第2話

「玖々莉!!」

「菊ちゃん!!」


私は16になった。

相変わらず長屋で生まれた子は7歳の日にはいなくなるというのが繰り返されていた。


この村には長屋以外にも数件家が建っている。

その家の子たちは7歳になっても変わらずこの土地に残っている。

いなくなるのは、貧乏長屋だけ。


だから私は長屋では友達は作らないことにした。作っても無駄だから。


今私と一番仲がいいのは、村長の息子である菊里。最初は似たような名前だと思い近づいた。

菊里は一つ歳上のお兄ちゃんで、本当の兄のように慕っている。


「今日も行くか!?」

「行く!!」


ここ最近私達は天神様の裏にある山に入って木の実や山菜を採るのが日課になっていた。

村の人達は近寄らないその場所は私達の格好の遊び場でもあった。


「なあ、玖々莉は誰んとこ嫁に行くんだ?」


アケビを食べながら菊里に問われた。


「ん~~、私は天神様に見初められなかった子として有名だからね。嫁として迎え入れられないんじゃないかな?」


こんな小さな村で私の事を知らない人はいない。

私が村の中を歩けば、おばあ達がヒソヒソと話し出すし、長屋の人も私を見ればそそくさとその場から逃げて行く。最近ではトト様も私と目を合わさなくなった。

「出来ることなら村を出たい」最近はそう考える様になった。

けど、私が村を出てしまったらカカ様が寂しがってしまう。


カカ様は相変わらず私に愛情を注いでくれていた。

私の味方はカカ様だけ。そう、判断した。


「お前、見てくれだけは良いのに何で天神様は見初めなかったんだろうな」

「そんなの私が聞きたいよ。って言うか、見てくれだけは余計じゃない?」

「あはははは!!すまんすまん!!」


菊里は村長の息子だから親の決めた許嫁がいる。

紗夜と言う二軒隣の子。年は私と同い年の16歳。


だから、最近カカ様に菊里と遊ぶのをやめるよう言われた。

それはそうだ。親同士が決めたとは言え、許嫁がいる男と二人きりで遊ぶのは問題がある。


(しかも、相手が私じゃ余計だよね)


それでも、菊里と遊ぶことをやめないのは恋心があるからでは無い。許嫁がいると聞いて別に悲しくもないし、驚きもしなかった。むしろ祝いの言葉をかけたぐらいだ。

菊里のことは好きだけど、それは愛では無い。どちらかと言えばカカ様と同じようなモノ。

一緒にいると楽しいし、隣にいるのが当たり前みたいになっていた。


(けど、そろそろ潮時かな)


昨日、村長直々に長屋を訪れて来て菊里と遊ぶなと言われてしまった。


だから今日は最後だと決めてここに来た。


「おっ、日が暮れ始めたな。そろそろ帰るか」

「そうだね」


最後の日はあっという間で、いつの間にか日が落ち始めていた。

今日が終われば菊里と会うことは無い。

少し寂しいけど、これが本来あるべき私たちの姿なんだ。


「──ねぇ、天神様とこ寄っていかない?」

「珍しいな。お前が天神様のとこ行くって言い出すの」


菊里が驚いた表情で言ってきた。


いつもは天神様の境内に入らず、けもの道を使って裏山に入っている。

以来、何となく天神様の所に行きたくなくて、境内にも足を踏み入れなかったが、今日は菊里と最後の日。

最後の日ぐらい菊里の今後を祈願するのも良いだろうと思った。


「天神様は学問の神様だからな。玖々莉も頭が良くなるようにお願いしといた方がいいぞ?」

「私はいいの。どうせこの村から出れないし、頭の使い所なんてないでしょ?」


私と菊里は境内に入り、賽銭箱の前に来た。

入れる銭はないが、今採ってきたキノコを供えた。


パンパンッ!!


(菊ちゃんがこれから先、末永く幸せでありますように)


ふぅ。と息を吐きながら頭を上げた。


「何お願いしたんだ?」

「内緒」


「きゃははは」と笑いながら境内を出ようとした。

すると、何処からか童歌が聞こえてきた。


「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ──」


振り返ると、小さな子供達が通りゃんせを歌いながら遊んでいた。


(さっきまでいなかったのに……)


不思議に思っていると、ガシッと腕を掴まれた。


「玖々莉!!早く境内から出るんだ!!」


焦りの表情の菊里を見て、只事ではないと一瞬で分かった。

鳥居までの距離は十尺ほど。走ればすぐに境内から出れる距離だった。

しかし、走れど走れど鳥居は遠くなり境内の外に出れない。


「──菊ちゃん……もう、走れな……」

「頑張れ!!あと少し!!」


息が切れ切れで菊里に訴えたが、菊里は顔を青ざめたまま前を向き、私の手を引いて走り続けた。


クスクスクス……


必死の私達を嘲笑うかのような笑い声が境内に響いた。


「お兄ちゃん、手を離しなよ。お兄ちゃん外に出れるよ?」

「お姉ちゃんは僕らと遊ぶんだよ」

「──ずっと一緒だよ?」


その瞬間、ゾワッと悪寒が走った。

そして、いつの間にか菊里は境内の外へ出ていて、私は境内に取り残されていた。

境内の外の菊里が何か叫んでいるが、見えない壁に阻まれ何を言っているのか分からない。

分かっているのは今の私は籠の中の鳥。

逃げ道も助けてくれる人もいない。


絶望と恐怖が入混じり体の震えと涙が止まらない。


「何で震えてるの?」

「怖いの?」

「何で?」


いつの間にか私を囲んでいた子供達を見ると、頭に角があるのが分かった。


この子供達は……鬼の子だ。


「天神様の所に行こ」

「天神様待ってる」


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