時空超常奇譚2其ノ九. 時を駆ける少女/僕らの終わらない夏。

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時を駆ける少女/僕らの終わらない夏。

 西暦3090年夏。世界最大の金融都市となったトウキョウシティでは、昼夜を問わず世界との金融取引が行われ、街は眠る事を知らない。夜の街にも眩しい程の明かりが煌々と照らされている。

 艶やかな眩しい光をまとった1000メートルを超える高層ビル群は、今にも天空を突かんばかりに窮屈に林立し、時空間エレベーターがそれぞれのビルを繋いでいる。

 遠く天空に見える軌道エレベーターの球型の駅の光は、点滅しながら遥か宇宙に伸びている。ビルとビルの間を縫うスカイウェイを無数の反重力車両が通り過ぎていく。時折、赤色光を撒き散らし彗星のように流れる警察車両の光が見える。

 ビル群の外れにある300階建ての黄金色ビルにある東京物理大学の最上階、その一室に職員数人とを人質にして立て籠る男女3人組の犯人に向かって、ビル最上階の窓の外側に浮遊す球体型の拡声機械で警察官が叫ぶ声がした。

 ビルの外周を取り囲み、赤いランプの光を点滅させる十数台の警察車両が見える。

「ネズミ小僧団に告ぐ。諦めろ、逃げられはしない。人質を開放し、即刻投降せよ」

 犯人は白い仮面で顔を隠す「怪盗ネズミ小僧団」と名乗る窃盗グループで、各国で窃盗を繰り返し、当然の如く全世界に指名手配されている。

 窓際に人質を盾にする白い仮面姿の3人の犯人が立っている。警察の再三の呼び掛けにも一向に応える素振りを見せない。

「おかしいな、ヤツ等からの要求がない。今回はいつものヤツ等のやり方じゃない。何故だ?」

「今回のヤツ等の目的は何だ?」

 人質を盾にした悪人は、必ず何かを要求する。何故なら、それが人質を確保する唯一つの目的だからだ。怪盗ネズミ小僧団とて例外ではなく、いつもなら立て籠りと同時に身代金の要求がある筈なのだが、今回はそれがない。単純な行動パターンと比べて、何かの要求をしない今回のような特殊なケースは始末が悪い。世界に誇る優秀な日本国警察も対応する術がない。警察関係者は困惑した。

「ヤツの目的は、一体何だ?」

「どうするつもりなんだ?」

「現状、目的は不明です」

「仕方がない、持久戦だ」

 先の読めない警察関係者は、苛立ちを隠せない。この手の犯罪は、人質解放を優先しながらも如何に早く解決するか、それが警察関係者の評価に繋がる。

 警察関係者が痺れを切らしていたその時、中空に浮かぶ警察車両や周囲に群がる一般車両の外側に、大型の黄色いワゴン車が出現した。

 この時代にはあり得ない古臭い箱形の黄色いワゴン車。その前部中央部にレーザー砲から光るプラズマが見える。一般車を掻き分けて人質ビルに近付いたワゴン車は、躊躇なくレーザー砲から光弾を放った。無防備な後方からの攻撃に警察車両は難なく破壊され炎上した。その隙に、黄色いワゴン車はガラス窓を破って一気にビル内へと進入した。

「随分と遅かったじゃないか?」

「相変わらずだね」

「そうだよ。遅い、遅い」

「スマン、古着の帽子を探していて時間が掛かった」

「古着の帽子?」

「まぁ、いいじゃないか。それぞれの目的の為に、早く、行こうぜ」

 ビル内で人質を盾に立て籠っていた3人の犯人達は、突然現れた黄色いワゴン車に驚く事もなく、当然のように乗り込んだ。

 警察関係者の嘆きが聞えた。

「ヤバい、ヤツ等はこれを狙っていたのか」

「マズい。ヤツ等が逃げるぞ」

 実行犯を乗せた黄色いワゴン車は、警察を嘲笑わらいながら時空間へと消えていった。

 西暦3090年の世界では、アメリカはカナダを事実上併合し、更に南米諸国を包含した政治経済体制ACS、アメリカ諸国連合国を確立している。ヨーロッパでは、ロシアの政治経済体制崩壊によって、ドイツ、イギリス、フランスを中心にEUN、ヨーロッパ統一連合が誕生した。アジアでは、最後まで共産主義を貫こうとした中国も2050年を待たずして資本主義経済共和制へと移行、日本、インドとともに政治体制を一にするAUS、アジア合衆国として世界をリードしている。それ等の集合体として、国際的な枠組みである世界政府が存在している。

 AUSタカオミ・マサキ、EUNマリーナ・カステルとシーズ・カステルの姉妹、ACSミック・タナー。犯人である怪盗ネズミ小僧団は、元々はそれぞれのエリアで名を馳せた詐欺師や強盗だったが、最近は人質を捕って身代金を要求する世界的窃盗団4人グループとして活動している。

 但し、事件後の調査によると、今回は大量のを盗んで、西暦2024年の世界で売りさばく計画を企てている事が判明した。

 とは核爆弾。

 西暦3090年では、核爆弾など子供でも簡単に手に入る。それもあって、大学の警備は薄く、簡単に計画は成功した。

 彼等が盗んだ核爆弾は、核分裂型ではなく更に数10倍の威力を備えた核融合型爆弾なのだが、西暦3090年の世界には核爆弾を無力化する包含型バリアがある為、核爆弾自体に兵器としての価値は全くない。大学の実験用途程度にしか使用される事はないのだ。

 だが、彼等がそれを持って時空間移動装置で過去へ翔んだとなると、その具体的目的次第で話は全く違って来る。

 彼等が相当に高い確率で過去、しかも西暦2024年の過去へ翔んだのは間違いない。何故なら、時空間は世界政府時空間管理局によって完全にコントロールされており、西暦3024年8月1日を起点とした1000年ごとのタイムポイントからでしか時空間移動は出来なくなっている。従って、過去に翔んで行けるのは西暦3024年、同2024年、同1024年、同24年という流れになるが、西暦1024年や同24年以前では世界で核爆弾を欲する、いやその意味を理解出来る国などないだろうし、3024年には既に包含型バリアで無力化されている。

 核爆弾を売却するのなら、必然的に西暦2024年に翔ぶしかない事になる。西暦2024年ならば、それが世界を支配出来る最強の力である事を理解出来るだろう。手に入れた者は、正に世界の支配者となれるのだ。

 そして、彼等がその売却先を中国、北朝鮮、ロシアの三ヶ国の内のどれかを想定しているだろう事も十分に予想が付く。尤も、それ等の国々との取引が纏まらなくとも、西暦2024年の世界ならば核融合爆弾を欲する国は他に幾らでもあるだろう。

 彼等のとんでもない『核爆弾売却計画』を捻り潰す為に、彼等を追う適任者として世界政府の命を受けたのは、時空間事件解決のプロとして数々の実績を誇る時空間管理局の時空管理官レイカ・ホワイトバードだった。

 犯人達の目的が大量の核爆弾の売り捌きである以上、解決するのはそう難しい事ではない。白い仮面で素顔がわからない彼等を見つけ出す事さえ出来れば。

 西暦2024年8月、東京の街は7月26日から始まったパリオリンピックに湧いている。スポーツとは、競技者にしか理解出来ない部分を内包しているから、それが必ずしも子供達にとって心踊るイベントであるとは限らない。取りあえず、街の至る処に設置されたモニターに、アスリート達が必死で競技にのめり込む姿が映し出されている。

