫人と嬉しそうに話すマグナレイ侯爵を眺めて、俺は鼻白んだ。

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