第16話 ハウツー オムライス。
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マ、お嬢さんのエベリナだけを、おもてなしする訳にはいかないしー。ブブ漬けだけでは、さすがに夕食として出すのは不味いかなと思ったのだ。むしろ、アネットの話を聞いたら身の安全の為に是非そうしたく思う。
となれば、俺っちの数ある得意料理の一つを出す事にした。嘗て、俺っちは某所にある個人経営の喫茶店でバイトと言う研鑽を積んだのである。
母さんから習った、昭和の思い出漂うようなオムライスとはちょっと違うけど。そのメニューと言うのは、本邦初公開のスーパーエクセレント級と言える渾身のオムライスである。
「アネット、少し待ってろ。先ずはお客さんからだ」
アネットとエベリナも食べたそうなので後で作るけど、優先順位は当然ながらイザール父さんからである。何しろ相手は、数々の挑戦者や国を打ち砕いてきた最終破壊神とも言われるレッドドラゴンである。怒りを買えば、この身は破滅であろう。
しかし、この逸品さえ食べさせればイザール父さんの胃袋を鷲掴みにして、ご機嫌を取る事に成功するだろう。それほどの自信作である。事実、あっという間も無く完食されて、今は追加オーダーの製作中である。
ウム、目的は大成功したようだ。もっとも、イザール父さんには貴重な食材を使用する為、お代わりは1回とさせていただいた。さすがに、お替り禁止にする度胸は無いからな。
フムフム、娘はカレー、オヤジはオムライスにぞっこんという事か。イヤ、やはりカレーも試してみるべきだな。弱点は多いほど良いからな。イザール父さんが暫くいるようなら、食材が足らない。何としても、この危機を乗り越えなければならない。やっぱ、明日の買い出しにはタマゴのパックを追加購入に行かないとなー。
「オッと。他ごとを考えていると失敗するからな」
オムライスを作るのは意外と手間がかかるんだよ。何事も簡単そうに見えても、難しいのは世の常である。ご飯を炒めたり、卵が上手く焼けなかったり、綺麗に盛り付けができなかったりと大変なんだ。
前回は、8人と大人数で有ったので、裏技とも言うべき盛り付け時短型オムライスで有った。そう、カットしたタマゴを横滑りにすると言う包まないオムライスで有ったが、今回はタマゴで包んだ正規Versionである。
そうなのだ。今回のオムライスはスーパーエクセレント級である。前回、冒険者たちに出したような中級時短型だと、後で分かったらただでは済まない気がするからな。
パックご飯をチンしてと。オムライスの中身は、定番のチキンライス。熱したフライパンに油を入れ、鶏肉や玉ネギ、マッシュルーム(残念ながら今回は缶詰である)を炒め、具材を炒めた後にケチャップを入れる。
具材にケチャップが馴染むまで炒めて、その後にご飯を入れる。ご飯より先にケチャップに火を通すと、酸味と水分が減ってパラパラのチキンライスになり、ベチャッとしないとマスターが言っていた。
チキンライスを作ったら卵を焼く。ボウルに卵を2〜3個入れたら、(卵が2個か3個か違うのは、お客様のグレードによる。言うまでも無く、今回はレッドドラゴンなので卵は3個にしよう)サラダ油と水を小さじ1入れる。
サラダ油と水が卵と混ざると卵が固まりにくいので、焼きやすい。卵はよく混ぜる。卵が、ふわふわになるからね。
お弁当のように持ち運ぶ場合は、片栗粉を入れると破れにくくなる。片栗粉と水を小さじ1入れるのも良い。破れにくいので、弁当箱での盛り付けも楽ちんなはず。
オムライス専門店やレストランのふわふわなオムライスを作るにはいくつかの方法があるそうだ。簡単な方法としては、マヨネーズを入れるだけでもOKである。卵2個でマヨネーズは大さじ1だが、俺っちは少し多めにして作る事もよくやった。
マヨネーズは、ちゃんとかき混ぜる。きちんと混ざっていないと卵とマヨネーズが分離し、ふわふわになりにくいからね。