 夏休みに入り、朝から抜けるような夏空に気もそぞろな子供達は仕方なさそうに登校していた。未だに収束を見せないコロナと、春先のインフルエンザとノロウィルスのトリプル流行で学級閉鎖が続いたせいで、今年は登校日が多い。

「皆、静かにしろ。転校生だ」

 担任教師の正木は、赤いリボンの愛らしい女の子を連れて教室に入るなり、黒板に白いチョークで名前を書いた。夏休み中の転校生というのも珍しい。

 赤いリボンの女の子が挨拶した。

白鳥麗華しらとりれいかです」

 女の子は落ち着きのない仕草で、蚊の鳴くような声を出した。夏休みに入ってから最初の登校日の転校生は異例ではあったが、子供達は特に支障なく対応した。

「皆、仲良くしてやれよ。もしもこのクラスからイジメなどというこの世で最も低能な事件が起きたりしたら、俺はお前達を許さねえからな。いつも言ってる通り、そんな事になったら絶対にお前等を半殺しにしてやるから、忘れるなよ」

 父母関係者が聞いたら卒倒しそうだ。そんな大問題になりそうな、ヤクザの啖呵張りの言葉に「はぁい」と子供達は驚きも見せず、軽く気のない返事をした。

 子供達の順応性は高い。つい最近赴任し、新しく担任になった教師の正木は、まだまだ子供と言える六年生を相手に、就任早々挑戦的な言葉を投げた。

『俺が今日からお前等の担任になった正木だ。ごちゃごちゃ煩い事は言わないから、イジメはするな。イジメをしたヤツはブッ殺す、わかったな』

 初めて正木の啖呵に遭遇した子供達は、言葉を失い凍り付いた。その迫力に泣き出したり気分の悪くなる子供が続出し、当然の成り行きとして職員会議で糾弾されたのだった。

 だが、新任の正木はそんな事など歯牙にも掛けず、涼しい顔で「ガキ共なんざ、元気なのが一番。勉強が出来なかろうが悪さばっかりしてようが、そんな事などどうでもいい。しっかりとルールを教えて、後はそれを見守ってやるのが教師の務めだ」と言い切り、教師達は全員目を白黒させた。だが、何故か校長と教頭は「正木先生の崇高な教育姿勢に賛同する」と言った。その言葉に教師達は更に仰天した。

 その前日、正木は校長室に呼び出された。横に立っている憤怒を顔にする教頭が、今にも糾弾してやろうと息巻いている。

 いきなり放たれた正木の先制パンチが校長と教頭を強圧した。

『言っておくが、俺は1000年先の世界から来た未来人だ。俺は、この世界に教育革命を起こす為にやって来た。俺には逆らわない方が身の為だ』

『何を訳のわからない事を言っているのだ?』

『そうだ。大体、子供達を脅迫するとは・』

 正木が教頭の言葉を遮った。

『俺が被っているこのジャイアンツの帽子は、1000年後の世界の貴重なものだ。これを探すのは並大抵の苦労じゃなかったし、プレミア価格が付いたビンテージだった。尤も、その価値がキサマ等に理解出来るとは思えないけどな』

『それが、どうしたと言うのだ?』

『俺の教育思想も同じだ。俺は、この世界に自由闊達な教育革命を起こす。その価値はキサマ等には理解出来ないだろうが、誰にも邪魔はさせん。邪魔をする奴は、容赦なく消滅させるぞ』

 そう言って、正木は校長室の壁の中へと姿を消した。その事態に校長と教頭は腰を抜かして震え上がった。

 校長と教頭の同調で終了した不思議な職員会議の後、正木は子供達に「塾に行くなら行け、それ以外は遊べ、徹底的に遊べ。俺のように強くなれ」と言った。正論を展開しているとは言え、当然教育委員会の処罰対象になると思われた『正木事件』は、何故かそのまま有耶無耶になった。  

 正木は、自身がイジメを受けた経験からイジメには特に敏感らしく、何かがある度に教室で『イジメ撲滅運動』を展開するのだが、子供達に対して「イジメはダメだ」以外は言わず、具体的教育内容はさっぱりわからない。何かあるごとにそれを常に言い続けられた子供達は達観し、正木の言いたい事は十分理解しているのだ。

「ツヨシ、お前の隣だからな。特に女の子には優しくしろよ」

 正木に言われた棚花幹士たなかつよしは、首を縦に三回頷いて同意を表した。

「ツヨシ君、よろしくね」

「あっ、うん」

 服装に感じる都会的な雰囲気や勿論見た目の可愛さもあり、ツヨシにその女の子が魅力的に映っている事は否めない。そうなのだが、女の子の馴れた感じの言葉に違和感がある事、いやそれ以上に初対面にもかかわらず湧いて来る不思議なこの感情は何だろう。初対面なのに、親しみや懐かしさ、してや好意であろう筈はなく、友情でもなく慈愛でも敬愛でもない。デジャヴなのか、好奇なのか、何故かツヨシは転校生の顔をじっと見据えてしまった。

「先生、ツヨシが白鳥さんに見惚みとれてます」

 後ろの席のタケシが茶化した。

「何だ、ツヨシ。もう好きになったのか。お前、気が早いな」

 担任教師のツッコミに、クラス中が笑いの坩堝るつぼと化した。白鳥麗華はツヨシに優しく笑い掛け、ツヨシは顔を赤くして苦笑いするしかなかった。

 授業が終わり、放課後になった。帰ろうとする子供達は、一瞬にして雲行きが怪しくなった夏空を恨めしそうに見つめながら、教室内でどうしようかと躊躇っている。

「ツヨシ、どうする。傘ないべ?」

「どうしようか」

 ツヨシもタケシも東京からの転校生で、家が隣同士という事もあり、特に仲が良い。タケシが転校生に訊いた。

「白鳥。お前さ、家どこよ?」

「寿町」

「何だ、俺の家とツヨシの家は祭町だから、結構近いな。一緒に帰ろうぜ」

 タケシの言葉に、転校生は「えっ?あっ、うん」と一瞬小さく驚き、頷きつつ怪訝な顔をした。そして、ツヨシの「どうかした?」の問い掛けに、「だってさ、タケシ君はいなかったから」と妙な答えをした。

「いなかったって、どういう事?」とツヨシが問い掛けた時、窓外に天を突くような雷光が走り、耳をつんざく雷音が轟いた。

 突然の夏の嵐と思われる轟音に、子供達は仰天し、悲鳴を上げてその場にうずくまった。次の瞬間、大粒の雨が窓ガラスを叩いたかと思うと、今度は流れる水のように激しい雨粒が滝のように窓を押し流していく。雷音と雷光は絶えず轟いている。叫びのような雷音、暴走する雨音、暴風雨と飛沫で外が見えない。余りの激音に教室内がパニックに陥っている。普段からタケシは殆ど物怖じする事はない。昨日も、街の神社のお祭りで起きた隣町の中学生とのイザコザにも怯む事はなかった。そんな流石のタケシでさえ雷音に驚いて机の下に潜ってしまった。タケシだけでなく、粗方の生徒は嵐の激しさに涙目になっている。

 そんな中で、思いもよらず唐突に、転校生が何かを言い出した。

「皆、落ち着いて。大丈夫、あと10分で雷も雨もやむ筈だから」

 転校生の白鳥麗華は、冷静に右手を上げ、パニック状態の子供達に向かって叫んだ。何か手慣れているようにも見える。何ら根拠のない予言めいた転校生の言葉に、教室にいた誰もが驚き、固まった。

 暫くの後、気の触れたように暴れていた嵐は次第に気を取り戻し、時雨しぐれになった。夏の通り雨と呼ぶには余りに激しいゲリラ豪雨が去ると、雲の切れ間から顔を出した太陽の光は一層眩しく空に輝いた。転校生の大予言が寸分も狂わず的中した。

「白鳥、スゲぇ」

「白鳥、何でわかったんだ?」

「白鳥、スゴい」

 何かの根拠があったのか、或いはなかったのか。転校生の予言は、子供達には神の啓示に聞こえた。教室内で、神の予言という宗教パフォーマンスが繰り広げられている。まだまだ続くと思われたクライマックスの途中で、予言集会を中断する校内放送の声がした。

「お知らせです。六年一組の高本タケシ君、六年一組の高本タケシ君、校長先生がお呼びです。校長室まで来てください」

「またかよ」

 流れる校内放送に、タケシが怪訝な顔をしながら教室を出て行った。

「あれは、何?」

 白鳥麗華は、校長直々の呼び出しという緊急事態に驚いて、小首を傾げて言葉を漏らした。

「あぁ、あれは校長先生の趣味だよ」

「趣味、BL?」

「?」

 ツヨシには、白鳥麗華の高度なツッコミの意味はわからない。

「内緒なんだけどね、タケシ君のお母さんはTVに出ている女優さんで、校長先生が大ファンなんだって。それでサインとか写真とか、他にも色々欲しいらしいんだ」

「それも・なかったわ……」

 白鳥麗華はまたいぶかしげな顔をした。ツヨシはその度に何かが引っ掛かった。何かは良くわからないのだが、違和感が増していく。

 帰り道、ツヨシは白鳥麗華と二人で歩いた。不思議な雰囲気の可愛い女の子と二人きりで歩く、そんなちょっとした嬉しさと緊張感のせいで、初めてではない筈の慣れた道が輝いて見える。

「ツヨシ君、今回もまあまあだね。じゃぁ、またね」

「今回?」

 白鳥は、また不思議な言葉を残して、白い高層マンションの中に入って行った。

 帰宅したツヨシは溜め息を吐いた。今日は随分とハードな一日だったような気がする。可愛い転校生が来た事、転校生が雨の予言した事、そして最後に「今回もまあまあね」の言葉、どれも気に掛かる。

 きっとそれは、ツヨシが可愛い転校生の事が気になっているからに違いない。そうでなければ、そもそも普段から物事に大して興味を持たないツヨシが、こんなにあれこれと一日を思い返す筈がない。

 帰宅時に、いつも先に帰っている妹のしずくと二人でオヤツ。今日は肉まんを頬張りながらTVゲームを1時間やった後、宿題を片付けてから明日の塾の準備に取り掛かる。誰に言われるまでもなく、スケジュールをこなす。妹はツヨシよりも優秀で、グズったりする事はない。それどころか、TVゲームの時間延長を正すのは決まって妹の方だ。ツヨシの父も母も働いている。言われなくてもやるべき事をやる、それが父母との約束なのだ。ゲリラ豪雨のせいなのか、蒸し暑い自分の勉強部屋の窓を開けた。雨上がりの夏の新緑の匂いが風に乗ってやって来る。

 ツヨシの家の隣にはかなり広い月極め駐車場があり、色とりどりの車が止まっている。最近になって止まるようになった黄色いワゴン車が邪魔だが、窓から見える日暮れ前の薄い茜色に染まった空が美しい。

 ツヨシは「空が高いなぁ」と、季節を感嘆する独り言を呟いた。

 その時「当たり前じゃない、夏なんだから」と、どこからか声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。一瞬、ツヨシの思考回路はぐるりと地球を一周し、記憶の中で声の主を模索した。その声の主を知るのは難しくはない。

「白鳥さん?」

「当ったりぃ」

 ツヨシの部屋のクローゼットの扉を、白い女の子の手が内側から開け、中からついさっき別れたばかりの白鳥麗華が姿を見せた。

 ツヨシの思考回路が今度は停止し、再び動き始めるまでの間、いきなり発生した目前の謎の事件を解明する名探偵のようにあらん限りの可能性を分析した。

 ここに「何故、白鳥麗華がいる」のか、いやそんな筈はない。それならこれは誰なのか。そうだ、これは幻に違いない、可愛い子だと想った感情が形になったに違いない。そういう生き霊というものがこの世に存在するらしいのだ。あれこれとツヨシの思考は中空を迷走し、目の前にある筈のない現実を苦し紛れに無理やり繋ぎ合わせようとした。だが、説明しようとしてもあれとこれの辻褄は合わず結論は出ない。

「驚いた?」

 ツヨシは返す言葉を失いながら頷いた。

のど渇いちゃった。飲み物ない?出来ればカロリーの低い烏龍ウーロン茶がいいな」

 生き霊が言った。一階の冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を持って来ると、生き霊は「あぁ冷たくて美味しい。いい仕事するようになったじゃない。麦茶はミネラル豊富でお肌にいいんだよね」と言って、グイッと麦茶を飲み干した。

「さてと、どこから聞きたい?」

「どこからって?」

 ツヨシは、生き霊の言葉の意味を把握出来ない。

「君は、白鳥さん?」

「当然でしょ」

「でも、何故・」

「何故、ここにいるかって?」

 ツヨシは、白鳥麗華の顔を凝視したままで、目を逸らす事が出来ない。

「嫌だぁ、そんなに見詰めたら穴が開いちゃうよ。ピョロロガン」

「?」

 これは、もしかしたらギャグなのかも知れない。何をどう笑うのか、ツヨシには皆目見当が付かない。

「あれ、この世界ではこのギャグは流行ってないのかぁ」

「お兄ちゃん、誰かいるの?」

 ドアの外で、妹の声がした。

「えっ、あっ、誰もいないよ。じゃ、またね」

「女の人の声がした」と叫んでツヨシの部屋に入った妹は、部屋を一瞥して不思議そうな顔をした。

「高音で喋る練習してたんだよ」

「変なの、バカみたい」

 翌朝、いつもならタケシの迎えが来るまでグダグダしているツヨシは、気持ちの焦りを抑え切れず、居ても経ってもいられずに登校した。一刻も早く昨日の謎を解き明かしたい、名探偵の気分だ。