だが今回は冒険者のディアナにマヨネーズを取られてストックが無いので、サラダ油と水にした。後、牛乳を入れるのも良いが量が多いと火加減が難しい。初心者は難しいので止めておく方が無難かな。
ここでイザール父さんに、さらに喜んでもらう事にした。止めの凄技とも言う。何故なら暇そうに口を開けて、俺っちの作るオムライスが待っているだけの娘がいるからな。
これこそが由緒正しい正規版のオムライスである。このオムライスは、愛娘のエベリナにケチャップで絵を描かせてこそ完成するのだよ。
エベリナは、初心者なのでケチャップが一気に出てしまうと拙い。で、予防する為にラップとつまようじを使うのだ。フタを開けて、口の穴にラップを張る。緩まないように大きめにしておくのがコツである。
下の部分は手で押さえてつまようじで穴を開ける。ラップがずれないようにすれば、細く出てくるため、描き易いようだ。
後、ジップロッ●を使う方法もあるが先端を切る事になるのでもったいない感じがする。俺っちは倹約を旨としているのだ。
描き方が良く分からないという方は、某所にて社会勉強の為にメイドの衣装を身に付けた方の実験か実地見学をお勧めする。何事も苦労しないと覚え無いからね。
俺っちも詳しくは知らんが、この手の技は某メイド喫茶で開発され、相当の実績があるそうだからな。一緒に歌いながら、高額ではあってもたいして美味くも無いオムライスであったとしてもな。
エベリナには、あざとくケチャップでハートマークやかわいい絵を描かかせておいた。もちろん、サービスする時には意味をさりげなく伝える。破壊神のレッドドラゴンとはいえ、かなりの喜びようだ。フフフ、結果は上々である。
※ ※ ※ ※ ※
「痛ったー」
「ウン、どういたした」
「追加の分を……。包丁でチョット切っちゃって。玉ネギって滑るんですよね」
「それはいかんな。どれ、見てやろう」
「いいですよ。このくらい唾でも付けてけば……。少しすればおさまります。でも、ゲーム機のコントローラーは治るまで無理かも」
「いかんなー。コントローラーが握れんとは、そなたの言っていた食後のゲームとやらが出来ぬではないか」
「すいませんね。うっかりミスです。楽しみにしておられたのに」
「フム、この包丁か? 見たところ随分となまくらじゃな。切れぬ刃物ほど危ないんじゃぞ」
「ハァ」
「よし。ワシが治してやろう。大サービスじゃからな」
「???」
イザール父さんは、手に持ったなまくら包丁を両手に握りなおして、フンと一言唱えると包丁が瞬間、ピカリと光って見えなくなった。包丁が有ったはずなのに、その手のひらには先がキリのような尖った物がキランと光っていた。
一般に千枚通しと言われるのような形よりは細く、先端は鋭利な針状の物に変わっているではないか。包丁の大きさから行くと30分の1ぐらいに縮小しているのかな? でも、原子とか分子なんて圧縮できるんだろうか?
「これで、そこそこ使えるようになっただろう」
「エ! 包丁は?」
「アァ、鉄を圧縮して針にした。せめてこのぐらいの密度がなければ、ワシの皮膚にかすり傷も付けれんからな。ホラ、手を出してみよ」
「ア、ハイ」
回復系の魔法ならあっと言う間に元通りだが、それは使える者がその場に居てこそ。言わば、その場しのぎだそうだ。もちろん、イザール父さんは使えるらしいが、今回は継ぎ接ぎの処置よりも、根本的に解決するらしい。
??? ついで乍ら、これからもケガをしないようにするらしい? なんのこっちゃ?
続いてイザーク父さんは、自分の指先に針の先ほどの傷とも言えない傷をつけた。滲んできたドラゴンの血を絞り出すようにした一滴。ホー。ドラゴンの血も赤いのかー。緑や青色じゃないんだなと思う。
そして手を出すように言われて素直に差し出すとポタリと傷に一滴。ウムこれで良しと、言い終わらない内に皮膚が再生して完治した。
傷が奇麗にしかも完全に消えた所を見ながら、ドラゴンの血は魔法薬のエリクサーなんだろうかなーと思う。しかし、根本的に解決って言っていたな。傷の回復がめちゃくちゃ速いだけではないだろう。いったいどういう事なのだろう?