「今日は早いね」と、既に登校している何人かがツヨシに声を掛けた。こんなに早い時間に白鳥麗華が来る筈はないな、と思ったところに白鳥がやって来た。

 早速、ツヨシは白鳥麗華に訊いた。昨日の謎解きが済んでいない。常識的には考えられない、正に超常現象とも言うべき昨日の事件のからくりを知りたかった。

「白鳥さん、昨日はどうも」

「?」

「昨日のアレは、どうやったの?」

「?」

「ツヨシ、アレって何だよ」

 何故か、タケシが後ろから話し掛けた。

「なぁツヨシ、アレって何だ?」

 タケシは一日中同じ質問をした。その度にツヨシは状況の説明が出来ず、白鳥麗華も何も答えてはくれず、名探偵は頭を抱えるしかなかった。

 ツヨシが白鳥の様子が変だと気付いたのは、一日が終わろうとする放課後だった。

「白鳥さん、アレを教えてよ」

「ツヨシ君、今日ずっと言っているけど、アレって何の事?」

「アレはアレだよ。だから昨日のアレ・」

 話がさっぱり噛み合っていない。ツヨシは、昨日とは違う更なる疑問を背負ったままで家路に着いた。

 アレは何だったのか、どんなカラクリになっているのか、それを白鳥麗華は知らない?そんな事があるのか。帰宅すると、妹が嬉しそうな声で言った。

「あっお兄ちゃん、お帰り。今ね、お姉さんとTVゲームしてたんだよ」

「へぇ、来てるんだ」

 親戚の家が近所にあり、二つ年上の従姉が良く遊びに来る事がある。

「お兄ちゃんの部屋にいる、麦茶持っていくよ」

「僕の部屋?」

 従姉が来ると、決まって妹の部屋でゲームにいそしむ。それはいつものルーティンなのだが、今日は何故かツヨシの部屋なのだと言う。きっと偶々たまたまそうなったのだろうと思いながら、ツヨシは二階の自室のドアを開けた。

 同時に、「お帰りなさい」と聞いたような声がした。その姿を見たツヨシは驚きの余り心臓が止まりそうになり、後ろ向きに階段を転げ落ち掛けた。目を疑い、言葉を失った。

「お兄ちゃん、何やってんの?お兄ちゃんのカノジョでしょ」

 そう言って、用意した麦茶のグラスを持った妹がツヨシの横を通り過ぎた。そして、何故か二人はツヨシの部屋で再びTVゲームを始めた。ツヨシは、至極当然に白鳥に言葉を投げた。増えていく疑問、謎は宙を舞い、回答も謎解きの姿はどこにも見えない。

「あの、白鳥さん。そこで何をしているのかな?」

「見ればわかるでしょ、しずくちゃんとTVゲームよ。それに、そんなに驚かなくてもいいんじゃない、昨日の続きなんだからさ」

「昨日の続き・ですか?」

 その日、ツヨシは白鳥麗華が帰るまでリビングでずっと一人で考えていたが、何度頭を整理しても一連の『白鳥麗華生き霊事件』とツヨシの部屋でTVゲームする白鳥が繋がる事はなかった。リビングを飛び回る蚊が煩い。最近、夏のせいなのだろうか、蚊が増えた気がする。

 次の日も次の日も、引き続き『謎の生き霊事件』はツヨシの家で発生した。放課後になり、白鳥麗華よりも早く一目散で下校したツヨシが帰宅すると、何故だか白鳥はツヨシの部屋でくつろぎながらTVゲームに興じている。

 鍵の掛かった家に犯人はどうやって入り、そしていつ帰ったのか、どこから来てどうやって帰るのか?密室事件が続く。きっと、学校にいる白鳥麗華はここにいる白鳥とは別の生き物なのだろう、やはり生き霊なのか。ここにいるこの生き物は、明日の朝学校で今日の事件を訊いても、きっと「知らない」と言うに違いない。

「白鳥さんだよね。今日学校で会ったよね。僕の方が先に下校したよね。何故君がここにいるのか理解出来ないんだけど・どうやってここに来たの?」

 ツヨシは、出来る限り端的にそして立て続けに、TVゲームに興じる白鳥麗華に尋ねた。ツヨシは単純に事の成り行き、大事件の謎を知りたかった。

「ワタシ?白鳥麗華だよ。何をグズグズ騒いでいるのかと思ったら、それかぁ」

「そう・そう・」と、ツヨシは何度も何度も頷いた。それなのだ、それを知りたいのだ。鍵がないので名探偵の出番が来ない。

「相変わらず、人間が小っちゃいなぁ。それはね・ナ・イ・ショ」

 やっぱり、それか。白鳥の言葉に、ツヨシが項垂うなだれて下階のリビングでぼぅっと考えていると、妹が驚きの声を上げて騒ぎ出し、慌てて階段を下階に降りて来る音がした。どうしたのか。

「お兄ちゃん、お姉さんがいない。帰っちゃったの?」

 そういう事か。ツヨシにもそのマジックのタネは良くわからないが、それはそういう事なのだ。だから、残念だが妹よ、それは説明出来ないのだ。

「あぁ、今急用があるって言って帰った」

「違うゲームしようと思ったのにぃ」

 今日の事件は終了した。深い溜め息を吐き、自室に戻って椅子に座ったツヨシは息を呑んだ。壁に手が生えている。おそらくは白鳥麗華のものと思われるその手は親指を立ててピースサインを出した後、手を振って壁の中へ消えた。ツヨシは椅子から転げ落ち、暫くの間動く事が出来なかった。何が何やら、意味も理屈もわからない。

 次の朝も、ツヨシはめげずに白鳥に訊いた。

「白鳥さん、姉妹きょうだいいる?双子とか、そっくりの親戚とか、クローンとか」

「いないよ」

 ツヨシは殆ど物事に興味を示さない。そのツヨシが興味津々で白鳥に話し掛ける珍しい姿に、タケシがツッコミを入れた。

「ツヨシ、親戚の姉妹ってのは変だぞ。それにクローンって何だよ、マンガの読み過ぎじゃねぇか。大体、誰の事を言ってるんだ?」

「そう言えば、棚花雫たなかしずくちゃんってツヨシ君の妹さんだよね。「また来てね」って言われたんだけど、どういう意味かな?」

「あぁ、それは・当然の事・」

「当然の事?」

「いや。当然、何か勘違いしてるんだよ。きっと、そうに違いない」

 ツヨシの棒読み回答に、白鳥とタケシは揃って首を傾げた。

 その日から、ツヨシは学校で白鳥麗華に謎の件をただすのをやめた。訊いたところで「知らない」というに決まっている。一方でツヨシの家にやって来る同じ顔をした生き霊は、確実にこの事件のカラクリを知っている。それなら、何とかして生き霊に吐かせる方が早い。ツヨシがそう考え、家で待ち構えるようになった途端に、何故かあの生き物は現れなくなった。

「お兄ちゃん、カノジョとケンカしたの?」

 妹の雫が心配そうにツヨシに訊いた。

「ケンカなんかしてないよ」

「じゃぁさ、何で遊びに来ないの?」

偶々たまたまじゃないかな、風邪気味って言ってたから」

「そうなんだ……」

 妹がちょっと寂しそうに言った。

「雫よ、スマン。兄は嘘を吐いる」

 そんな気持ちを妹に言える筈もない。蚊が部屋を飛び回っている。

 8月の日曜日の朝、ツヨシは突然の違和感に目を覚ました。既に夏休みに入り、夏真っ盛りの季節を迎えている。

「ここはどこだ?」

 早朝のせいなのか、まだ夢の続きを見ているように微睡まどろむベッドの上、見た事もない薄暗い部屋。壁掛け時計が時を刻む音がする。良くは見えないが、壁に貼ってあるアイドルタレントらしきポスター、見覚えのない家具と窓の位置。少なくともツヨシの知っている部屋ではない。

 ツヨシは布団の中に何かがいる事に気が付いて、「あっ」と小さく声を上げた。隣に何か未知の生物がいる。その生物が寝返りを打った。隣で眠る生物の体温を感じる。ツヨシは既に体が硬直し、冷たい汗を感じている。動くのは目だけだ。

「これは夢だ、夢に違いない。それ以外、この状況を説明する言葉は存在しない」と、自分にそう言い聞かせたが、目を開ければ現実が覆い被さって来る。

 ツヨシはあらん限りの勇気を振り絞って、横目で隣の生物を確認した。そして凍り付いた。隣の生物は人間で、更に言うなら、それが白鳥麗華である事は間違いなく、しかも全裸のようだ。但し、ツヨシにはそこにいる白鳥が「あの白鳥なのか、そうでない白鳥なのか、はたまた別の白鳥なのか」はわからない。想定どころか想像も付かないこの状況でどうすれば良いのか、小学6年生のツヨシには全く以てわからない。

 ツヨシは、意味もなく小さく叫んで目を閉じた。そして目を開けると、見慣れた自分の部屋にいた。一瞬だけだったが、とんでもない夢を見たものだ。まだ生暖かい夢の生物の温もりが残っている。時計の針は5時。再び眠りに就き、白い蛇に追い掛けられて空を飛ぶ夢を見て、朝目覚めた時には夢を見た事さえ忘れて掛けていた。それでも「それが何だったのかは良く覚えていないけど、何となく身体が硬直する夢を見たような気がするな」と呟いた。

 妹はまだ寝ているようだ。妹を起こさないように足音を消して階下へ降りた。階下にはいつも忙しい母満里奈の姿があった。

「母さん、お早う」

「お早う、ツヨシ君。母さん、今日もアレだから、お願いね」

「大変だね、母さん。大丈夫?ケガしないようにね」

「まぁ、大丈夫でしょ。一人じゃないし、滅多に殴り合いなんてないからね。それに中身は子供で、環境のせいで道を外していたり、リーダーみたいなヤツが悪い方へ引っ張っているケースが多いし、中国マフィアやロシアンルートとツルんでるヤツ等もいる。今日もそいつ等をシバきにいくのよ」

 母はいつものように笑いながら言った。ツヨシの母は、180センチを超える長身で、元ヤンのレディースで昔この辺では無敵だったという。その頃の仲間とNPO法人を結成して青少年育成活動に勤しんでいる。今日もワルガキ共を調教、いや指導するぞと言って、活き活きと楽しそうに出掛けて行った。

 母を見送って部屋に戻ると、聞き慣れた生物の声がした。

「遅いよ。待ち草臥くたびれたじゃん」

「来てたんだ。このところ、全然来なかったね」

「えっ、えっ、寂しかった?」

「妹が寂しがってたよ」

「ツヨシ君は?」

「今、アイスティーを持って来るね」

 ようやく、この生き物との不思議物語に慣れてきた。空き巣のように、いやもっとスマートに、鍵の掛かった家に造作もなく侵入する、正体不明のこの生き物の正体は何か。

「お茶、ここに置くよ」

「サンキュー」

 アイスティーの甘い香りが鼻を擽る。

「あ、さっきは驚かしてゴメンね。時空間移動装置の調子が良くなくてさ、時々繋がった空間を引き込んでああいう事が起きるのよ。でも、まぁワタシの裸を見られたんだから、チャラって事で」

「あれは君の部屋なの?」

「ワタシの部屋というより、時空間移動装置の中ね」

「時空間移動装置かぁ」

 またもや、理解不能な言葉が出て来たが、ツヨシは既に全てを理解している。時空間移動装置だろうが、ブラックホールだろうが、赤いパンダだろうが、驚くものなど何もない。来るなら来いだ。相変わらずの可愛い顔のその生き物は、慣れた手付きでTVゲームのスイッチを入れ、買ったばかりの新しいゲームを難なくクリアした。

「凄いね、それって出たばかり最新ゲームだよ」

「不思議でしょ、知りたいよね?」

「何の事?」

 惚けるツヨシの本音を生物は見透かしている。

「またまたぁ、本当はあれもこれも知りたいくせに。教えてあげようか、教えてほしいでしょ?」

「別にどうでもいいけどね」

 ツヨシは、連れない素振りで言ったが、本当は今直ぐにでもあれこれのトリックのタネを知りたい気持ちが洪水のように溢れ、喉から口から耳から手も足も出そうだ。だが、この生き物は簡単には教えないだろう。連れない素振り作戦は取りあえず功を奏している。それにしても蚊が煩い。

「今日は特別に一つだけ、教えてあげる。学校に行ってるのはバイオロボットだよ。最初の日だけはワタシだったけどね。それと、ツヨシ君の部屋のクローゼットの中に時空間移動装置の一部を設置してある。ワタシの方からしか発信出来ないけどね」

 なる程、そうだったのか。あの白鳥が「知らない」と言ったのは決して嘘じゃなかったという事だ。だが、何故ツヨシの家なのか?溶解した疑問は瞬時に新たな疑問に変化する。毎回のパターンだ。

「驚かないの?」

「驚いてるけど、今までずっと驚き過ぎて、あぁそうなんだって感じだね」

「本来は、ロボットの記憶データを毎日シンクロさせる事になっているんだけどね。面倒臭いから、最近は殆どやらない。だから、学校で何があったかワタシは知らないのよ」

「何故、自分じゃなくてロボットに行かせるの?」

「そんなの、いい加減カッタるいからに決まってるじゃん。何回同じ授業受けたと思ってんのよ」

 いきなり、膨れっ面になった人間白鳥が感情を露にした。

「同じ授業?」

「そうだよ。本当は教えちゃいけないんだけどさ、特別にちょこっとだけ教えてあげるわね。時空間ループよ」

「時空間ループ?」

 白鳥から言葉が次々と湧いて来て、疑問が溶解しない内に新たな疑問が登場するが、驚く事はない。正義の味方と戦う怪獣が出て来る子供番組は、通常一回につき一匹の怪獣と決まっている。それにも拘わらず、二匹、三匹と出て来て、ケリがつかずに戦い続けているというのは如何なものだろうか。ツヨシはそんな事を考えている。

「じ・空間・ルー?」

「わかる訳ないか。じゃぁ、これを見ればわかるよ」

 白鳥は立ち上がり、手に持ったガラス製の筒を放り投げ「これを見て」とツヨシに言った。筒は宙を舞い一点で静止した。

 相変わらず理解不能な新事件が目の前で勃発している。筒の中には、プラズマ状の光が右から左へ流れ、その一部が渦を巻いている。

「この光のループがワタシやツヨシ君が存在する時空間軸よ。つまり、時空間が滞留しているって事。このループが何故起きているのか、その原因は未だに不明で何度も何度も同じ事が続いている。でも、ループ自体はそんなに長くなくて、あっという間に消えてしまうの」