フト、思い出した。どこぞの国から輸入品した大豆が遺伝子組み換え食品だという話。ひょっとしてドラゴンの遺伝子が、人間の遺伝子を組み換えて再生治療したのか?
イヤ、よう分からんけど……。これってDNAのヒゲが一本生えるというか、人体改造なの? キメラ作成? エ! 俺っちは、仮面〇イダーとかになっちゃうんだろうか?
そして未確認生物として、朝、目が覚めたら黒い服を着た男達に捕り囲まれていたりするのだろうか……思わず、ドラゴンの様なシッポが生えていないか確認してしまった。
イヤ、もう何も考えないようにしよう。こんな事を考えるのは不眠症の時でいいだろう。でも、包丁無くなってしまったから買わないとなーと思いながら、無事3個目のオムライスを作る事が出来た(俺っちが追加オーダーを断れる訳が無いではないか)。
もちろん、この後はイザール父さんお楽しみのゲームの時間である。ウン、めでたしめでたしである。包丁でケガをしたなんて夢だったんだろう。そう、最初から無かったのである。そう、こんな事は有るはずが無いと思う事にした。
そんな、訳ないかー。トホホォーだよ。取り敢えず、厨房から新しい包丁を持って来ないとなー。
※ ※ ※ ※ ※
「で、イザーク父さん。やってみます?」
勧めてみたのは、今は町中には無いアナログテレビに繋ぐというシューティングゲームだ。今となってはニンテン〇ーの家庭用ゲーム機は、むかし懐かしい思い出である。
このゲーム機こそ、田中町長の訪問時にアネットとエベリナが会合する事が出来なかった原因なのだ。マァ、寝過ごしたのを、ゲーム機のせいにするのもなんだかなーではある。いい大人(アネットは300才。エベリナ500才以上である)だからこそ、夜更かしはほどほどになー。
それはともかく、驚くなかれ、時が止まったような管理事務所の休息室にはあったのだ。アナログテレビとそのゲーム機が……。しかも、現役らしく、まるで主のようにデンとテーブルの上に鎮座していたのだ。
バイト初期には先輩と対戦ゲームをそこそこして楽しんでいたのだが、如何せんゲームも古く、ネットゲームに慣れ親しんだ身にはいまいちであった。
最近のゲームシステムに通じている身としては、それはもうレトロなゲーム機であった。何を隠そう、その昔、父親が使い倒した国産の懐かしい同型の家庭用ゲーム機である。
家宝になってからも、幾たびも夏休みを共に過ごしたものである。そして、俺っちの家にあったゲーム機は、いつしかその役割を全うし永遠の眠りについていたのだ。合掌。
マァ、時代によってゲームやマシンは変わっていくだろうが、男の子も女の子も安心して楽しめて、みんなが遊べるゲームと言うものが素晴らしいという事かもしれん。
今の子ども達のゲーム機は携帯型かスマホが主流で、何処でもできるし便利になっよねー。果たして、ゲームの中身はどうなんだろう?
携帯の通じる「道の駅あおい町」まで行って、ネット上の過去ゲーム攻略サイトから数々の裏技を見て帰るのも楽しかった。何故かって? 残されていたカセットは対戦型ゲームを含め7種類もあり、キャンプ場では唯一科学文明の香り、イヤ、娯楽であった。
先輩ではないが、ここにはネットも無ければコンビニも無いのだ。町にふと帰りたくなるのだ。そんな時は、童心に帰ってこいつと共に過ごすのだ。だが、現実は非情である。暫くすると先輩は去り、相手もいなくなって触る事も無かった。
アネットとエベリナでは、神童と言われた俺っちの相手にはならない(2人とも運が良いだけである。俺っちに勝ち続けており、面白くないなどという事は断じて無い)。
だが、今はイザール父さんがいる(またの名をゲーム初心者とも言う。俺っちの勝利は確実である)。で、久しぶりに、起動してゲームをした訳だ。
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