「消えてしまう?」

「そう、ツヨシ君とこうして一緒にいられるのもあっという間って事ね」

「?」

 ツヨシが狐につままれたような顔をした。

 学校では、また別の事件が起きていた。担任教師の正木が行方不明になったのだ。根拠はないのだが、ツヨシはその事件と白鳥麗華がきっと関係しているだろうと確信している。

「正木先生が行方不明なんて、ヤバいよね」

 ツヨシの部屋の壁から腕と頭が出てる。ツヨシが深刻そうに言った。既にツヨシは完全にこの白鳥との不思議物語に慣れ切っている。

「そんなの、ちっともヤバくはないよ。正木がヤツ等の仲間タカオ・マサキだってのはわかってるし、正木が消えたのはワタシが電話で脅かしたからだよ。そうすれば、きっとヤツ等が動き出すだろうからね」

 先日から謎解きに執着していない素振りのツヨシに、白鳥がポロポロとネタバラシをして来る。

「何の話?」

「ワタシはね、西暦3090年から来たのよ」

 白鳥がいきなり話し始めた。幾つものトリックの突飛タネに慣れつつあるツヨシの頭にも、流石に言葉が入って来ない。ツヨシは、そんな顔で眼を白黒させた。

「西暦3090年って何、1000年以上先の未来からやって来た?宇宙人か、妖怪か。いや宇宙人やら妖怪が未来からやって来るのは変だよ」

 ツヨシの独り言が止まらない。

「ヤツ等は、西暦3090年の世界であるモノを強奪して、2024年のこの世界にタイムスリップで逃げ込んだの。ワタシは、ヤツ等を全員逮捕する事を使命にしているタイムパトロールの時空管理官で、3090年から追い掛けて来たって訳なのよ」

「ヤツ等って誰?」

「怪盗ネズミ小僧団という4人グループの泥棒。名前はタカオ・マサキ、マリーナ・カステル、シーズ・カステル、ミック・タナー」

「その内の一人が正木先生なの?」

 時空管理官白鳥は、まず一人の男に目を付けていた。それは、誰あろう担任教師の正木だった。

「まさか、担任教師が未来から来た犯罪者?」

「間違いなく、正木は犯人の一人のタカオ・マサキよ。数え切れない程ループを繰り返してるけど、正木が犯人の一人なのはいつも同じなんだ。毎回同じ役だから見付けるのは簡単。ヤツの目的は、泥棒というより「この世界で教育の革命家になる事」らしいの、コソ泥のくせに変わってるわよね。そう言えば、他のメンバーでマリーナ・カステルとシーズ・カステルの目的は、自分達の「青少年育成運動プログラムを世界に広める事」らしいわ。そこまでいくと、変わっていると言うよりもギャグでしかないわね」

「数え切れない程繰り返してる?」

「そう。この前教えた通り、この世界には時空間ループが起きている」

「何度も同じ事をしているんだよね。それなら、ここから起こる事なんて全部わかっちゃうんじゃないの?」

「そうなんだけど、」

「毎回同じなら、犯人がどこにいるかはもう知っているんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどね。何度も逮捕寸前までいった事があるから、ヤツ等もかなり慎重になっているし、白い仮面の犯人の素顔はわからないし、繰り返しの時空間に起こる事象は全てが同じじゃないのよ。前回までタケシ君は登場していなかったし、ツヨシ君も沢山の色々なツヨシ君がいたわ」

「今回は順調なの?」

「うぅん、大体いつも結構上手く進むんだけど、何故か最後まで行かずにループして最後で逃げられるってパターン。これで何回目だったかな、覚えてないくらい繰り返しているよ」

「あるモノって何?」

 ツヨシの質問責めが止まらない。

「聞かない方がいいと思うけど、知りたければ教えてあげる」

「何?」

「それはね、核爆弾」

「核爆弾って何?」

「原爆って言った方がわかり易いのかな」

「原爆?ひゃあ・」

「原爆といっても核融合だから、かなりの威力がある。大きさはこれくらいの白い箱で、かなりコンパクトだけど爆発したら東京23区の半分くらい吹き飛ぶわ。それが10個」

「ひゃっ、ひゃあ」

 東京23区が吹き飛ぶ程の核融合原子爆弾。そう言われても理解が出来ない。わかったようなわからないような恐怖に、一応驚くしかない。ツヨシは、驚きながら何かを思い出した。

「白い箱?どこかで見たような気がする」

「やっぱりね」

「やっぱりって、どういう意味なの。ボクが知っているって事?」

「その通り。毎回じゃないけど、その在処ありかをツヨシ君に教えてもらう事が多いわね」

「毎回ボクと会っているの?」

「そうだよ。ワタシが毎回ツヨシ君と知り合いになるのには、2つの必然性がある」

「必然性?」

「1つ目の必然は、あのクルマ」

「車?」

 白鳥は、駐車場に止まる黄色いワゴン車を指差した。

「あれは、ヤツ等が西暦3090年から乗ってきたタイムマシン装置。あれを使わなければ元の時代へ帰る事は出来ない。でも、通常の時空間移動装置としても使えるから、この世界のどこか別の空間へ逃げる事も出来るわ」

 窓から見える駐車場の隅に、タイムマシンと思われる黄色いワゴン車が一台止まっている。そもそも、ずっとその位置に止まっていて動いた形跡がないのは、不自然と言えば不自然だ。しかも能く能く見ると、そのフォルムは所謂「乗用車」とは微妙に何かが違う。単なる車両の形式が違うというのではなく、明らかな違いを見せている。なにせ、タイヤもサイドミラーもライトもなく、出入りのドアもハンドルもない。ナンバープレートの文字は八桁の数字の羅列になっている。唯の黄色く四角い箱に見る。見れば見る程奇妙な車だ。

 ツヨシは眉毛に唾をつけた。

「本当にそうなのかなぁ。もうどこかに行っちゃったんじゃないの?」

 白鳥が確信を持って首を振った。

「それは絶対にない。何故なら、ヤツ等がこの世界から逃げようとするなら、必ずあの黄色いワゴン車を使わなければならないの」

「何故?」

「西暦3090年では時間は完全管理されていて、未来・過去への時空間移動は政府公認のタイムポイントという時空間の穴からしか出来ないのよ。ヤツ等が3090年に戻るには、再び入って来た2024年の穴を離脱して3090年の穴から入り直す必要がある。それ以外に3090年に戻る方法はないの。だから、必ずヤツ等の方からあの黄色いクルマにノコノコとやって来るって事ね」

「なる程。だから、この黄色いい車を見張っていればいいって事なんだ」

「まぁ、そう言う事ね。但し、ヤツ等は白い仮面を被っているから素顔はわからない。あの黄色いクルマに乗り込んだヤツこそ犯人って事なのよ」

 ツヨシは気が付いた。生霊がツヨシの部屋に入り浸るのはそう言う事なのだ。

「もしかして、この部屋に来るのはその為?」

「当然でしょ」

 人間の行動には全て意味があるという事だ。

「2つ目の必然は、核爆弾の在処ありかは必ずツヨシ君から聞く事になっている。ヤツ等は、毎回ツヨシ君のお母さんと絡む事になっているから、当然ヤツ等の居場所はツヨシ君のお母さんが知っている」

 いきなり、謎が次々と解明されていくのだが、ツヨシの理解が追い付かない。

「言っている事がさっぱりわからないけど、でも白い箱には覚えがある。どこで見たんだったかな?」

 確かに覚えがある、というよりもツヨシは知っている。

「それで、犯人の居場所はわかってるの?」

「1人目は、さっき言った通り、正木ね」

「その他は?」

「後は、ツヨシ君と一緒にいれば何とかなるでしょ」

「そうなの?」

「今日はこの辺で帰るけど、ヤツ等はそろそろ動き出す筈だから、あの黄色いワゴン車をしっかり見張っていてね」

 そう言って、手を振った白鳥の身体が溶けるように壁の中へと消えていった。

 翌日、ツヨシが帰宅すると、窓からあの黄色い車の周りを彷徨うろつく白い仮面とどこかで見たようなジャイアンツの帽子を被った男が見えた。仮面も帽子も怪しいが、その動きは更に怪しい。車上荒らしのように落ち着きなく、警戒しながら何かを探しているように見える。

「あっ」とツヨシは声を出した。白い仮面の男は周囲を見渡し、人気のない事を確認すると、そそくさとワゴン車に乗り込んだのだ。

 直ぐにでも時間管理官白鳥に知らせなければならないが、その具体的な術がない。いつも一方的に出現する生き物に、どう語り掛ければよいのか。唯一の通信手段である部屋のクローゼットの扉に向かって、「おぅい」と呼び掛けたが応答はなく、試しに扉を開けたがそこには洋服が並んでいるだけだ。仕方がない、それに巻き込まれるのも嫌なので、ツヨシは何とかしようとしている素振りを見せつつ早々に諦めた。

 白い仮面の男は、ワゴン車の中でしきりに何かを探している。しばらく眺めていたツヨシは、当然のように湧き上がる探求心に耐えられず、出来るだけ音を立てずにワゴン車に近付いた。車の周りにも蚊が多い。

 フロントガラス越しに見える男が、ツヨシに向かって言った。

「時空管理官にバレた。俺は先に・」

 その言葉の意味は何なのかと、ツヨシは首を傾げた。その言葉が終わらない内に、空中から白い女の子の手、そして頭部と顔が現れて叫んだ。

「手を上げなさい、抵抗しても無駄だからね」

「お、お前は白鳥、お前が時空管理官だったのか……」

 白鳥麗華の手に、短銃のようなものが握られている。

「白鳥さん。もしかして、ずっと見張っていたの?」

「当然ね。はい、タカオ・マサキ、逮捕」

 その言うと同時に、白鳥は構えていた短銃を撃った。ワゴン車の中で、ネズミ小僧団の一人が倒れた。

「死んじゃったの?」

「麻酔弾だから、死なないわ。次は、マリーナ・カステロ、シーズ・カステロの番だわ。じゃぁ、準備があるからまたね」

 白鳥と、タカオ・マサキを担いだバイオロボットの白鳥が時空間に姿を消した。

 ツヨシは白い箱を見た事があるどころか、知っている。確か母が持っている筈だ。母は、相変わらずヤンキー達をシバキに、ではなくの愛ある指導に出掛けていて留守という事になっている。白鳥は「ツヨシ君のお母さんが絡んでいる」と言っていた。きっと、今この瞬間も、時空管理官白鳥はこの家を監視しているに違いない。

 夕方、帰宅した母が「あぁ、疲れたぁ」と言って缶ビールを開けて飲み干した。

「ヤンキー指導は順調に進んでる?」

「まぁね、今日は流石に疲れた。ヤツ等のたまり場に踏み込んだら中国マフィアがいてさ、拳銃チャカ出して来やがったんだよ」

「危ないね。母さんは大丈夫だったの?」

「大丈夫。ワタシが撃たれていたら100倍にして返すから、今頃は相手を半殺しにして、ワタシがお縄になっているだろうね」

「それで、どうなったの?」

「今度で話が纏まる事になるわ」

 そう言って、母が笑った。母の笑顔はいつも明るい。

 翌日の朝、母と妹が親戚の家へと出掛けて行った。ツヨシだけが留守番という理由は良くわからないが、そんな事よりも新しいゲームのクリアの方が百倍意味がある。

 昼時を過ぎた頃、いつものように生霊が出現した。

「ツヨシ君、いい事教えてあげようか。お母さんと雫ちゃん、家にいないでしょ?」

「うん。でも、なぜ知っているの?そうか、ずっとボクの家を見張っているって言ってたもんね?」

「まぁ、そうなんだけど、これを見て」

 クローゼットの扉から右手が出ている。流石に毎度の事なので、何があっても驚きはない。生霊の右手にタブレットが握られ、その画面に数人の男女が動いているのが見える。場所は、どこなのか見た事のない部屋の中だ。

「これは、何?」

「蚊型ドローンのカメラでリアルタイム撮影している画像を、タブレットで映しているんだよ」

「蚊?」

 そうだよ。蚊と同じサイズだから、撮られていても気付くことはないわね」

「もしかして、時々ウチにいるのも……凄いね」

 白鳥が意味深な事を言った。

「凄いのは、そこじゃない。そのリアルタイムの画像そのものよ、見て」

 ツヨシは、タブレットを受け取り、画面を覗き込んだ。そこには、白い仮面を被った女、背の高い女と極端に背の低い女の二人が、相手の男と何か言葉を交わしている様子が映っている。背の高い女はかなりの長身で、背の低い女は子供の背丈程しかない。相手の男は中国人のようだ。高性能なのだろう、話している内容まではっきりとわかる。

「前回の奴等はどうしたの?」

「すまない。拳銃チャカを出した奴等は始末した」

「それなら安心だわ」

「今度同じ事があったら、唯ではすまないからな」

「わかっている」

 別の背の低い女が脅しを入れた。ツヨシはこの流れに真実味がまるでない、そんな顔で画面を見据えている。

 中国人と思われる男がガラスケースに入った金の延べ板を出し、女が小さな白い箱をテーブルに上に置いた。

「これが金のサンプルだ」

「これが核融合爆弾のサンプル。そちらで十分に確認してもらって結構よ」

「了解だ。検証後、今夜0時にこの場所で、核爆弾10発と金2トンで交換だ」

 話の内容など全く理解出来ない筈のツヨシは、驚いた顔で何かに怒っている。

「その二人の女を見て、何かに気付かない?」

「似てる……」

「そっくりでしょ?」

 ツヨシは首を振った。

「違う。これは、そっくりなどという他人の空似ではなく、母と雫だ。だが、CGの可能性だって否定は出来ない。いや、誰かがそんなものをつくる必要があるのだろうか。それなら、母と雫は何故こんな所にいるのだろう。それに、核爆弾と言っていたのはどういう事なのだろうか、何も理解出来る事がない。白鳥が言っていた「ツヨシ君のお母さんが絡んでいる」の言葉そのものではないか。絡んでいるどころか犯人、しかも妹も共犯なのか……」

 ツヨシは、まるで三文芝居のナレーションように、心情をそのまま口にした。

「帰って来た時に、訊いてみたら?」

「うん、そうする」

 その日も一日、白鳥のマジックショーに付き合わされたが、何事もなく一日が暮れた。ずっと続いている不思議の繰り返しにツヨシはちょっと疲れているが、また明日もマジックショーが続いていくのだろう。

 その夜になっても母と妹が帰ってくる事はなかった。深夜まで待ちながら眠りに入った時、階下で物音がした。空き巣などに縁はないだろうツヨシの家で、ガサゴソとした不審な音と話し声がする。

 声をひそめて階下へと降りて明かりを点けると、そこに母と妹が立っていた。出掛けた時には持っていなかったキャリーバッグを携え、これからどこかへと出掛ける出で立ちだ。それに二人とも白い仮面を被っている。

「母さん、しずく、二人でこんな夜にどこに行くの。それに、その仮面は何?」

「そ、それは……」

 その時、ツヨシはあっと声を上げた。母のカバンから白い何かが見える。

「母さん、それ……その白い箱は、核爆弾。それを、どうするの?」

「金塊1トンで話が付いたわ。今夜、今から交換の手筈になっている」

「母さん、何を言っているの?」

 ツヨシは、母の言っている意味がわからない、そんな顔でじっと母と妹を見ている。周りに蚊が集まっている。

「交換の後、時空管理官か出て来る前に、翔ぶわ」

「母さんは、ボクの母さんだよね?」

 ツヨシはじっと母親を見つめながら言った。

「そうだよね……ボクの優しい母さん」

 ツヨシは、益々不安に駆られた顔になった。

 母が母ではない、そんな事がある筈はないのだ。ツヨシは母と妹と、そして出張で留守がちな父の四人家族だ。時々優しい祖母や従姉も遊びに来る、だからこんな事はある筈はないのだ、とツヨシは呟いた。

 母と妹は、ツヨシの言葉に戸惑っている様子が見て取れる。

 その時クローゼットの中から声がした。

「何故、核爆弾を持っているのかって?そんなの簡単じゃない。それはね、そいつがツヨシ君のお母さんじゃないからよ。そいつは怪盗ネズミ小僧団の一味、マリーナ・カステルとシーズ・カステルって言う名の姉妹のコソドロよ」

 クローゼットから出た手は、力強い意思を持ってツヨシの母を指差した。ツヨシは突然の成り行きに狼狽しつつ、反論した。

「嘘だ、そんな筈はない。ボクの母さんと妹が未来から来た犯罪者なんて、そんな事ある訳ないじゃないか?」

「残念だけど・」

「この二人が、母さんとしずくじゃない?」

「そうよ、どんなに化けでもワタシの目は誤魔化せないわよ。二人とも手を上げなさい、抵抗しても無駄だからね」

 クローゼットの扉から出た手に短銃が握られている。

「はい、ジ・エンド」

 マリーナ・カステルとシーズ・カステルが、突然の成り行きに慌てて叫んだ。

「ま、待って、私達の青少年育成運動プログラムは、世界を救う為の絶対なものなのよ。1000年前のこの世界で、私の運動を世界的に広める事こそ、世の為人の為になるわ。それには当然資金が必要になる。だから、見逃して・」

「そんな世迷い言は、刑務所で言いなよ」

 その言葉と同時に、白鳥が構えていた短銃を撃った。ネズミ小僧団の二人目と三人目が倒れた。

「因みに、麻酔弾だからこいつ等も死んではいない。後は、ACSミック・タナーだけだわ」

 ツヨシは、突然の事に消沈し項垂うなだれた。

「あぁ、何てこった。ボクの母さんと妹が偽物だったなんて……」

 何がなんだかわからない現実がツヨシに迫って来る、ツヨシはそんな顔で困惑した。その現実は難しい内容ではない。担任教師が犯人の仲間だった。そして、母と思っていた女と妹もまた犯人の一味だったという事だ。

「じゃぁ、ボクの母さんと妹はどこにいるんだ?」

「それは、ワタシにはわからない」

「あぁぁぁ、なんて事だ……なんちゃってさ、残念だよね」

 ツヨシが舌を出した。何かが変だ。

「ツヨシ君、お母さんの事はホントに残念だわ。ヤツ等はきっと君のお母さんを拉致している筈だから、直ぐその場所を突き止めて開放するわ」

「いいんだよ。最初から母さんも妹もいないんだからさ」

「えっ?」

 唐突に、ツヨシが不可解な事を言い出した。白鳥には、ツヨシの言葉の真意が掴めない。ツヨシの顔も、今し方まで絶望していた少年の顔ではない。

「最初から・いない?」

「そう、もうわかっているんでしょ?いつも同じだもんね。ボクも、もういい加減に飽きちゃったよ」

「何を言ってるの、ツヨシ君・」

「何故、わからないかなぁ。また、同じパターンじゃん」

「ツヨシ君?」

「いい加減に、気付きなよ。ボクが、君の大好きなツヨシ君じゃないって事に」

「ウソ……」

「嘘じゃないさ。ボクが化けているツヨシ君は、君の亡くなった弟さんの姿形をしている。だから、君は最後の成り行き「弟さんの顔をした大好きなツヨシ君が犯人」って事を精神的に受け入れる事が出来ずに記憶から消去してしまう。ボクと君の時空線はループしているけど、本当にループしているのは君の意識だよ。結果的に、毎回このパターンになって、何度繰り返してもボクが君に捕まる事はないんだ。本当は知っているけど知らないツヨシ君を演じるのは毎回凄く大変だけど、まぁそれも一興だよ。また初めからやり直しだね」

 時空管理官白鳥麗華は、混濁する意識の中でやっとの思いでツヨシに訊いた。

「……一つだけ質問があるわ。ループはワタシのせいかも知れないけど、何故、それを繰り返すなんて幼稚な事をするの?」

「それを聞かれるのも、もう何百回目かな。ボクは、単純に核爆弾とこの世界の金塊を交換出来ればそれでいいんだよ。何たって、3090年ではこの時代の一億倍の値が付くからね。ところがさ、毎回他のヤツ等が裏切るんだよ。君の動きを知る為に、担任教師にしたマサキは君に脅かされて逃げようとするし、マリーナとシーズ姉妹に至っては、交換した金塊を誤魔化したり持ち逃げしようとするんだ。ホントに困ったものだよ。だからさ、ヤツ等が裏切らないループのパターンになるまで、この鬼ごっこを続けるしかないんだよ。じゃぁ、またね」

 ツヨシを乗せた黄色いワゴン車が時の彼方に消えた。

 西暦2024年8月東京。街は、7月26日からから始まったパリオリンピックに湧いている。

 8月に入り、朝から抜けるような夏空に、気もそぞろな子供達は仕方なさそうに登校していた。未だに収束を見ないコロナと、春先のインフルエンザとノロウィルスのダブル流行で学級閉鎖が続いたせいで、今年は登校日が多い。

「皆、静かにしろ。転校生だ」

 担任教師の正木は、ピンクのリボンの愛らしい女の子を連れて教室に入るなり、黒板に白いチョークで名前を書いた。ピンクのリボンの女の子が挨拶した。

「白鳥麗華です」

「先生、ツヨシが転校生に見惚みとれてます」

「ツヨシ、気が早すぎるぞ」

 担任教師のツッコミに、クラス中が笑いの坩堝るつぼと化した。

「ツヨシ君、今回もまぁまぁね」


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時空超常奇譚2其ノ九. 時を駆ける少女/僕らの終わらない夏。 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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